明けましておめでとうございます。西暦2000年1月3日正午。「秋田県南日々新聞」は新しい年に向かって今日からボツボツと体を動かそうかと市役所記者室に入りました。市役所は12月29日から休みに入っているため底冷えするほどの寒さです。補助用のガスストーブで暖を取り、ケンニチへと向かっています。
1996年12月1日にインターネットだけの新聞としてホームページを立ち上げ、記念すべきミレニアムの今年は4年目へと向かうことになります。スタート時はインターネットという大海原に小さな小舟を漕ぎ出すような寂寥感と不安を感じました。羅針盤さえ持たない小舟が大海をさまようような心もとなさでした。夜の闇を懐中電灯も持たずに歩くような暗中模索の手探りの日々でした。そして収入にもならないケンニチを前にして「もしかしたらこの新聞は石川啄木の歌集のように『悲しき玩具』として幕を閉じるのではないかしら」とさえ思ったこともありました。
しかし今では2つのスポンサーがバックとなり、さらには関連取材などが収入源となり、幾ばくかの経済的支えとなるまでになりました。。日常活動はスタート時と全く変わらない孤独な日々なのですが、その孤独な精神を支えようとする読者の温かい愛情が様々な形で心に伝わり、とても心強いと同時に大きな責任感に包まれた毎日となっています。
31日の大晦日の夜はワイングラスを手にしながら「紅白歌合戦」を楽しみ、2000年問題はどうなることかと人並みに心配もしました。そして午前0時、テレビから流れる「バンザイ、バンザイ」の歓呼に誘い込まれるように自分でも雄叫びをあげ、コンピューターの誤作動という問題も杞憂に終ったことに胸をなで下ろし、近くの神社へと初詣を済ませ、眠りに就きました。
元旦の朝は9時に目覚め、お祝いのお酒を冷やで味わい、配達された新聞の分厚い元旦号と年賀状に目を通し、ほろ酔い気分のままブラブラと家で過ごした一日となりました。外は小雪がチラホラと舞いましたが積もるほどの雪とはならず本当に穏やかな天気、穏やかな気分でいいお正月を迎えることができました。そして翌2日は好天にも恵まれたことから妻の車の運転の訓練と写真撮影を兼ね、助手席に乗り込み南外村、西仙北町へと走り、その帰りには妻の実家へと寄り、お酒と料理を味わいハンドルを妻に任せる気ままさを楽しんだ正月となりました。
そして今日3日。この日も休もうかとは思いながらもやはり貧乏性なのか、いや3日も自分の新聞を放っておけない愛着心で記者室へと足を運び、何を書いたらいいのかと頭をあれこれと張りめぐらせ、パソコンに向かい指を運んでいる現在なのです。31日の大晦日から昨日2日までの3日間、今年はどんなケンニチの歩みとすべきかと思い悩みもしました。しかし、スタッフは自分だけという脆弱さ、力不足さを目の前に力むことは止めました。今年も自分らしさを前面に出してこのケンニチをファンとして下さっている方々と楽しみながら郷土のニュースを送り届けたい。ただそう思うことにしました。
そのニュースは時には事件や事故という悲しい報せになるかもしれませんが、決意していることはただ一つ。宮沢賢治の詩「雨にも負けず」のように「東に病気の子供があれば行って看病してやり 西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいと言い 北にけんかやそしょうがあれば行ってつまらないからやめろといい 日照りのときはなみだをながし 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼうと呼ばれ ほめられもせずくにもされず そういうものに私はなりたい」の精神だけは大事にしたいと思います。自分の心だけは大切にしたいと思うのです。
それにしても死にそうな人あれば「行ってこわがらなくても言い」とは言える自信はもうとうないことは確かです。哲学者でもなければ宗教家でもない自分にはただ行っておろおろ歩き、涙を流すだけでしょう。しょせん弱い自分であることは身をもって知っているからです。しかし、その弱さも人にとっては大事なことではないでしょうか。弱いから泣き、弱いから怖がり、弱いから人の手助けを求め、弱いから人と人との和を大切にし、弱いから人の優しさを求めるのではないでしょうか。
振り返ればこの秋田県南日々新聞は心の弱さを読者に臆面もなく吐露し、それが「ケンニチ」を支えてやらなければという共感を持っていただけたのではないでしょうか。甘え。そうです。いたって甘えっ子なのです。この正月休みの最中、事件記者を主人公とした小説を読んでみました。とてもハードな世界に生きる記者を描き切ったのですが「おれたち事件記者は大人でありながらどこかで事件の発生を喜び、それに生きがいを感じている子供のようなもの」と自省しますが、自分もそうなのです。齢を重ねながらもいつまで経っても人の優しさに甘え、人の情におぼれたいのですから。大人でありながら子供のような一面を持っているのです。
昨年暮れにアメリカの岩間郁夫さんから次のようなメールを頂きました。
「ほんとうに色々お世話になりました。ケンニチは私にとって”日本との絆”です。日本語のインターネット新聞は朝日を始め沢山存在しますが読者にとっては一方向の新聞です。ケンニチの良さは発行人である伊藤さんと読者の皆さんとの間で双方向性の関係を持つことが出来るからです。多くの読者に対応する伊藤さんの負担は大変だと思いますけれど、2000年も同じ姿勢で続けてください。本当に面白い話題を提供していただきありがとうございました。また秋田訪問という夢も実現出来て思い出に残る年でもありました。2000年もよろしくお願いします。今度は伊藤さんのアメリカ訪問ですね。では良いお年を!」
アメリカ訪問が実現できるかどうかは全く自信はありませんが、ケンニチは岩間さんを始めとするこのような多くの読者の温かい支えがあるからやっていけるのです。2000年。今年も自分らしさを出して行こう。そう思って明日から本格的な活動に入るつもりです。どうぞ読者の皆さま今年もよろしく。(写真は西仙北町大沢郷で)