一枚の紙を目の前にしている。印字されたその紙は「秋田県南日々新聞」と言うたった一人で始めた紙を持たない新聞を生涯にわたって元気づける貴重な財産となるだろうと言う熱い思いで私は今、見つめている。その紙は「空飛ぶケンニチ ご入金いただいた方のお名前」との見出しが書かれ、入金して下さった方々の名前が印刷された紙である。
ケンニチのアクセス数が25万を突破したら「来年2月の西木村の紙風船でケンニチのオリジナルの紙風船を上げようよ」との読者の呼びかけが切っ掛けとなって勝手連とも言えるファンクラブが作られた。そしてケンニチと多少、縁のある13人の方々による発起人が立ち上げられ、「ケンニチの紙風船をみんなであげようプロジェクト」が誕生した。その総仕上げを買って出られたのが「みやもどのB級HP」を運営している角館町の宮本貴久さん、「あきたNEWS」を主宰する秋田市の高杉静子さん(shizuko)だった。お二人は「空飛ぶケンニチ」の事務局を引き受けられ、昨年11月10日には「空飛ぶケンニチ」のホームページを立ち上げて紙風船を作ってもらうための募金運動を始めたのである。
ケンニチのアクセス数が25万を突破したのは1999年12月1日だった。空飛ぶケンニチのためにいくら募金が集まるかはまったく不透明だったが発起人に名を連ねた13人の方、そしてshizukoさん、宮本さんのご好意に涙が出るほど嬉しかった。ケンニチの発信するニュースはほとんど大曲市とその周辺だけにとどまっている。なのに秋田市のshizukoさんを始め角館町の宮本さん、そして仙台市の杵島太郎さん、静岡県の長谷川雅美さん、秋田市の木村雅彦さん、加藤“カト”隆悦さん、中野鋼一さん、秋田県から派遣され現在、北京で仕事をされている土門啓介さん、大曲市の甲山知苗さん、角館町役場の冨木弘一さん、秋田市の成田秀さん、東京の山田美紀子さん、西木村の浅利重富美さん、秋田市の清澄竜子さん、佐賀県の大草安幸さんが発起人へ名を連ねて下さった。いずれもshizukoさんの「あきたNEWS」ファンやケンニチの読者の方々である。
この方々のケンニチへ寄せる応援の声がどんなにニュース発信を勇気づけたか。そして実際の募金活動が始まると秋田市のなかのさん、すんすさん。神岡町の「渡部畳店」さん。東京都府中市在住の渡部さんは、shizukoさんからの連絡によると「実家で畳店を営むお父さんを元気づけたい」との思いを込め、「神岡町・渡部畳店」の名で寄贈して下さったようだ。神奈川県の「ひでかっちゃん」は確か西仙北町出身の方だった。発起人の一人で静岡県在住の長谷川雅美さん。長谷川さんは秋田大ファンで、2年前の春、西木村のカタクリの里を見たいと友だちと二人でケンニチを訪ねて来られている。そして昨年5月の連休にはこちらが長谷川さんを訪ね再会を楽しんだ。2月10日の西木村の紙風船上げにも来られる。再会が楽しみだ。宮城県の鈴木秀和さん。ごめんなさい。鈴木さん。あるいは以前にメールを頂いたかもしれませんが、鈴木さんに関する知識はケンニチに持ち合わせがないのでこの場でのお名前掲載で失礼させて下さい。秋田市のshizukoさん。やはり発起人で宮城県の杵島太郎さん。杵島さんは川柳作家で昨年夏にshizukoさんが主催した「県南食べ歩きツアー」で顔を合わせた。そうそう。秋田市のなかのさんもやはり発起人の一人で、昨年の食べ歩きツアーで初めて会った方だった。東京都の「shizuko@隠し子Iさん」も発起人の中にその名がある。shizukoさんの「あきたNEWS」のゲストブックに良く顔を出され、とてもチャーミングな書き込みをされている。紙風船上げにも参加したいと楽しみにしていたようだが家族の都合で参加出来なくなったとのメールがあった。お会いしたかったがやはり家庭第一である。大事にされたい。そして発起人で事務局を引き受けて下さった角館町の「みやもど」さん。日本酒をこよなく愛し、「みやもどのB級HP」を通じてその豊かなお酒の知識をふんだんに語っている。みんなみんな「あ・り・が・と・う」。
東京都の夢さんという方もいる。夢さんとはどのような方なのだろう。shizukoさんのホームページ「あきたNEWS」に良く書き込みをされている方のようだ。shizukoさんを通じて広がった友情の輪に感謝したい。発起人の一人で秋田市の成田さん。成田さんは大曲市の県仙北地方部に勤務されていた時、インターネット新聞の立ち上げに真摯になって相談に応じられた方だった。童顔でくりくりとした目がいつも輝いていた。大曲市の佐藤清さん、同じく藤原正吾さんは大曲市役所の人だ。お二人は「空飛ぶケンニチ」の話を聞いて、「おれたちも一口乗りたい」と寄金を名乗り出た。日本国・絹子さんという方もいる。茨城県の畑山やえもんさんという方の名もある。ありがとう。西木村の冨木弘一さんも発起人の一人だ。先日の16日は紙風船の塗り絵にも参加して下さった。ソフトで穏やかな人柄の方だ。ケンニチの「こちら編集室を読むのがとても楽しみだ」と会えばいつも言って励ましてくれる。茨城県の高橋さん。東京都(有)サンカネットワークさん。高橋さんはどのような方なのだろうか。あるいはケンニチにメールを寄せて下さったかもしれないが・・・。とにかくありがとう。サンカネットワークさんは都会の青年と田舎の人たちとの交流を進めたいので力を貸してほしいとのメールが切っ掛けで知り合いになった。「読者からのお便り」にその詳細が記されている。ケンニチは皆さんの励ましを心の糧として今後も頑張りたい。
秋田市の清澄竜子さん。この方も発起人の一人である。shizukoさんと親しい方だ。東京都の川村俊基さん。何度か「読者の広場」に顔を出して下さっている。神奈川県のSASAさん。SASAさんも隠れたケンニチの読者の方なのだろう。秋田市の木村雅彦さん。この方も発起人に名を連ねて下さった。県庁の方で「こちら編集室をいつも楽しみにしている」とのメールを下さったことがある。昨年の県南食べ歩きツアーで初めてお会いした。寡黙だがとても誠実な方だ。大曲市の畠中岳さんは薬剤師をされている方だ。神奈川県に生まれ育ち、神奈川県内の大病院に勤務されていたが、「患者さんの顔の見える調剤をしたい」と秋田へ移り住んだ。角間川町のお医者さんと同行して地域医療と言う在宅で寝たきりのお年寄りの訪問治療をされている。ケンニチのニュースの顔になった方だ。秋田に移り住んで一番、辛いのはプロ野球を観戦出来ないことだと笑って嘆いていたが、最近はすっかり秋田人に成りきっている。北京の土門さんは奥さまの久仁子さん、お子さまの千紗さんのお名前を添えての募金だった。昨年夏に初めてお会いしたが冷静な目で中国を見ているその語り口が印象的だった。大曲市の(株)松戸市コンピュータサービスはケンニチがいつもお世話になっている会社だ。本社の専務さんが秋田センターに来た際に「空飛ぶケンニチ」の話をしたら「伊藤さんのために一口乗ろうよ」と温かい声を社員に掛けてくれた。秋田市の伊藤いといさんという方の名もある。ありがとう。
仙南村の泉谷玄作さんは日本写真家協会所属のプロのカメラマンだ。若いころ自宅に訪ねて来て「プロのカメラマンになりたい」と夢を語り、それを見事に実現した。花火の写真で有名だ。佐賀県のankouさんも発起人の一人だ。shizukoさんのファンの一人で昨年の県南食べ歩きツアーでご一緒になったが、どんなに珍しかったのかカメラを手から離さず、県南の風景を盛んに撮っていた。穏やかな人柄が印象的だった。今回の紙風船にも来たいと言っていたが仕事の関係で取り止めになった。また会いたかったが残念である。六郷町の渋谷望さんは確か町役場に勤務されている方だ。2001年ワールドゲームズ秋田大会に備えて頑張っておられる。大曲市ポットスチルさんと言う名もあった。神岡町sdkfzさんと言う名もあった。トーホグ・アル中さんと言う名もあった。東京都・黒虎さんと言う方からの募金もあった。みんなみんなケンニチや「あきたNEW」を読んで下さっている方なのだろう。千葉県の小山正志さんは大曲市花館出身で「ビーンズ豆田」と言うペンネームを持った作詞家である。こちら編集室で「別れても好きな人」を書いた時には「とても感動させられました」と自宅にご自身が作詞した歌手のCDを送って下さった。角館町の酒商「佐吉」さんからの寄金もあった。太田町の「エセ・ソムリエ」さんという方からの募金もあった。ケンニチはこのように直接、お会いしたりメールを頂いたりした方以外にも隠れた読者や沢山の支持者を持っていることを改めて知った。ありがとう。本当にありがとう。
角館町の青柳正章さん。大曲市のひでさん。ひでさんなら知っている。青柳さんはどんな方なのか。宮本さんとの縁かもしれない。サンノゼ市の岩間郁夫さんは「アメリカ暮らし」でお馴染みの方だ。岩間さんの寄せて下さる「アメリカ暮らし」でケンニチはどんなに助かったことか。その上に今度は遠いアメリカから募金まで。角館町の焼き鳥「笑楽」さんと言う名もあった。こんなに角館町の方からの支援はやはり宮本さんの力なんだろう。宮城県・河北新報社の早川徹さんからまで募金を寄せてもらった。早川さんは河北新報社の秋田版で「大曲市でインターネットを通じて新聞を作り世界に向けて情報発信している地方紙の記者がいる」との記事が掲載された時、いち早く自社のホームページにも掲載して報道して下さった。その後、夫婦で仙台市を訪ねた時もいろいろ親切なもてなしを受け「伊藤さんのケンニチの発展を期待してます」と激励された。神奈川県の最上哲さんは大曲市角間川町出身の方だ。「県外にいても故郷のニュースが読めるからありがたい」と角間川町の盆踊りでお会いした際にはそう言って喜んで下さった。秋田市の石澤直隆さん、澤橋亨さんと言う名もあった。角館町の「つた食堂」さん。同じく角館町の「LeoFilm」さん。みんなみんなありがとう。皆さんのお名前は大事に大事に保存させてもらいます。
大阪府の鈴木家。大曲市の甲山知苗さん。大曲市の金子義正さん。角館町の匿名希望さま。鈴木家は妻の妹が嫁いでいる家だ。大阪でケンニチのニュースを読みながら「表紙の写真がこのごろずーっと同じだよ。いつ変えるの」と電話で注文を付けてくるかわいい妹だ。甲山さんも発起人に名を連ねた方である。ケンニチを立ち上げた当時、甲山さんは田沢湖町のわらび座にある「きたうら花ねっと」に勤務されていてパソコン音痴はとてもお世話になった。なのに寄付まで頂いて。金子さんは知苗さんのご主人だ。海外青年協力隊の一員として今ごろはマレーシアで活躍されているだろう。ありがとう。そして匿名希望さんも。
空飛ぶケンニチのホームページにはまだその名前が掲載されてないが滋賀県のhimikoさんや仙北町の「出羽鶴・刈穂」さんからも寄付があったという。そして西木村の浅利酒店さんからまでも。浅利重富さんも発起人の一人で奥さまの久美子さんは「ホームページを通じて地酒を全国に販売したい」と頑張っておられる。秋田清酒株式会社の「出羽鶴・刈穂」さんはケンニチに広告を掲載して下さっている貴重な収入源だ。なのにこのようなご好意まで受けた。このほかに中仙町の(有)冨岡商店さん、十文字町の奥州光吉さん、秋田県・渡邉益代さん、宮城県の杉本こうえつさんと言う方々からの募金の申し込みが来ているという。冨岡商店さん。初めてそのお名前に接した方だ。中仙町は昨年、町長選やジャスコ中仙店を巡って随分、通った。やはり記事を読んで下っているのだろうか。ありがとう。渡邉さんは我が家で飼っている小犬のパピヨンこと「パピー」の実家の方だ。偶然、大曲市内でお会いしてデジカメに入っているパピーの写真を見せながら「空飛ぶケンニチ」を話題にしたら「ぜひ、私にも協力させて」と申し込んで下さった。奥州さんはミネソタ大学にお子さんを入学させ、ミネソタ大学秋田校に限りない愛情を注いでおられる。杉本さんは先日、初めてメールを下さって秋田弁の「ホジナシ」と言う言葉の由来を教えてほしいと言って来られた方だ。岩間さんの「アメリカ暮らし」の大ファンでいつも楽しみにしているとメールには書き込まれてあった。図書館に走って「方言事典」などを調べたらどうも宗教用語から出た言葉のようだった。杉本さんは秋田市出身、奥さまは角館町出身で「ケンニチを楽しみにしている」とご丁寧な内容だった。本当に空飛ぶケンニチへの支援金ありがとう。
思えば「空飛ぶケンニチ」に寄贈された多くの方々の中には以前にメールを下さったり、あるいは「読者の広場」に書き込みをして下さった方もいるかもしれない。そうでなくても陰ながらこの新聞に心を寄せ、温かい目で読んで下さっている方もいっぱいおられるかもしれない。とにかく今回の「空飛ぶケンニチ」の企画のおかげで自分の知らない多くの読者、支持者がいっぱいいることを知った。お一人おひとりのお名前がとても勇気づけて下さった。
宮本さんの集計によると15日で一応、募金は締め切ったが21日現在で海外も含め、トータルで全国から61人もの方々から募金が寄せられたと言う。その総額は19万1000円とか。一口2000円の募金の呼びかけなのに「3000円」とか「4000円」とか「6000円」、中には「1万円」もの大口の寄付をされた方もいる。アメリカの岩間さんからは「伊藤さん。ケンニチの人気度が量れるバロメーターです。すごいことですね」とお祝いのメールを頂いた。本当にほんとうに皆さん「あ・り・が・と・う」。ケンニチは皆さんの善意のお名前を胸に刻んでこれからも取材活動に全力を注ぎたいと思います。2月10日夜は皆さまのお名前が書き込まれた「秋田県南日々新聞」オリジナルの紙風船が3個も舞い上がることになった。その様子を見ながら、決して自分は舞い上がらず自重を誓って、紙風船を見送りたい。皆さんの名前と一緒にケンニチの紙風船が大空高く舞い上がるのを楽しみたい。ありがとう。本当にありがとう。
写真はどうしようかといろいろ迷ったが、「ケンニチ」のマスコットとして、また「こち編」にも登場させたことから、我が家のパピーの成長ぶりの報告を兼ねて掲載することにした。許されたい。もしもこの記事の中でお名前もれがありましたらどうぞ読者の皆さまご連絡を下さい。追って追加いたします。