岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(77)集団生活」(00・1・24)

 秋田は早春から真冬へ舞い戻りと云う感じですね。24日から短い日間ですが日本に出張します。手袋、コート、マフラーなんかに縁のない生活をしているので、何を着ていって良いのやら、このシーズンはいつも迷います。冬物を沢山持っていけば問題ないのですが、いつも移動の多い出張なんで、手荷物を最小にするのも大切なんです。

 今回は前回の入試に続いて学生に関係の深い集団生活を書いてみます。アメリカは個人主義の国と云われるように、他人に影響されない個人の生活とかプライバシーの問題には人一倍神経を使う人たちです。日本もそうだと思いますが、自宅では子供一人一人に部屋が与えられ、子供自身もそこでひとつの自分の世界を作っています。

 日本とアメリカの家庭の子供部屋の違いは子供部屋の家具や机などにお金をかける親は少ないので、ベッドや机は大抵がガラクタ家具、ブランケットや毛布なども家で使いふるしのもの、音楽が好きでもせいぜい安物のステレオラジカセがあるぐらい。子供は自分の部屋を掃除するのが原則ですから親は掃除しない為、家の中を大変きれいにする家庭でも子供部屋だけはごみ箱寸前と云う家庭を良く見かけます。

 子供たちはそんな環境の中で高校生活を終わるわけですが、不思議なことに大学に入学する時となると、経済的な理由では無く、入学する半数以上の学生が最初の1−2年の間は大学のキャンパス内にある学生寮での生活を希望します。大学も、この集団生活自体を人間形成の重要な経験と考えているらしく、キャンバス施設の中で学生寮関連の建物が半分以上を占めていることも珍しくありません。私の次男が現在在籍する大学は学生数が11000人ほどですが、寮で暮らす学生数は3500人を超えているそうです。3年以降はキャパの関係で特別な理由が無い限り寮に残れませんから、入学初年度と2年目の学生の大半が学生寮で暮らしていることになります。

 この地域の例ですと、どこも80人から100人が生活できる建物を単位とし、その中に居室とは別に洗濯室、トイレ、シャワールームと会議室をもうけ、複数集合させて、ある規模にしてそこに食堂施設を置くという構成です。無論、一人部屋はほとんど無く、基本的に2人、3人、4人、5人部屋構造です。各自のスペースは衣服を入れるクローゼット、机に棚にベッドと云う具合で、決して広くはありません。ただアメリカらしいのは各部屋に電話の接続口とネットワークの接続口が部屋内の人数分だけあって寮生は自室から大学の持つ大容量回線を使ってインターネットやE−メールを快適にアクセスできることです。

 誰しも思うことですが、ベトナム戦争後、徴兵制度がなくなってしまった為、彼らにとっては初めての本格的な集団生活。しかも日本と比べて人種や宗教は雑多、お互いに文化や食生活も違い、更に個性や自己主張の強い性格を持った18歳程度の学生たちが他人と同室同居した状態、言ってみれば最悪の条件。犯罪を犯すなと云う以外に規則らしい規則も無く、管理者らしい人間も置かず、果たしてうまく生活が出来るものなのか?大変、疑問なのですが、結構彼らは旨くやるんです。しかも寮生活では個人生活と云うよりお互いにグループの仲間として協調性を発揮するようです。これがこの国の人たちの適応力の根源のように時折感じます。無論、彼らも一生はいや!でも学生時代の大切な経験と考えているようです。

 そして、多くは寮で一緒に暮らした仲間で気の合う相手を見つけて3年目の学生生活からは大学に近いアパートを2−3人で一戸を借りて、部屋毎に別けて、キッチンやリビングルームやシャワー室を共用して、そこで残りの学生生活を続けると云うのが、平均的な学生時代です。その意味から感じることは彼らは共同生活の中に浸ってから社会に出ていくことになるわけです。

 蛇足で日本人には少しなじめない話になるかもしれませんが、カリフォルニア州では、州立大学内の男女間の差別意識を撤廃する考えから、男子寮とか女子寮と云う区別がありません。寮の建物の中は部屋単位で男女を分けているだけで、階ごとに男女を分けるとか壁を作るようなことなく、隣の部屋は女子学生、隣の部屋は男子学生と云う具合で共学の原則を徹底しています。部屋間は常時行き来自由になり、パーテ
イースクールと呼ばれるお祭り好きの大学で無くても、金曜日の夜のパーテイーなんかは派手にやっています。でも日曜日になると、今度は、どの部屋もドアを締め切って、音楽もほとんど聞こえてこない状況に変わります。つまり日曜日の予習を怠ると、その週の授業についていくのが大変になるので、勉強中!静かにして!と云う訳です。集団生活をしながらも、この切り替えの旨さはアメリカ人学生らしい点です。

 この男女共学共住のシステムは州によって、ずいぶん差があり、日本と同じようなシステムで男女を完全に分けているところ、寮の一部は分けて一部は分けていないところなど、いわば州民性が結果に強く反映しているような気がします。