モナミさんの「短歌とエッセー集(2)」(3月3日)

 闘病記から    入院序章
 

雨の朝      病院の窓から     見る風景(けしき)
            曇りガラスの     私の心
 

だいじょうぶ    心配顔の      友が言う
            大丈夫じゃ無いから   入院なのよ
 

久々に      みなの笑顔が     揃うには
            シナリオどぅりの    病院のベッド
 

病臥し      暗く沈んだ      我が心
            思わず吹き出す    娘の明るさ
 

そういえば    ゴールデンウィークに    病臥す
              永年の癖      損してる人生
 

急性肝炎     とは何物ぞ       今日こそ
           私はGet                The    Answer
 

It's              All    in    the          Playing!
                           何が悪いの     私のHow  to
 

眠くても     眠れぬつらさ      我も知り
            眠れば治る      不眠症と言う病
 

4時半が     3時半に      なる起床
           終日だるい      1日の始まり
 

中学の      時代(とき)の重さに   もどりけり
            時間(とき)は過ぎても   成長は無し
 

 目が覚めると鉛のようなだるさが、今日も私にまとわりついています。・・全身を鉛で固められ地中深く沈んでいくような・・・・・・・深く深く息を吸って、どんなに深く息を吸っても酸素が足りないよぅな・・身体中の細胞と言う細胞が、疲れ切って、勝手に活動を止めてしまったような・・・・・だるさ・・・・・倦怠・・・・・苦しさ・・・・・・・・・この症状を形容する言葉を私は知らない・・・・・・・・・自分の意志とは違う重さの身体がここにある・・・・・・・・・・ 

 こんなになるまで、どうして私は気が付かなかったのだろう ?。N総合病院の外来で私は医師から「即入院」と言う診察を受けました。入院の
準備も、乗って来た車を返す事も「ダメ!」と。「貴女はこの病気の怖さを知らない、倒れて意識が無くなりそれで終わりという人もいます・・・・
即入院です。」 私の肝機能(トランスアミナーゼ)は、相当の高い数値を示していたらしいのです。

 こうして、思ってもいなかった入院生活が始まりました。今まで一度も病気をしたことの無かった私は、病気であるということと、これから入院生活をしなければいけないというダブルショックでしばらくの間、一睡もできない状態が続きました。点滴を受け、食事療法をされ、眠らなければいけないと思う心とはうらはらに、私の脳は1日中覚醒の指令を出しているのです。2週間で5キログラムも体重が減り、中学時代の体重にまで落ちてしまいました。とうとう、睡眠導入剤の力を借りることになって・・・・・やっと夜は眠れるようになり、 それからの私は心も落ち着き、少しゆとりを持って周囲を見渡す事が、できるようになりました。

 検査が始まって間もなく、日本中がゴールデンウィークに入り爽やかな季節を迎えました。容態の良い患者さん達は、一時帰宅の許可をもらい入院病棟にもウキウキした空気が流れる中で、私は、主治医から食事療法、午前中の点滴、トイレと洗面所以外は歩行禁止の「令」をいただき、ベッドに臥すと言う、誕生史上このうえないゆっくりしたゴールデンウィークをプレゼントされていました。
 

さわやかに    メーデーの日の     声聞こゆ
             空の青さと      ベッドの白さと
 

6時起床     21時(9時)に就寝    昼読書
            神が私に        くれた休養
 

こんなにも   ゆっくりとした    ゴールデンウィーク
         この年になるまで    経験(した)ことはなし
 

おはようと    爽やかに言う     ドクターの
          声で中日(なかび)は   始まりにけり 
 

生れし家      豪之輔翁の      記念碑の 
            除幕式なり       笑顔が揃う
 

昼までは      降るなと天に     手を合わす
             お祝い事の      無事を祈りつ
 

 このゴールデンウィークの5月3日に、故郷の生家では大学教授であり歌人でもあった豪之輔翁の記念碑を、彼の生家である我が家の庭に建立し、その除幕式が行われました。久々に親戚縁者が揃うのを楽しみにしていた私ですが、哀しくも病院のベッドで、お天気を心配し、お祝事の無事を祈りながら、歌を詠む事より出来ませんでした。

 幼い日の、故郷の風景を思い出しながら・・・・・・・
 

思い出す      幼き頃の      ハイキング
            しろつめ草と    笑顔いっぱい 
 

       2000   3   3    モナミ