闘病記から 第2章 回顧
千体の 地蔵が刻む 年月は
それぞれのこと 皆々のこと
ひさかたの 春にふさわし はんなりの
赤田の大仏 みごと一見
藤の花 もうすぐ咲きて 賑わいし
ブルゴーニュの森 駆け回りたし
懐かしき チェルノブイリの コスモスに
想いは届け 願いは届け
森の香と 言霊達と いただいた
マネも呼びたし 草上の昼食
今日一日 平和に静かに 終わりけり
ミレーの晩鐘の 響き聞こえり
夜な夜なと ムーランルージュで 絵を描く
ロートレックに 今夜も同伴
桜散る 花の五月に 散歩して
娘は見たり モネの庭園
人の悪口(はなし) 聞きたく無いと 耳切った
ゴッホの気持 我もわかりし
さよならと 名残り惜しんで 送る人
静かな病室(へや)と 平和な朝が
午前9時 回診待に うとうとと
眠るひととき 至福の時間
ミミに似た 大きな猫を 見つけたり
色も形も 太ってるのも同じ
ミミとミキ 元気でいるかと そればかり
聞いては娘を 怒らせるなり
(※ミミとミキは我家の家族、カワイイ柴犬の名前です)
この頃(ゴールデンウイーク中)の私は全身黄疸症状がひどく、普段と違う皮膚の色、目の中まで真黄色で死ぬほどだるい(本人にはそう思えた)状態でした。胃は、膨れた肝臓に圧迫されコンクリートで固められたように、バーンと硬く感じ、食欲は進まず、点滴をし、ひたすらベッドに横になり時の流れを待つ(肝臓の回復を待つ)という日々でした。
すっかり社会から隔離された5階の入院病棟の病室で、私の視界に入るものは、腰高の窓から見える青い空と白い雲、ときおり飛んで来る鳥の姿だけでした。
目には見えなくても、きっと吹いているであろう爽やかな風、そして、きっとその風に舞っているであろう桜の花々・・・絵の好きな私は画家の目になって思いを巡らしていました。
横になり思う事、それは故郷のこと、幼い日のこと、そして「なぜ、病気になったのか・・・」、「何が悪かったのだろうか・・・」と、今まで前に進む事だけより考えず、振り返る事を忘れていた自分の人生をゆっくりゆっくり振り返っていました。
「いつもファインでいたい、そしてポジティブに生きる・・・」をモットーに、健康に自信のあった私は、「自分の体をいたわる」と言う事を、すっかり忘れていたような気がします。ベッドに横になり青い空を見つめていると、いままで生きて来た人生の疲れが一度にドッと出て、耐えて頑張った体がもうこれ以上は無理だと、私に警告・・・・・いや、神がくれた警告であり、警鐘であり、休養であると・・・心に移りゆく良し悪し事をそこはかとなく・・・・・・考える毎日でした。
青い空 白い雲と する対話
風とおしゃべり 花びらと遊ぶ
健康で あることが普通 いままでは
病んで気が付く 普通への感謝
雑音(おと)の無い いま静けさに 懐かしむ
アイネクライネ ナハトムジーク
現在(いま)は亡き ダンサーの姿 目に浮かぶ
世界に名高き ボレロの達人
ブラボーと 現代人(ひと)の心に 共鳴す
久遠に響け RAVELのボレロ
雨の日の MOZARTの しらべには
窓硝子(ガラス)のしずくも 共鳴(あわ)せて落ちる
2000 . 3 .
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