こちら編集室「ダンディズム」(3月24日)

  「私も県南日々新聞のファンなんですのよ」。胸にぶら下げた自分の名札を見てこちらの肩書を確認したその女性はそう言って手を差し出した。握りしめた。とても湿っぽく柔らかな手だった。30代だと思った。南外村であった「酒遊サミットinなんがい」でご一緒になり、酒の酔いがほどよく回ってから偶然、隣り合わせになり、会話を交わした。名刺を交換したら大曲市内の方だった。こんな身近な所でケンニチファンと出会うなんてと、感激の思いでその柔らかな手を握った。だが、残念ながら話す機会を得たのは宴も終盤、こちらはかなりアルコールが回ってしまい、精神科のお医者さんが言う“ブラックアウト”寸前の状態だった。つまり彼女の手を会場でと、そして帰りのバスの中で別れのあいさつを交わそうとしたら再びその柔らかな手を差し出され、握ったまでは記憶に残っているのだが、あの会場でどんな会話を交わしたのかはほとんど記憶からは消え去っている。

  まあそれでいいかもしれない。下手に心の中に強い印象が残ってしまったら、こちらは若い女性への憧憬で思い悩むことになったろう。ヘミングウェーのようにパリの喫茶店で隣り合わせた美しい女性をさりげなく見つめ、「ああ。美しい人よ。あなたは今、私のものだ」程度で魅力的な女性とはサヨナラすべきだ。妻を持つ男が望む女性との出会いはそれでいい。出会えたことをさりげなく楽しみ、少々、感傷的な思い出として残し、記憶の彼方に思いとどめよう。

  偶然に会った男性から手相を見てもらった。コンピューター関係の仕事をされている方だから手相の専門家ではない。取材で訪れた事務所の女の子を相手にその男性は手相を見ながら「あなたは27歳の時、恋愛されましたね。うーん。性格はとても明るいのですが、周囲の人に気遣い、それでストレスをためやすい。それに今の仕事に満足されてますが、家業を継ぐか今の仕事を継続するか将来、悩むことになりそう」とかなり具体的にその女性の将来を判断する。手相を見てもらった女性は「えーっ。当ってる!」と驚いた。

  半信半疑だが、興味津々だった。「おれの手なんか握りたくないでしょうが、どうでしょう」と軽口を叩いたら、相手はどれどれと左手を取った。「ああ。伊藤さんはかなりの愛妻家ですね」と先ずは一発。「愛妻家?」。特段、妻に気遣っているわけではないがまあ、妻と小犬だけとの生活だから、家庭は和やかさを第一にしている。夕べだって「夜泣きソバを食べたい」という妻のために軽乗用車を屋台に仕立てた「夜泣きソバ屋」を追って、冷え込む夜の道を走った。これも妻のためである。酒だって、歓楽街を自ら進んで飲み歩くこともない。妻と一緒に朝、家を出れば、帰りだって再び妻を職場に迎えに行ってそのままとんぼ返りの日々だ。妻と言うより仲のいい友だち関係のように思っている。そしてその平凡な日々をとても大切にしているし、満足している。この程度で「愛妻家」と言われるなら世の男たちすべてが「愛妻家」に当たるだろう。

  さてその男性氏。「伊藤さん。伊藤さんは今、とても人気があるんですね。ほらこの線。この線がこのように上に昇っているでしょう。これは伊藤さんの人気がとても高まっている証拠です」と強調した。手相を見てもらった先ほどの女性は「エーッ」と歓声をあげ、信じられないような目をこちらに流したが、タレントでもない自分が人気があると言われたってどうしようもない。テレビの出演依頼でもあるわけではないし。それでもまあ、悪い気はしないから「えー。おれの人気が上昇中だって」とはしゃいだ。そして「伊藤さんは結構、長生きしますし、いい手相です」。男性はそう言って手相判断を締めくくった。

  人気。そう言えば南外村で出会った女性と握手を交わせたのも手相判断のせいだろうか。初めての出会いだったが、相手の方はこちらのことをケンニチを通じて良く知っておられるようだった。初対面なのにとても気を許し、打ち解けた笑顔で接してくれた。酔いが回ったしどろもどろの状態だったのに「ファンなのですよ」と言って手を差し出してくれたのだ。オジサン族の部類に入ってしまったせいか、このごろ若い女性と手を握る機会を得ると気分がホカホカする。

  今朝もこのケンニチがとてもお世話になっている会社の女の子を相手に南外村で出会った女性を話題に「○○子ちゃん。南外村でね。こんな女性と会ったんだ。そして握手を交わしたんだ」と自慢し、「ほら。こんなふうに」と手を伸ばした。その子もつられるようにこちらに手を伸ばしてくれたから、軽く握りしめた。とても得したような気分だった。

  電話に夢中だったその女の子の上司に「○○さん。おれは今、○○子ちゃんの手を握ったよ」と自慢したら、「えー。○○さん。すぐ手を洗ってきなさい」と忠告だ。こちらは反逆し「○○子ちゃん。明日まで洗ってはだめだよ」と言い返した。「えーっ」。若い女性の手を握ったことを問題に中年男2人のやり取りをその子はいい笑顔で見守っていた。女性の笑顔はいい。職場を明るくする。女の子の笑顔は男性の心の潤滑油だ。

  手相判断から「人気上昇中」なんてご託宣を得たものだからどうも脱線してしまった。さて、懸案であった町村議員選挙も21日の告示と同時に立候補者の名前を全部、ケンニチに掲載することが出来た。「どうしよう。どうしよう」と思い悩んだ。一人で7町村の選管を駆けずり回り、立候補者の名簿を集めるのは不可能だったからだ。朝日、毎日、読売の各紙は県選管に送られてくる名簿を下に翌日の朝刊に入れると言う体制を取り、夕刊のある魁は夕刊に突っ込むためアルバイトを雇い、各町村に走らせる体制を整えたと聞いていた。こちらは一人である。

  思い悩んだが告示当日、各町村の選管に電話を入れファクスでの名簿電送を依頼した。「今、取り込んでおり、直接、来てくれるなら直ぐに名簿は渡せるが、そうでないと夕方になる」と言う一つの町を除いて、6町村とも快くファックス送信に応じてくれた。そして昼ごろまでに次々と入ってくる名簿を確認し、来てくれと言う町にだけ走った。こうして7町村の議員立候補者139人の名前を書き込み、どうにかこうにか夕方までには報道することに成功した。新聞という体裁を取っているだけにこれを読者が見てくれるかどうかよりも、とにかく新聞としての義務を果たしたかった。

  10日ほど前からこの町村議員の選挙報道で悩んだが、杞憂に終った。やはり行動を起してみるべきである。一人でもやれば出来ると自信を得た。昔、ファックスもなかった時代は統一町村議員選挙が近づいてくると事前に大曲市駐在の各社の記者たちと打ち合わせし、町村を回る担当を決め共同で立候補者名簿集めに走ったものだった。あのころは市役所記者室が各社のたまり場だった。マージャンをやり、酒を飲み、情報を交換し、友情を深め会った。そして自分はその他社の記者たちに育てられた。今、一人でインターネット新聞に取り組めるのもそうした各社の先輩記者たちの指導のおかげだと思っている。20代から30代のいい時代だった。彼らはいまそれぞれの社の記者を勤め挙げ、そろそろ定年も間近だろう。懐かしい顔が浮かんでくる。彼らと知り合えて良かった。

  人を愛し、女性を愛し、酒を愛した仲間だった。「伊藤ちゃん。女に惚れてもモーゼの十戒ぐらいは意識して行動しろよ。それがジャーナリストってもんだ」。そう言って諭した記者もいた。そう説教しながらご自身は「まあ。おれは無理だけど」と笑い、酒場に行くと常に女性を侍らして良く飲んだ。お金を湯水のように使った人だった。「江戸っ子は宵越しの金は持たない」とも言った人だった。女性に良くもてた人だったが、数年前に大曲市で会ったその記者は初老の寂しさをかすかに漂わせていた。「伊藤ちゃんはなぜか人を懐かしくさせるねー」。「今度、北海道に行くことになって、その前にどうしても会いたいなと寄ったんだ」。初老の寂しさは漂わせるがダンディズムは変わってなかった。渋さも変わってなかった。いい晩年だ。そう思わせる姿だった。