香港・マカオ紀行2
香港
九龍(紅勘)駅に着き、入国手続を済ませ外に出ると、中国とは違った喧騒が身を包みます。それでもこの駅は中心部から外れた所に位置します。中国人がタクシー乗場で順番待ちしている姿に驚きながらタクシーを拾い、チムサッチョイという大陸側の中心部まで走るに連れて街はどんどん活気付き、テレビで目にするあの道路を覆わんばかりの広告が増えてきます。香港はこのチムサッチョイと香港島、そして周囲の島からなる狭い土地であること、地下鉄やバス、さらには海上フェリーという公共交通機関が発達し、移動に苦労しないこと、そして商業地とオフィス街が大きく分けられていることにより、目的に応じた移動が簡単に行えます。
大陸側のチムサッチョイは古くからの商業地として、南北に伸びるネイザンロードを挟んで発展しています。テレビでよく映る道がそれなのですが、ここにはありとあらゆる専門店が軒を並べています。貴金属好きの香港人を意識した貴金属店、腕時計店(香港人は例外無くロレックスの金無垢やコンビをしています)、カジュアルからフォーマルまで揃う服飾店(香港で服を買うのはお勧めです)、中華料理の食材である乾物店(ただし高級品は日本産の貝柱やフカヒレ)などなど、そして道行く人々は欧米人、香港人、中国人、台湾人、日本人、インド人(両替商が多い)など多種多彩です。こういうところからも香港という街のエネルギーを感じさせます。
一昨年の香港の中国返還に際しては、香港の中国化が盛んに噂され、香港籍の企業や香港人の海外流出、外国人客の減少など、その地盤沈下が伝えられましたが、今ではそのようなことを感じさせないくらいの復活ぶりです。
この香港には福岡県、沖縄県、宮崎県などの自治体から多くの香港事務所が進出し、日本の各地方の観光・物産のセールス、また境界を接する広東省へ進出した地元企業のフォローなどを積極的に展開しています。特に関西以南は地理的状況を見ても香港からの訪問が容易なことから、九州を中心に大規模な観光セールスを例年実施しているとのこと。遠い秋田からこの状況を見ると、現状では大陸よりもポテンシャルの高い香港やさらに西のシンガポール・マレーシアを市場として見据え、実際に観光客誘致や物産販売を軌道に乗せている自治体のアクションに驚きを隠せませんでした。
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お陰で様々な商品を手にとってはああでもないこうでもないと話は弾み、買物終了後、広東料理を食べながらまたその話題でひとしきり、結局ホテルに戻ったのは深夜も過ぎた時間でした。翌日もその方のご好意で香港内に5店舗あるその専門店を全て見て回った上に香港と言えば飲茶といわれるくらい有名な飲茶をしっかり味わい、空路まだ寒さの残る北京へ戻ったのでした。
12年前の香港と現在の香港は何が違うのかといわれれば、一瞬言葉に詰まるのが今回の印象です。以前はユニオンジャックが風に翻っていたのが、今は中国国旗と香港特別行政区の旗が2本並んで翻っていること。香港ドルでの決済が大部分を占めながらも、中国の通貨である人民元が少しずつ流通し始めていること。それ以外は以前と変わらないエネルギーが街中に溢れ、あいかわらず「時は金なり、金はパワーなり」ということに尽きると思います。香港と言えば日本人は買物が真っ先に浮かびますが、ここでは本当に買物、飲茶などのアミューズメントを楽しんでください。そして、そこからちょっと一息ついたときに香港の過去について思いを巡らし、歴史のページを開いてもいいのではないかと思うような旅でした。
マカオ
香港から高速船で1時間半の旅、中国唯一の公営賭博が許されている場所がマカオ特別行政区です。昨年12月20日にポルトガルの植民地支配から、その主権が中国に返還され、マカオも香港と並んで高度な自治権のもとに、これまでの体制を維持しながら、観光をメインとした発展の道を歩んでいます。
香港からマカオへの渡航もやはり出国という手続を経なければいけません、したがって同じ国にいながら、パスポートには最後に3ヵ所の出入国スタンプが押されます。香港のマカオ行き専用埠頭から高速船に乗りマカオへと向かいます。船内は香港人でいっぱいです。この高速船は30分に1便程度出発しており、香港‐マカオ間は心理的にも非常に近い位置にあるようです。
マカオはポルトガルの植民地時代からカジノが有名な観光地です。高速船を降り入国審査を終えると、ホテルからのバスが十数分置きに観光客を出迎えにきます。マカオにはホテルにカジノが併設されているところもありますので、宿泊客でなくてもそのバスに乗って出陣となるわけです。島そのものが小さい上に傾斜がきついこともあり、島内は坂が多い印象です。また長年、ポルトガルの支配を受けていた影響がコロニアル様式の建物が多いことによって実感できます。
最初にセナド広場に向かいます。ここはマカオの中心部であり、返還前の市評議会などの建物が並び、そこから奥に商店が建ち並ぶ繁華街です。中国とはまったく雰囲気が異なる広場ですが、周囲はマカオ人、香港人が闊歩しています。また中国と香港・マカオが大きく異なる点
は、学校の生徒に制服があるということでしょう。これ一つで雰囲気が大分変わります。このセナド広場から商店街を抜け、坂道を登って行く
と、テレビでよく目にする聖ポール天主堂跡に出ます。17世紀初頭にイエズス会が建て、ここがアジアでのキリスト教布教の拠点となったところです。
ポルトガル人だけでなく、キリシタン禁止令によって長崎を追われた日本人も建設に参加したとのこと。残念ながら1835年の火事で建物前面を残して焼失しています。今は地下の礎石と展示室がガラス張りで公開されていました。この展示室の出口前に「長崎キリシタン十二使徒殉教の絵」が展示しています。長崎を含む九州一帯から、この地まで多くの日本人が亡命し、ただ信教のみで生活を送りその骨を埋めていったということをここにきて実感させられました。
さて、夜はカジノです。残念ながら日本ではパチンコもマージャンもしない身、ここまで来て旅の記念にという気が一瞬起きたのが正直な気持ちですが、カジノへ足を踏み入れてその気分は一瞬にして失せました。香港人のルーレットを追う血走った眼、1回で賭ける金額の大きさに圧倒です。1000香港ドル(およそ1万6千円)を平気でビットするとはどういうことなのでしょう。もちろん小額で賭けられる台もありますが、あの雰囲気はただ者ではありませんでした。思い出して見ればホテルの周辺至るところに「押」と書かれた看板を掲げる店があります。何を隠そうこれは「質屋」なのです。香港人が手持ちの金を擦ってから質屋に駆け込み、宝石や腕時計を質入するのでしょう。腕時計が趣味の私が質屋に入るとあるわあるわ、金無垢やコンビ、ダイヤモンド入りのロレックスがショーケースにぎっしり飾られています。およそ日本では考えられない風景ですが、似た感じでは秋田市茨島交差点の付近にパチンコ屋とサラ金の無人貸出機が位置している感覚に近いでしょう。くれぐれもお世話にならないようにしたいですね。
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(本紙から=土門さんは既に秋田に帰国されました。土門さん。本当にお世話になりました。ケンニチは土門さんのような海外在住者の支持を受け、多くの読者に貴重な情報を提供できました。ありがとう)