1月は2月の西木村での紙風船上げを楽しみに毎日を過ごした。2月は西木村で「秋田県南日々新聞」の名入りの紙風船がケンニチファンの支援を受けて、3個も冬の夜空に上がったのを大切な思い出として毎日を過ごした。風船上げのために静岡県焼津市など遠くからまで駆けつけて下さった多くのケンニチファンの方と楽しい夜を過ごし、その思い出を噛みしめ、終ってからは会う人会う人みんなに「ケンニチはこんな反響をもたらしたんだ」と自慢して過ごした。3月は秋田大学と大曲市のライオンズクラブから依頼のあった講演の原稿を書き、それを何度も何度も推敲を繰り返しては不安と期待が入り混じる日々を送って過ごした。そしてインターネット新聞「ケンニチ」がもたらした反響を二つの会場で報告し、聞いてくれた人たちの感動を受け、講演を引き受けて良かったと喜びの中で過ごした。4月はまだ始まったばかりだが市役所は今月から決められた場所以外での喫煙は禁止となり、こちらもタバコの喫煙本数をいかに減らすかとタバコとの悪戦苦闘の連日である。そして5月にはアメリカから岩間郁夫さんがまた秋田に来られるとのお便りがあり、それを楽しみに過ごしている。
とにかくケンニチは今年になって毎月毎月、何らかの行事にかかわるようになった。角館町役場からは総合情報センター竣工式の案内が「秋田県南日々新聞」の名前で自宅に送られてきた。ささやかな力しか発揮できないと思っていたケンニチが公的機関からまで正式な招待状を送られるまでになった。そうそう。3月末には秋田市の弁理士を通じて特許庁から「秋田
県南日々新聞」の商標登録証が送られてきた。登録第4363387号とあった。指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分では「第16類
新聞」とあった。商標権者は秋田県大曲市藤木字東八圭66−2、伊藤正雄とあった。近藤隆彦特許庁長官の公印が押されてあった。
「伊藤さん。いずれはインターネット新聞も経済的利益を生むかもしれません。他からクレームが付かないよう名前の商標登録だけはしておいた方がいいかもしれません」。知り合いの弁護士からのアドバイスを受けての特許庁への商標登録の申請だった。2年前の1月に秋田市の弁理士を通じて申請し、今回の登録料と弁理士への成功報酬で11万円を超える金額を払ったが、安心料と思うとホッとした。とにかく秋田県南日々新聞と言う名は法的にも自分に独占権を与えられた。
いつも出費ばかりだったケンニチも最近ではささやかながら収支は黒字となっている。ケンニチを立ち上げる際に自分に言い聞かせたのは「大きな利益は望むな。しかし、ささやかな利益は望もう」だった。講演でも話したが、ケンニチに取り組む前までは全国紙の大曲通信部としての収入もあり、安い給料を何とか補っていた。リストラによってその収入が無くなってからは秋田市で発行している月刊誌「月刊AKITA」へアルバイト原稿を書きながら食いつないでいたが、やはり新聞社からの収入がなくなったのは響いた。「ささやかでもいい。何とか収入につながるような道を探りたい」。インターネット新聞に期待と夢を込めたものだった。
ケンニチに取り組んでからは月刊誌の取材は無理となり、「お金になる見通しはまだ全く立たないのですが、そちらの方の取材まではもう手が回らないんです」と断った。編集・発行責任者の鷲尾三郎さんは秋田魁新報社の専務・編集局長をされた方だった。「君が毎月、書いてくれる柔らかな感覚の記事は良かったが残念だ。新しい分野で頑張ってくれ」と励まし、快く降任を承諾して下さった。そのうえ今でも毎月、「月刊AKITA」社からは新刊が我が家に送られてきている。鷲尾さんは人との付き合いを大事にされる方のようだ。
月刊誌向けの記事は新聞とは違って分厚いページを埋めるため、行数を稼がなければならない。そのため取材に時間がかかった。提出する原稿は月1本の契約とはいえ、時には1週間もかけて取材に歩き、資料を整理し、2日から3日も掛かって記事を仕上げたものだった。しかし、新聞とはまた違った読者の反響もあり、喜びもあった。月々送られてくる原稿料も助かった。それだけに月刊誌から手を引くのは生活的にも辛かったが、ケンニチは毎日記事を更新しなければならず、お金よりもそちらの管理を大事にしようと思った。自分で蒔いたタネだ。そのタネに水をやり肥料をやって育てなければならない。そう思った。
とにかくケンニチは様々な反響と話題を提供し、人と人とのつながりを生んで4年目の春を迎えた。市役所が禁煙になるという記事を書けばそれを巡って自分の事を読者は心配してくれる。スパッと止めた方がいい。僕は禁煙もダンディズムだと思って止めた。一気にタバコを止めるより、少しずつ本数を減らしてみてはいかがと読者は自分のタバコを巡って様々な提案や助言、励ましの言葉をメールや読者の広場を通じて心配して下さっている。嬉しいものだ。
先週のこちら編集室で「心凍らせて」と言う歌を話題に書いた。それを読んだアメリカの岩間郁夫さんから「あの歌は自分も好きな歌の一つで、亡くなったテレサテンさんも歌ってましたね」とのメールがあった。そこまでは知らなかったが、この歌は多くの人たちの心を捉えたようだ。日本人は悲しい恋の歌が好きだ。そして悲しい恋物語も好きだ。これは何も日本人に限ったものでないだろう。人を好きになり、人に恋する。これだけは国境もなく年齢も関係なく、人は生きている限り男は女に恋をし、女は男に恋をするだろう。それでいい。記者だっていつも心ときめかせて出会いを楽しんでいる。
病院に行けば白衣の看護婦さんの魅力に取りつかれ、お酒を飲めばカウンターの向こうに立つママさんの魅力に取りつかれ、美しい人妻と出会えばその美しさに堪能し、優しくしてくれる人と出会えばその優しさに甘え、短い時間を共有し、恋の神経を刺激し、人生の糧としている。その潤滑油となっているのが歌だ。飲む機会があると一緒に歌ってもらいたくて歌う歌がある。石原裕次郎の「夜のめぐり逢い」だ。これも歌詞が好きなのである。そしてデュエットを組めるのも魅力なのである。
「淋しい目をして呑んでたあなた」「枯れ葉のように座ったお前」「細い運命(さだめ)のこの糸は だれが結んでくれたのか 夜の東京 二人の巡り逢い」。
歌に登場する二人はどんな定めなのか。とにかく男はままにならぬこの世の定めを背負って大都会を流され、暗い酒場で淋しい目をして酒を飲んでいた。やっと探し当てた女はその疲れ切った体を枯れ葉のように投げ出して男の隣に座る。こんな映画のようなシーンを思い浮かべると、男と女はいいと思う。春。そんな悲しい出会いは望みたくはないが、いい出会いがあるような気がしてならない。その風は静岡から吹いてくるか。秋田から吹いてくるか。東京から吹いてくるか。勝手な思い込みをしながら、読者との結びつきを描いている。(写真は南外村の大畑キャンプ場で)