モナミさんの「短歌とエッセー集(5)」(00・4・15)

闘病記から     第4章    あだしのの露    
 

  伊藤氏に捧ぐ
 

何読んで      いるか貴方は     たずねたり
             友のごときに     点滴スタンド
 

正念場     ここが我の      正念場
         末期癌宣告(がんといわれし)  君はつぶやく
 

末期癌       親しき友に     告げられず
            心迷いし        時はながれる
 

どのように     男らしく死      迎えるか
            男らしくと      何度も話す
 

男らしく      死を迎えたいと     君は言う
            男も女も        無しと思えり
 

7号室(おおべや)を   さりて貴方は   13号室(個室)入り
               痛みにもがく   苦しさ始まり
 

アーメンも     南無阿弥陀仏も     君は無し
            阿鼻叫喚        正にこの時
 

悲しみを      花束でかくす      そのこころ
            一期一会と        会者定離
 

綺麗だね     きょうの貴女は      綺麗だね
            こころ憂しなり      別れの言葉
 

遠ざかる      意識の中で       君はいう
            きょうの貴女は     とても綺麗だ
 

死に給う      ああ伊藤氏よ     君を泣く 
            我退院の      翌夕に出発(たち)
 
 

 「何を読んでいるのですか?」廊下で声をかけたのは、スラリと背の高い点滴スタンドを伴った伊藤氏でした。末期癌の宣告を受け(自ら望
んで・・・)もう、自分の命は長くは無いと言いました。そのことを親しい友にどう伝えようか悩んでいると・・・男が死に向かってぶざまな姿は
見せられないと・・・これまで神も仏も信じてこなかった罰であると・・正念場、今が自分の正念場であると・・・・・。

 それからの伊藤氏は、生に対して何の執着も無い様に淡々と振る舞い、毎日を送っていました。まるで悟りを開いた聖人のように・・・・・。
私はそれを見て、人間は結構強い動物なのだ、未来が解らないから悩み苦しむのであって、自分の死が解れば、あんなに穏やかに平然と平常心で生きられるものなのだと・・・・・そして、あんなに元気なのだからもしかして死の宣告は、私の聞き間違いだったのではなかったか・・・と。  

 カラリと晴れた爽やかな朝、私は洗面室の大きな窓から青空を見て思いました。「ああこんな日に外に出られたらどんなに気持ちがいいだろう・・」と。ナースセンターの前を通った時、カウンターの上にある「外出許可願い」というノートが目に入りました。外に出たいと思っていた私は、外出目的と言う所に「家族とドライブ」と書かれて、主治医の印が押されている一行が有るのに気づき、随分優雅な人もいるものだと思い名前を追いました。そこには「伊藤・・・」と有り、私はドキンとしました。

 誰が見ても、誰が見ても、私よりも伊藤氏の方が重体でした。その私がM主治医にドクター生命をかけてまでも、外出をストップされ、伊藤氏は簡単に外出を許可されている事実・・・許可されている違い・・・・・。それは、回復する者と回復しない者、まだ少し時間が有る者ともう時間が
無い者、今回選ばれなかった者と、今回選ばれてしまった者・・・そう言う違いなのだと・・・もしかすれば、奇跡が起こるかも知れないと思って
いた私に、死は確実に近ずいているのだと、無惨にもそのノートは、無言で語っていました。

 誰も、病気をしたくてする人は居ない。誰も、できれば病気はしたくない・・・でも、病人は後を断たないし、沢山の人が死んでいく・・・それは、年令に関係なくである・・・生死をわけるものとは、いったい何なのだろうか・・・ああ、神よ天よ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 大分回復が進んだ頃、私は、M主治医から外出許可をもらい一時帰宅することにしました。その時、大部屋から個室に移った伊藤氏を見舞ったのです。彼は私の回復をとても喜んでくれて、「痛みがひどくなって、あまりの苦しさに叫んでしまう・・・同室の人達に迷惑をかけるので個室に移してもらった・・・」と。「今日の貴女はとても綺麗だ」と、何度も何度も繰り返し言いました。そして別れる時、『癌に効くいい薬はないものかね、あったら教えて下さいよ・・・』と、一言・・・・・。

 さりげなく、とてもとてもさりげなく、チラリと見せた、死の前の動騒・・・。男らしくと言っていた伊藤氏が私に見せた、たった一度の生への執着でした。 

 この一言で私は、彼がどんなに心の中で苦しみ、悩み、死を恐れ、生への執着を持っていたかを知ったのです。この5日後です。彼が、天に召されたのは・・・・・。
 
 伊藤様、貴方は自分の思うように死を演出できましたか?いつも笑顔で何ごとも無かったかのように、言葉をかけてくれた貴方の態度は、とても立派でした。

 人間の尊厳です。貴方の尊厳です。

 最後にお話しをした時の貴方は、とても苦しそうでした。それでも貴方は笑顔で答えてくれるので、私もそ知らぬ振りをして、慰めの言葉はかけませんでした。貴方が別れ際に手渡してくれた、「桃とカルピス」のキャンディー、いま、まだここに有ります。

 貴方にお会いできたこと、そして、立派に自分らしい死を選んだ事、しかと見せていただきました。とても嬉しく思っています。 どうぞ、安らかに・・・・・・・。
 

神がいて       天使が見守う     天国に
(ドクターの事) (ナースの事)

            一番近き        ここは病院
 

病院は      元気で退院      それだけじゃ
            無い事を知る    霊安室を見て
 
 

          2000  4  15   モナミ