こちら編集室「続・春の試練」(4月28日)

  人間は、いかなることにも馴れる動物である−と定義したのはドストエフスキーであった。ドストエフスキーがこの「いかなることにも馴れる」と覚ったのは政治犯として捕らえられ、シベリアへ流刑となり悲惨な徒刑生活を送った体験(死の家の記録)からである。ドストエフスキーのこの実体験と比べるのは恐縮で噴飯物だが、自分も含め市役所職員の喫煙者の姿を観察しているとなるほど「人間は、いかなることにも馴れる動物である」と思う。

  大曲市役所は今月から指定された場所以外での喫煙は禁止となった。一階は市民ホールの空気清浄機の置かれた場所。二階は記者室隣の旧写真現像室。三階は議会事務局前ホールの空気清浄機の置かれた場所の3カ所。記者室隣の喫煙室は広さが3畳ほど。コの字型のマッチ箱のようなコンクリートむき出しの部屋である。もちろん壁にはクリーム色の塗装がなされ、一応、窓もある。ここに換気扇が設置され、喫煙室として指定された時は、タバコを吸わない職員までもがその部屋の無機質な様子に「こんな所でタバコを吸うのか。気の毒に」としきりに同情した。こちらも自嘲気味にその部屋を「トラの檻」と名付けた。

  しかし、禁煙に踏み切れるほどの自信も決意も付かない。ただ「トラの檻」に立ちこもってタバコを吸うような惨めな姿を想像すると抵抗があった。このため少しでも禁煙の方向に進もうかと思い、3月下旬から朝の目覚めのタバコを止め、朝食後のタバコも止めた。現在進行形でタバコを吸っている方なら分かるかと思うが、朝一番の目覚めと同時に吸うタバコはうまい。格別なのだ。そして朝食後のタバコもそうだ。ともかくそれを止めた。止める事によって禁煙につながるのではないかと期待したのである。

  こうして毎日、市役所に来るまでタバコは口にしてない。だが、困ったことに喫煙室が記者室の隣という環境が災いした。出勤してパソコンの電源を入れると隣の喫煙室から職員たちの何やら楽しそうな笑い声が記者室に筒抜けで響いて来るのである。「ハハハハッ」「ワー」。人間とは不思議なもので人々のざわめきや笑い声を聞くと、その側に寄りたくなるものだ。「何をみんな楽しそうにしているのだろう」。自然とその談笑の声に耳はそばだて、いても立ってもいられなくなる。  4月1日と2日は休みだったから市役所が実際に禁煙措置に入ったのは3日からだった。その日の朝だ。タバコを我慢しながら記者室に入ると、隣の部屋のざわめきがまるでチャイコフスキーのバレエ組曲「白鳥の湖」のような甘い誘いとなってムズムズさせる。「隣は『トラの檻』。入ったらお終い。入ったらお終い」と呪文のように唱え、甘い誘惑を断ち切ろうとしたが「ワー」。「ワハハハッ」。男たちの楽しそうなざわめきにとうとうこらえきれず飛び込んでしまった。「いらっしゃい」。誰かが歓迎の言葉を向けた。「とうとう入ってしまった」。後悔しながらも右手にはタバコが握られていた。

  こうして我慢した吸った朝の一服。頭がクラクラするほどうまい。同時にその3畳ほどの小さな部屋にたむろした男たちの笑顔がいい。当初、みんなこの部屋を毛嫌いするかのように疎んじていたが、人が集まり出すともはやタバコを材料にしたサロンなのである。ある部長曰く。「これまではそれぞれの職場で勝手に吸えたから、職員の交流は課内だけに限られていたが、喫煙の場所が指定されたおかげで課の垣根を超えた交流が深まる。いいことだ」と自分の言葉に酔ったような表情でしきりにうなずく。そしてまた惜しむかのように一服。

  時には市長もこの「トラの檻」に入って職員と談話しながらタバコを吸う。4月に採用されたばかりの20代の職員も来る。退職間近な職員も来る。年代を超え、立場を超え、タバコ愛好者同士の交流がなされる。「市役所タバコ同好会でも結成しようか」「そうだ。そうだ」。同病相哀れむ仲。タバコを巡る様々な話題がコンクリートの小さな部屋に響く。4〜5人も入って一斉にタバコに火を付けると中は煙でむせるほどで、換気扇の煙の吸い出しも追いつけない状態となり、スタート当初は「かえって健康に悪い」と不平不満の声がざわついたが、3日もするとだれも文句を言うものはなくなり、むしろ顔と顔を合わせては様々な話題を持ち出して談笑している。喫煙者は3日でこの「トラの檻」に馴れたのだ。

  「トラの檻」で共通した話題がある。それはタバコを吸う本数が確実に減ったという点である。中には「職場で吸えない分、家で吸う本数が増えてしまい、女房の小言がうるさくて」と嘆く人もいるが、大方は喫煙本数が減ったとのことである。確かに記者自身もタバコの喫煙本数は減り、1日1箱だったのが、2日も持つ日もある。実際、どのくらいタバコの消費量が減ったのだろうか。市役所の売店の女の子に訪ねたら「市民ホールの自動販売機の売り上げが3月に比べ7万円も落ちたんですよ」と目を丸くした。彼女によると17%減と言う。「でも・・」とその彼女。「タバコの本数が減った分、職員のみなさんの健康につながればいいことですね」と優しい。

  トラの檻。警察の取調室のようなコンクリートの壁に囲まれた部屋にいつの間にか一脚のベンチが運び込まれ、そして誰が持ってきたのか今度はそのベンチに座布団が敷かれた。「いかなることにも馴れる動物」である職員たちは「トラの檻」に体が適応すると今度はその部屋をいかに快適な部屋にするかと環境を変える工夫をし出したのである。それを見てはこちらもまた一服。

  それにしても記者室の隣が喫煙室とは・・・。せっかくタバコを減らそうと努力しても記者室の入り口の廊下は喫煙者の銀座通りとなってしまい、一人でコツコツとキーボードを叩いていてもどうしても喫煙室に入ろうとする職員の姿が目に入る。中には一人で入るのが嫌で「伊藤さん。どうですか」と声をかける職員もいる。つられてこちらも同行する。タバコとは縁が切れないものである。努力すべきだろうが。

  その努力で思い出した。人によっては手あかにまみれた言葉かもしれないが「雲外蒼天」だ。暗い雲の外に出れば必ず蒼穹(そうきゅう)、つまり蒼い空に出会う。努力さえすれば困難は克服される。そう励ました言葉だ。我が人生。余り努力したとは思えないが、ケンニチだけはこつこつと努力を重ねたつもりだ。努力を積んだからこそ多くの読者とのつながりが生まれた。信頼も得た。最近、市役所内を歩くとそのケンニチの記事のコピーが以前に比べてとても多く目につく。中には記事に目を通したかの確認を得るため職員に押印させている課まである。ケンニチは着々と市役所内でも存在感を高めている。

  継続は力となり継続は信頼を高める。雲外蒼天。希望が高まってきた。今度はタバコも頑張ろうか。そう思うのだが意志薄弱。弱いのだ。それこそ「桐壺源氏」である。いやこの言葉は適当でない。桐壺源氏は飽きやすく、勉強が長続きしないという意味だ。知っている方も多いかと思うが、「源氏物語」は54帖から物語が構成されており、その第1帖が「桐壺」。源氏物語を読破しようと一大決心したものの、「桐壺の巻」で止めてしまうことから生まれた言葉だ。記者も若いころは「チボー家の人々」を読もうとしたが、とうとう最後まで読み続けることが出来なかった。今は振り向きもしない。

  ああ。それにしても蒼い空は今日も見られない。わずか2日、好天が続きサクラを咲かせたが再び寒さが逆戻りしうっとうしい雨空が広がったままである。今日28日夕方からは仲間たちと市役所前で「花見」が予定されている。寒さにふるえ、冷たい雨を眺めながら飲む酒となるか。ああ。青空がほしい。春の爽快な青空が・・・。