岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(86)ベトナム戦争終結25年」(5月6日)

 ゴールデンウイークに縁の無い私です。昨日まで東部のボストンの町へ出張で滞在していました。アメリカの歴史そのものの町ですから、みどころも多く連休利用の日本人観光客と思われる方も、見かけましたが、ニューイングランドと云う風土の影響なのか?何故か私を含めた日本人には似合わない町の一つと云う感じがします。

 4月30日はベトナム戦争が終結して満25年になる日と云うことを先日のニュースで知りました。ニュースによると終結日の判断は南ベトナム
のサイゴンにあったアメリカの象徴である「アメリカ大使館」にベトナム共産軍の戦車が突入し、そこを占拠された日だそうです。最大50万人ものアメリカ兵が一時南ベトナムに駐留し、泥沼の戦争を続けた訳ですが、最後の終結があまりにもあっ気なかったことが当時の自分には随分印象的でした。

 国としての宣戦布告も無く、降伏も無かった戦争でしたが、結局はアメリカが敗北し、南ベトナムの土地から追い出された訳ですから敗戦に違いないのですが、やはりこちらでは敗戦記念日と云わず終結記念日と表現しています。その後、アメリカはこの戦争の重荷を背負い、帰還兵、難民問題、国際的な指導力の低下や経済の不振、製造業の衰退や失業問題等など、あらゆる分野でアメリカの相対的な地位も後退し、代わりに日本等が経済大国として大きくのし上ってきた時代となった訳です。当時、アメリカは建国以来、世代が交代する度に生活が豊かに
なってきたと言うのが、アメリカの歴史であったのですが、この時代になって初めて先の世代よりも劣る生活を次世代に強いる結果となってしまったと騒がれたものです。

 ちょうどアメリカの経済が大きく落ち込んだ時期にアメリカで生活を始めた私などにとっては、色々考えせられる時代でした。また現在のアメリカの回復もそれだけに正直に驚かされているわけです。

 アメリカ政府としてのベトナム戦争終結25周年に関わる公式行事があったかどうか?は知りませんが、私の暮らすサンノゼ市では大きなイベントがありました。戦後、ボートピープルと呼ばれ、南ベトナムを脱出して難民としてアメリカに移住したベトナムの人たちは、今は完全にアメリカに根付き、その後、呼び寄せた家族やアメリカで生まれた2世や3世を加えると、アメリカ在住のベトナム系の人口は130万人を超えるそうです。またサンノゼ市はアメリカ都市の中で最大人口のベトナム系の人たちが暮らす町であり、今まで、マイノリテイーと呼ばれる白人系以外の人種比率ではメキシコ人を中心としたラテン系の人たちであったものが、最近はベトナム系の人たちがほぼ同率の人種比率まで達してしまいました。平均的に勤勉な彼らは子弟の教育にも非常に熱心であることから、いずれ米国の社会の中で比較的高い地位にも就くようになり、アメリカ社会への影響力をより発揮するような感じがします。

 さて4月30日ですがサンノゼ市内の公園は既に姿を消した黄色地に赤い横線の入った南ベトナムの国旗と、同じ小旗を持った人たちで埋り、終結25周年の記念行事を行っていました。アオザイと呼ばれる民族服を着た女性の参加者も多かったのですが、当時の南べトナム軍の軍服姿で参加した人達も見かけました。南ベトナムは無くなったのですが、彼らの気持ちの中では今も生きつづけているわけです。

 自分の国である日本をほとんど意識することの無い私のような日本人にはなかなか分からない思いを彼らが無くなった母国に持っていて、同じ移民者の立場でも私が持つ母国に対する思いと大きな違いがあることを感じます。現在、アメリカで暮らすベトナム系住民は比較的簡単にベトナムを訪問したり、旅行することが出来ます。私の知り合いでも休暇をとって、ベトナムに残っている家族や親戚縁者を訪ねたり、アメリカで生まれた子供達に一度自分の国だった土地を見せたいと云うことで、子供達と一緒に旅行する親もいます。また社会体制は違っていてもアメリカで暮らすベトナム系の人たちがベトナムに送金する資金がベトナム経済にとって非常に大切であることも事実だそうです。

 とは云っても平均的なアメリカ人はアメリカが負けたことは事実として認めながらも、先日、共和党の大統領予備選に出馬したマケイン上院議員(彼は戦闘機の搭乗員としてベトナム戦に従軍、撃墜されて長く北ベトナムで捕虜として生活した経験を持つ人です)が、先のベトナム訪問中に発言したようにベトナム戦争は勝ってはいけない側が勝ってしまったと云う言葉のとうり、アメリカは正義の側にあったと云うような考え方が支配的です。

 そんな背景からか?ベトナムに関わるテレビや映画のドラマでは内容に多少の違いはあっても、共産ベトナムで迫害されている朋友を勇気のあるアメリカ人が救出するような番組が目立ち、迫害した側の共産ベトナム(無論、はっきりと北ベトナムとは言わないが)の兵士がバタバタと撃たれると云うようなアクションものが目立ちます。まあ、戦争映画と云うのは製作者側の国が強い方の側に立つと云うことが自然かもし
れませんが。

 ただ、アメリカでもワシントン郊外にあるベトナム戦争の戦死者の名前を刻んだベトナム戦争記念碑の前で、長くうづくまっているアメリカ人の人たちを見ると、政治に関わり無く、この戦争がその時を過ごした人たちの心の中で生き続けていることを強く感じます。

 まとまりの無い話でしたが、ベトナム戦争終結25周年を迎えたと云うことで、ちょっとお話したくなりました。

では  岩間@サンノゼ