モナミさんの「短歌とエッセー集(6)」(00・5・10)

闘病記から     第5章    死生観などということ
 
 

ユトリロの     白さにも負けぬ     病室の
            壁と天井と      白衣の神々
                    

母の日の     カーネーションの     その脇に
            添えられしカード     ママの宝物
 

心配は       いらぬと手紙      書いたのに
            突然の顔        母は驚き
 

休日を     作って母を      見舞い来る
          息子の笑顔     何よりの良薬(クスリ)
 

明るさと    優しさと素直      合わせ持つ
         この息子(こ)の良さを    母は誇れり
 

老いるとは    こういう事かと     目のあたり
            長寿社会に       病よ無くなれ
 

生き物は    自然淘汰で      生存した(いきのびた)
         人間(ひと)はどうなる    科学と医学
 
 

 ゴールデンウィークも過ぎ、病室にはいつもの静けさが帰っていました。この頃の私は、ユックリ、ユックリではあるが肝数値、ビリルビンの数値が下降し始め、病院の日常というものにも少しづつ慣れつつありました。相変わらず血液検査は続いていましたが、いくら検査をしても肝炎A型、B型、C型、D型、E型、全部マイナスの結果が出て、病名はわからず、もっと他の検査(肝生検)も・・・と言われ、「お腹に針を刺すのは絶対イヤだ・・」と、M主治医を始め医師達を悩ませていた時期でした。

 検査のための採血は、早朝5時半に行われ、睡眠導入剤を飲んでいた私は、美しい白衣の吸血鬼が来て声をかけてくれるのですが、いつもうつろで、気がついた時は、もう採血は終わっているという状態でした。朝、目が覚めて腕の絆創膏を見つけ「血は抜かれたのだ・・・」と、美し
い白衣の吸血鬼の笑顔が浮かんだものです。

 5B病棟15号室、6人部屋のこの病室には、私を除いては全部高齢者の方達でした。「これぐらいの年令になれば人間は病気をするものなのだ」と、納得するような年令・・・。いつか年をとる、いつか老人になる・・・そうなると解っていても、私にはまだまだ先のことで、「いつか・・・」
でしかありませんでした。同室の先輩達の病気、生活を目の当たりにした私は、老いる、年をとるとはこういうことなのかと、一気に20年も30年も未来の自分を見ているような気がしました。

 私は個室から大部屋に生還しました。でも、この逆もあって大部屋から個室に移る人も・・・そしてそれは、そのまま死につながる例を沢山見てしまいました。病気が良くなるためには、多くの時間がかかっても、悪くなるのに時間は必要有りませんでした。たった10分で隣のベッドの人が、居なくなるのです。「いつか・・・」と思っていた死さえも、実は自分のすぐ目の前にあるということを強く感ぜずにはいられませんでした。

 人間(ひと)は、生まれたら必ず死ぬ・・・・・それは突然ということも有りうると、私は10代の頃から父の死で知っていました。あまりに突然だったので、死というものが怖くて怖くてどぅしよぅも無い時期が有り、聖書を読みました。教会にも足を運び、多くの哲学書も読みました。とにかく読む、夢中になって読まなければいけない本が有る事で、どうにか精神のバランスを保っていたように思います。フロイトや、ユングや、ピァジェを知ったのもこの頃です。

 ユングは、ギリシャ神話を読みなさいと薦めてくれましたので、ギリシャ神話を読み、星に興味を持った時、少しばかり星の勉強もしました。

 結果、私が学んだ事は、星の一生が、人間の一生や、動物の一生にとても似ていると言う事でした。星の一生が終わっても、必ずそこからまた新しく始まるように、人間も動物もまたそこで終わるのでは無いという・・・。

 何万光年、何億光年という壮大な星の一生に比べたら、人間の一生は、ほんの瞬間でしか無いと・・・自分が存在しなくなると言う事は、広い
宇宙の、地球と言う星の、小さな一個の生物が消えていくだけのこと・・・今まで自分が考えていた生や死と言うものは、そんなに大変なもの
では無いのではないかと・・・人間の一生(長く生きて100年)は一瞬の出来事で、そんなに迷う事も、悩む事も、怖がる事でも無いのだ
と・・・。

 それは宇宙の心理に従って動くメカニズムであると・・・・・・・・人間(ひと)には人間(ひと)それぞれの宇宙があり・・・・・・・・それぞれの存在の重力を大切にして生きるべきではないかと・・・・・引き合う重力との間には必ず出会いが有るのだと思っていますから・・

 そんなふうに考えたら、今こうして私の「闘病記」を読んで下さっている方達とも、ある意味では一種の出会いではないかと・・・・・・・今、このページを開いて読んで下さっている貴方に、「素敵な未来との出会いが有りますように・・・」。ささやかながら祈らせていただきます。

 では、また、第6章で。
 
 

我々の    寿命(いのち)は生まれし   その日より
        DNA(きざまれし)なり   創造(おもいし)なりと  
 

臨界値      超えた猿達      使えると
   人間(ひと)は忘れし   TELEPATHYという超能力(ちから)
 
 

人間は      全ての病      癒す力
           自身に持てり    忘却(わすれ)てるだけ
 

順番に      月日を重ね      生きてゆく
          老いとは人間(ひと)の   エントロピーか
 

想像(おもう)ことが   現実となる  人間(ひと)は全て(みな)
   無限の知性    顕在意識(いしき)と潜在意識(むいしき)
 

健康と      五体満足       そこからが
          原点(はじまり)なりし    西洋医学
 

あのことが  理解(わかり)し諸氏(ひと)の  書物(ほん)読みて
         語るヘッセの       ディヴェルティメント
 

生存(いき)ている   人間(ひと)の病は   原因(わけ)ありと
  仲良く進歩(すすめ)  東洋医学(いがく)と西洋医学(いがく)
 

何十年      私は生きて     来たわりに
       自分の病気(からだ)    何1つ無理解(わからず)
 
 
 
 

       2000   5   10    モナミ