カラッとした青空の下、暑くも寒くも無く汗をかくことがない。ポロシャツかTシャツ姿でちょうど良いと云う季節です。この気候を一度体験してしまうと日本の夏は大変です。
こちらのニュースはアメリカの景気は減速傾向にあり、失業率が多少上昇している。その結果からアメリカの投資家筋のインフレ懸念が薄らいで株価が急上昇したと云う話が取り上げられていました。好景気による労働力の不足が急激な賃金上昇を招き、それが原因となって物価を上昇させてインフレを起こすと云う理屈は分からなくもないのですが、失業率が下がり続けることも経済の問題になるらしく、ある程度の高さの失業率は維持されたほうが良いと云うことになり経済はなかなか難しいものですね。
先週末にメモリアルデーの3連休がありました。アメリカ軍の兵士の戦没者を偲ぶと云う祝日のせいか?派手な行事も無く地味な祝日でした。この3連休のテレビ映画はどうしても戦争ものが多く、敵は日本、ドイツ、北朝鮮に北ベトナムがお決まりで、気分は良くありません。
そんな中で関心させられた一つのテレビ番組をちょうど見ましたので、今日はその話をさせてください。我々の地元に企業広告のスポンサーを持たず、企業や一般の寄付だけで教育番組だけを放送しているテレビ放送があります。このテレビ放送局が祝日の放送時間を使って、第2次大戦中にアメリカ本土に移民していた日系人約12万人を敵性外国人(アメリカで生まれたアメリカ国籍を持つ日系人を含め)として、アメリカ10箇所の僻地に設置した収容所に強制移住させた問題を当時の収容経験者のインタビューを中心に、アメリカ政府の決定の背景、収容所生活、戦後の生活の立て直しをドキュメンタリーに仕上げた一時間番組でした。
戦時中の日系人強制収容の事件はレーガン大統領の時代にアメリカ政府の犯した過ちとして連邦議会が正式に謝罪して、当時の収容経験者の生存者に保証金を支払うことで決着しています。ただ、この番組そのものが随分、事実の掘り起こしに力を入れた力作と感じました。
第2次大戦の勃発がアメリカ政府として、この間違いを合法化してしまったのですが、実際には戦争がきっかけになったと云うより、黄渦論の言葉に代表されるアジア人に対する偏見の象徴的な出来事であったことです。日本人より先に移民が始まった中国人がまずこの偏見の対象になり、その移民が非合法化され、次に日本人の移民が見とめられた1885年の1−2年後には既に日本人排斥の運動が芽生え始めていたようです。移民者として入植した当時は農奴同然の低賃金重労働の条件下で働く便利な人間として扱われた訳ですが、その労働努力の結果として、次第の自分の土地を持ってそこを開墾して自立農業者になってくるに従い、その生活は向上して、中小のアメリカ人農業者と肩を並べるようになると、脅威を感じ始め、それが人種的な偏見に繋がって排斥と云う動きになりました。
結果として1921年にカリフォルニア州で排日土地法案が住民投票で可決され、更に1923年カリフォルニア州で日系人を対象にした外国人への借地禁止法が認めれるなどの論外の法律がまかりとおった訳で、今は日本人に非常に馴染みの深いカリフォルニア州は日系移民者が多かったことから、排日運動の急先鋒の州として連邦議会を揺さぶってきたし、サンフランシスコ市などは市長自らがその音頭取りをしていたのですから歴史は複雑です。
そして1941年12月7日の日本軍による真珠湾攻撃が起き、翌年3月に日系人の第1団をカリフォルニア州マンザーナの収容施設に移送。その年の10月半ばまでに西部4州で生活していた日系人11万2千人の全てを強制収容してしまいました。結局、この強制収容は日本の無条件降伏を待たず、1944年12月の大統領令で全面撤回が下され、解除となったのですが、日本との戦争が終結していない時期にその決定を覆さざるを得なくなった背景に日系2世兵士で構成された442部隊のヨーロッパ戦線での捨て身の奮戦(アメリカ陸軍における記録的な死傷者を出した)やフランス戦線でドイツ軍に包囲されて孤立してしまったテキサス大隊を人的に大きな損害を出しながら救出した出来事など、その活躍による世論の影響や戦時における西部農業地帯での極端な労働人口の不足問題等の背景があったと説明していました。ただ、この収容所から開放されて帰郷しても、この強制収容によって無くした財産を取り戻す見当も無く、土地によっては依然として排日感情が残る中で生活の再スタートは容易でなかったようです。
戦後、これだけの時間を経ても完全に人種に対する偏見が消えていないのも事実です。しかし、こう云う番組が祝日のゴールデンタイムに堂々と放送されることはこのアメリカの良いところでもあるように思います。
さてその翌朝の地元新聞の朝刊一面には戦争中に捕虜となったアメリカ軍兵士が当時の日系企業で過酷な条件で強制労働させられたとして、その損害賠償請求を求め裁判を起こすと云う記事が載っていました。そんな訳で、日本人には忘れてしまった戦争ですが、この国ではまだまだ戦後は終わっていないようです。
岩間@サンノゼ