こちら編集室「アキとパピー」(6月9日)

  小犬のパピヨンが我が家に来てこの6月で1年になる。年齢もちょうど1歳になった。柴犬のアキとの生活は別々だが、この1年間、パピヨンこと陽気でおしゃまな「パピー」は随分、私たちの生活を楽しませてくれた。朝の目覚めと同時にパピーはケージから飛び出し、私たちに絡みつき家中を駆けずり回って、一晩の眠りで硬くなった体をほぐす。「パピー。パピー」。妻も自分もそうしたパピーを追い、パピーを抱いて朝の喜びにひたっている。家の中のそうした物音と私たちの声を耳にすると車庫で眠っているアキも目覚め、「ワンワン」と朝食のおねだりを始める。パピーは「ワンワン」ではなく少し甲高い、コップが割れるような鳴き声で「アッアッアッ」と騒ぎ、アキは「ワンワン」の合唱だ。

アキとパピー。初めてパピーが我が家に来た昨年6月はアキとの出会いをどうするかとかなり悩んだ。いずれ隠し通すわけにはいかないと、とにかくアキにはパピーを抱きながら紹介した。アキは新入りの小犬を玄関で食事しながらジーッとにらみ、「なんだこいつ」とばかりに威嚇し、「ウーッ」とキバを見せた。パピーは「恐いお姉さん」とでも思ったのか、体を小さく震わせた。「これではまずいな。アキと一緒に部屋には置けないよ。噛まれてしまう」。結局はアキとの家の中での同居はあきらめ、家と外へと別々の生活環境にした。

  土曜日や日曜日の晴れた日はアキは濡れ縁で日向ぼっこをさせ、パピーは窓から外へ出られないようケージのおりで仕切った。何事にも好奇心旺盛なパピーは濡れ縁で日向ぼっこをするアキを見つけてはその側に寄って盛んに「アッアッアッ」と騒ぐ。それでもやはりアキは大人だけにしばらくは無視するが、あまりうるさいと「ウーッ。ワン!」とキバをむいて威嚇する。パピーが来てからは外で生活するようになったアキを叱ってはかわいそうなので叱るのはもっぱらパピーにしている。「パピー。いけません。アキは休んでいるから」と言い聞かせるのだが、本人は分かっているのかどうかは判断できないが、とにかく叱ると窓の側に近づくのはあきらめる。そして妻や自分の足を追ってあっちへ、こっちへと小さな足をちょこちょこと運んでチョウのように家の中を飛んで歩く。

  朝はアキを散歩に連れ出し、パピーは天気の良い晴れた日だけアキの散歩の後で外へ連れ出す。目覚めてから出勤までの2時間はあっと言う間に過ぎてしまう。昨年の今ごろは毎日、パピーだけを持ち運び用のケージに入れて市役所記者室に運んでドアを締め切り、その部屋で2カ月ほど共に過ごした。小さな本当に小さな小犬だったが、今は体重も3キロほどになった。それがまた縫いぐるみのようで可愛い。親馬鹿のようだがとにかく顔がいい。白い鼻筋の両側に歌舞伎役者のような茶黒い隈(くま)が左右に描かれ、つぶらでまんまるい目を見ていると悩みも吹っ飛んでしまいそうになる。

  先日、所要があって秋田市に出かけた。そのついでにパピーの実家である渡邉さん宅に寄った。渡邉さんのお母さんはパピーを見て「アッ。毛が長い。とてもきれい。ワー。パピー。大事にされているみたいね」とパピーを抱いて「アリガトウ」ととても嬉しそうにお礼を言ってくれた。中学生か高校生ぐらいの娘さんと高校生の息子さんもパピーを覚えていて「ワー。パピーだ」と懐かしがった。

  パピーとアキ。一緒に歩くことはできないかと先日の日曜日、アキのひもはこちらが引き、パピーのひもは妻が持つことで一緒に近くの公園まで歩いた。アキは知らんぷりで歩き出したが、元気があふれるパピーは妻のひもをグイグイと引っ張って先に走り出した。そうなると先輩であるアキは不満らしく、アキもこちらをグイグイと引っ張って走り出した。そしてパピーの先頭に立つとやっと自分の顔が立ったとばかりに歩調を落とし、いつものようにユックリとしたスピードで歩きはじめた。ところが先頭になると今度は後輩であるパピーのことが気になるらしく、何度も何度も後ろを振り返り、パピーが着いてくる様子を見ては満足そうに歩き出す。アキもやっと小犬のパピーを家族の一員として認めてくれたようだ。歩きながら「アキ。アリガトウ」と褒めた。

  こうしてパピーとの生活が始まってから家に帰るのがとても楽しみになった。とにかく「パピーとアキが待っているから」と妻の職場へ迎えに行くと後は真っ直ぐ家を目指す。以前だったら「今夜あたりどうです。いっぱい」と自ら飲み相手を探し、飲みに歩いたものだが今はほとんど出歩くこともない。アキが我が家の一員になってからも夜の酒の機会は減り、パピーとの出会いでそれがさらに減った。おかげで夜の町の女性とのアバンチュールを求めての彷徨もさっぱりと数が減り、口説き落とす腕もお喋りの訓練もこのごろはなされてない。口説き落とすなんて大きく出たが、落とされたのはいつもこちらの財布の中身だけである。

  さて。パピーだがやはり訓練のたまものかこちらの努力のたまものか、随分、悩まされたトイレもやっと解決した。パピー専用の紙おむつを部屋の薄暗い所に置いてそこをパピーのトイレと決めたのだが、来たころはあちこちにウンチを落とし、おしっこをして汚した。妻もこれには参ったようで「神経衰弱になりそう」と音をあげた。そのたびにぞうきんを濡らし、洗剤でじゅうたんを洗ってはパピーを叱った。それでもパピーは覚えてくれなかった。「困った。いつになったらパピーはトイレを覚えてくれるか」。これだけは二人の共通の悩みだった。そしてもう一つは素直に自分の寝床に入ってもらう事だった。

  それがこのごろは「パピー。ハウスだよ」と言うと自ら自分の眠るケージの中のお家に入るようになった。トイレの位置もやっと覚えてくれ、おむつを置いた場所でしかおしっこをしなくなった。パピーはやっと家の中での生活犬となってくれた。来たころは大変だった。朝の忙しい時間に家の中を逃げ回るパピーを妻と共に追って、追い詰めてやっと抱き上げてはハウスに閉じ込め「アッアッアッ」と泣き叫ぶ声に後ろ髪を引かれる思いで職場に向かったものだった。それが今では月曜日から金曜日までは二人とも留守になるんだということをこれまでの生活サイクルで悟り、出かける時間になると自らハウスに入って見送ろうとする。

  その意地らしい姿を見ていると「パピー。本当にゴメンネ」と心苦しくさえなる。身勝手な自分たちの欲求を満たしたくて飼った小犬。なのに日中はだれもいない家で一人で過ごさなければならない。その寂しさ、辛さはどんなんだろうと思う。妻もその点では心苦しく思っているようだ。だから秋田市などに出張があると良くペット店に顔を出してはパピーのオモチャを買ってきては「パピー。おみやげだよ」と手渡している。家の中はそのパピーのオモチャであるカバやトトロの人形でいっぱいだ。パピーは妻が台所に立ち、こちらが新聞を読んでいて遊び相手がいないとなるとそうした人形と相撲を取って遊んでいる。その仕草の可愛さも楽しい。とにかく土曜日や日曜日は出来るだけパピーとアキの側で過ごしてやりたいと努力している。まあ、こちらは土日も仕事でつぶれる日が多いが、妻が自分に代わっていてくれる。

  それにしても昨年暮れにもうだめかと思ったアキもこのごろは元気を取り戻し、心配のタネだった便通も良くなった。それにムクムクと太っても来た。これも妻の食事療法の成功だった。ドッグフードだけでなく、ご飯と煮干し、それに野菜を混ぜた食事に切り換え、量も増やした。元々、食欲のあるアキだっただけにご飯と煮干し、それに野菜がアキの栄養を高めたのだろう。段々、腸の蠕動(ぜんどう)運動も活発になり便の出も良くなったようだ。今は安心してアキと歩けるまでになった。アキはもう12歳。まだまだ元気で長生きしそうだ。アキとパピー。犬と共に生活するのもいいものだ。