こちら編集室「kennichi.com」(6月30日)

  http://www.hana.or.jp/hana/nitiniti/。「秋田県南日々新聞」の以前のアドレスだった。さらに「index.html」のファイル名を打ち込んで初めてケンニチへの接続となっていた。それが22日から「http://www.kennichi.com」となった。

  「伊藤さん、ケンニチのドメインを取りませんか」。横手市で「横手ネットワーク研究所」を運営している阿部拓也さんから5月下旬に「きたうら花ねっと」でお会いし、そう言われた時はただ「???」だった。この新聞を立ち上げた時以来、技術的な面で全面的に支援してくれている「花ねっと」の海賀孝明さんも「伊藤さん。僕もそう思うんだ。そろそろ伊藤さん独自のドメインを取得すべきではないか」と勧めた。

  「ドメインって何?」。インターネットの知識のないこちらは相手を手こずらせた。「ようするにアドレスということです」と阿部さんは言い、「例えば『kennichi.com』と言うアドレスになったら覚えやすいでしょう」と説明した。「いわば商標登録みたいなもんですか」とこちらは自分なりにかみ砕いた言葉を探して阿部さんに言うと「そうそう。ケンニチ・コムというインターネット界の商標登録だと思って下さい」と答えた。なるほどと思い、阿部さんにドメイン代行取得をお願いした。

  以前のケンニチのアドレスに付いては実は少々、困っていた。と言うのも確かに文字数も多く、自分でさえ頭に入っていなかった。衆院選の取材中にも元社会党の代議士から携帯に電話があり、「伊藤さん。あんたの新聞のアドレスを教えてくれ」と言われた。こちらはケンニチの名刺を取り出し、それを読み上げたがちょっとした発音の聞き違いがあると中々、相手に通じなかった。「先生。ハナ(hana)オーアール.ジェピーの後はエヌ・アイ・テー・アイ・エヌ・アイ・テー・アイです」。何度も同じことを口にしたがとうとう通じず「一番、簡単なのはヤフーのページを出して、新聞を開いて下さい。そこに地域別がありますから、秋田県を押すとケンニチが登録されてますから」と言ってやっと納得してもらった。

  そんなこともあってアドレスが簡単なものになるとすれば変えたかった。その翌日、早速、阿部さんから「ケンニチドメイン取得!」とやや興奮気味と言うか成功の喜びにあふれた題名でのメールが来た。料金は通常なら消費税を込めて約2万6000円なのだが、阿部さんは「初期登録料はサービスします」とご好意を見せ、約1万5000円で済んだ。さてインターネット音痴のこちらはもうそれだけで「kennichi.com」のドメインに簡単に切り替わって直ぐにでもその新しいアドレスで接続されるものだろうと思った。そこが無知の悲しさである。ケンニチは「花ねっと」のサーバーに登録された新聞だ。つまり海賀さんの手を再びわずらわせないとドメインは取得しても接続できないのだった。

  そのころの海賀さんはまた別な仕事を抱え、忙しそうで直ぐにはサーバーの調整を依頼できそうになかった。そして1週間が過ぎ、海賀さんから「来週なら手が空いてますので伊藤さんのパソコンを持ってきて下さい」との連絡があった。しかし、その来週というのはこちらでは衆院選が始まり、とても入手したドメインへの切り替えどころではなかった。結局、その取材に一応の目安が付いた22日にパソコンを海賀さんの所に運んでドメイン切り替えの作業となった。

  海賀さんにとっても初めての作業とかで見ているこちらはただパソコンに登場する数字とアルファベットと言うか、ともかく何やら分からない記号だけが羅列した画面を操作する海賀さんの横に座ってただオロオロするしかなかった。「2時間か3時間ぐらいはかかるかな」と海賀さんはその何やら分からない記号の世界に飛び込んで黙々と作業を続けた。

  そしてケンニチのアドレスが「kennichi.com」に切り替わって、その接続に成功すると海賀さんも「やったー。ケンニチの過去の記事もきちんと見られる。これはすごいことだ」と言い出した。海賀さんによると「http://www.hana.or.jp/hana/nitiniti/」から「kennichi.com」にアドレスが変わることによってケンニチにこれまでに蓄積された膨大な量の過去の記事が見られなくなる可能性もあり、それをどう解決するかで随分、悩んでいたと言う。ともかく海賀さんは持ち前のハイテクを使いこなしてケンニチを新しい世界へと送り出してくれた。

  作業を終えた海賀さんは「伊藤さん。ケンニチはこれから朝日新聞のアサヒ・コムと同格のアドレスになったんだよ」と祝福してくれた。こちらは日本を代表する大新聞のホームページと同格のドメインを得たと言う海賀さんの話しにキョトンとするしかなかったが、何か大変なことを海賀さんはやってくれたようでジワリと喜びが胸にあふれてきた。海賀さんは「ケンニチはこれからケンニチ・ドット・コムだから、朝日のasahi.comと同格のドメインになったんだ。この小さな点(.)をドットと読み、だからアサヒ・ドット・コムと呼ばれているのだし、伊藤さんのケンニチもこれからはケンニチ・ドット・コムと呼ばれることになるんだ。これってすごいことなんだよ」。海賀さんはまるで自分のことのように喜び、その好意がとても嬉しかった。

  そうした切り替え作業も終え、メールアドレスも「ito@kennichi.com」とし、新しいメールの受信テストをしたらアメリカの岩間さんから「伊藤さん。kennichi.comの取得おめでとう。これでケンニチの貫祿はますます上がりますね」とお祝いのメールだった。再び喜びがジワリとわいて、何かケンニチは新しい洋服を着せてもらったような興奮で胸がいっぱいになった。
  ともかく阿部さん、海賀さんはケンニチのためにまた大きな仕事をして下さった。阿部さんに喜びの電話をした。阿部さんは「ドット・コムの取得はインターネット界では一種のステータスなんです。ホームページのアドレスのシンボルとしても価値あるもので、世界中の人たちがその『.com』を取得したいと激しい競争をやってるんです。ありがちな名前ではもう取れなかったのですが、たまたま『ケンニチ』と言う名での登録はまだ無かったので今回、運良く取得できました」とのことだった。

  「com」。パソコン用語事典を調べた。そこには「インターネットはアメリカで構築され、アメリカ以外に接続していなかった歴史的背景から、アメリカでは国の識別名称(日本ならjp)を付けずcomerce(大規模な商業)とし、そこからcomとした」と解説してあった。つまりインターネットはアメリカで生まれたものであり、国の識別名称を付ける必要がないという自負が込められているようだ。「伊藤さん。アサヒが最初からcomとしたのはアメリカを強く意識したもので、伊藤さんの新聞もだからアサヒ・コムと同格のドメインになったのですよ」。海賀さんは言った。

  その翌日の夕、大曲市役所の電算室職員が「伊藤さん。ケンニチが『.com』になってましたね。いやー。すごい。良く取得されました」と祝ってくれた。この世界を知っている人にとってはやはり大変なことのようだ。何やら江戸時代の足軽が将軍と同じ家紋、衣冠を身につけたような気分でもないが、とにかくケンニチは阿部さん、海賀さんの協力で「kennichi.com」というとてもステキなドメインを取得した。その名に恥じないような仕事をしなければと新たな決意が沸いた。「.com」に関してご興味のある読者は阿部さんのホームページへどうぞ。

  http://www.yokote.net/