こちら編集室「不幸な家庭はみなそれぞれに不幸」(7月14日)

  幸福な家庭はすべて似よったものであるが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である−。トルストイ「アンナ・カレーニナ」。

  日本はどうしてこうもキレた17歳の暴走によって「みなそれぞれに不幸な家庭」がつくられるのだろうか。岡山県での後輩野球部員の殴打事件でもそうだし、17歳の少年によるバスジャック事件もそうだ。そして人を殺してみたかったという愛知県の高校生の事件だってそうだ。大切に育てた自分の息子によって「殺人犯の親」という余りに不幸なレッテルを張られ「みなそれぞれに不幸」な家庭がつくり出されている。岡山県の高校生は後輩をバットで殴って重軽傷を負わせただけでなく、その母親をも殺害してしまった。亡くなった高校生の母を思うと哀れ過ぎる。神さま。肉体を失った魂にもう一度、肉と体を与えて下さるなら、この高校生の息子によって惨殺された母に健康な肉と体と幸福をどうぞもう一度、与えてやって下さい。お願いします。そうでなければ余りにも不幸です。救われないのです。悲しいのです。

  酒乱の息子を殺そうとけがを負わせ、父親が自殺を図った事件を取材したことがある。逆に父親が酒を飲んでは暴れ、妻に乱暴を働くのを見兼ね、息子が父親を殺してしまった事件を取材したことがある。どちらも嫌な取材だった。息子を殺さなければいけなかった父親の心境を考えるとやるせなかった。酒を飲んでは暴れ、妻に暴力を働く父親を殺した息子の気持ちを思うとこれもまたいたたまれなかった。なぜこうした「それぞれに違う不幸」があるのかとその時も思った。幸せとは貧しくてもいい、平凡で笑い声が絶えない、温かい家庭。それだけでいいのだ。親と子が、同級生同士がいがみ合い、からかい、ののしり合うようではいけない。もっともっと相手の心の傷みを知るべきだ。もっともっと労り合う社会を築くべきだ。

  人間の心は弱い。傷つきやすい。そんな思いで岡山県の高校生の犯した悲劇の記事を読んだ。こうして毎週、毎週があっと言う間に過ぎ去っていく。インターネットで新聞を始めてもう4年目に入った。まだまだ伝統と言う言葉にははるかに及ばないが、とにかく続けられた。URLも「knnichi.com」となった。昨年の今ごろのアクセス数をノートの記録からめくってみたら19万3000台だった。あれから1年−。ヒット数は34万を超えた。そしてアメリカの新しい読者からのお便りもあった。欲張らず、意地を張らず、なるべくなら腹を立てず、そしてなるべくなら批判や悪口を書かずに済む。そういう新聞でありたいと話題を追ってきた。

  そうしてケンニチは次第に多くの方に支持され、信頼され、励まされ、助けられ、今日まで歩み続けて来た。最近では市内の読者の方からさえもメールで記事掲載の依頼が来るようになった。携帯電話での取材依頼もある。ケンニチに記事掲載されるのを喜びとして下さっている。そうした読者の支持に可能な限り応えたい。県外からもケンニチへの記事掲載依頼のメールが来る。

  だが、困ったのは結婚を斡旋する業者のホームページだ。農村や都会の独身男性の不幸を救いたいと言う気持ちは分からないではないが、会費制と言う有料でお見合いを仲介する。インターネット時代ならではの商法だろうが、このような結婚斡旋はどちらかと言うと好きになれない。それに営利を目的に運営しているサイトなのになぜ、こちらが無償でそのような企業のPRを買って出なければならないのか。仮に無償で紹介してもいいが、やはりそのサイトの運営者一人ひとりの顔を見て、信頼を得ない限りケンニチは責任を持って掲載はできない。そこを分かって欲しいのだが、無視しても無視してもメールは一方通行のままケンニチに飛び込んでくる。こちらが黙っている意味が通じないのだろうか。紹介できない理由を書いて出すしかないのだろうか。

  ケンニチの大切な編集室となっているパソコンは時々、画面を真っ青にしてひんぱんにストライキを起しながらも酷使に堪えてきたが、おかげでこの秋ごろには買い換えられそうな見通しも付いた。新しい機械になったらどんなに助かることだろう。聞くところでは今のパソコンとは比べ物にならないほどデーターの蓄積容量が大きいという。子どもが「もういくつ寝るとお正月」と正月を楽しみにしているようにケンニチは懐具合を見ながら、買い換えられる日を待っている。
  ケンニチは原則的に土・日は休みとしているが、実際は土曜日の多くは取材に追われ、出勤日とほとんど変わりはない。ましてやケンニチのニュースの日にちが2日も3日も書き換えられてないのを見ると嫌悪感に陥る。月曜日の朝、記者室に顔を出すと朝一番に何かを書かなければ読者に申し訳ない。そんな気分で焦る。そして1本か2本の記事の更新を終えると、金曜日に向けての「こちら編集室」の草稿を練り、時間の合間を見ながら少しずつワープロを打ち出す。だが、書けそうなテーマが見つかれば10本の指も動き出すが、何もない時の辛さはこの上もない。随分前に読んだもので記憶もあいまいだが、朝日新聞の「天声人語」の担当となったコラムっ子は先輩記者たちが使って毎日、「天声人語」を書き続けた机の下の足掛けを見て鳥肌が立ったという。

  足掛けが先輩たちの足によってこすられ、ボロボロにすり減っていたのである。原稿に向かいながら書く材料を探し、資料を求め、締め切り時間を見つめながら苛立ち、苦悩し、呻吟したのをすり減った足掛けが語っているのである。それほどの責任感が一人のコラムっ子に求められる。ましてや日本を代表する新聞である。限られた文字数で政治を見つめ、世相を見つめ、自然と人間を見つめ、切り込み鋭く語らなければならない。まあ、こちらはそのような気負いはさらさら持たず、ただこのコーナーで自分自身をさらけ出してきた。それでも回を重ねただけに拙い文章ながらも読者の期待が日増しに高まってきているのを身に染みて感じるこのごろだ。

  いや「こちら編集室」ばかりでない。表紙の写真にしてもそうだ。1週間も10日も同じ写真を読者に見せ続けている時の苦悩。これもただものでない。幸い昨日11日は快晴だった。車を走らせ、六郷町から千畑町へと向かった。ハンドルを握ってぼんやりと「絵」になる風景を探していたら「どうしやうもない私が歩いている(種田山頭火)」の句が浮かんできた。そして「どうしようもない私が走っている」と自分がダブった。時々、そんな自己嫌悪や自家撞着、コンプレックスに陥る。弱いのだ。自分自身の弱さをハンドルを握りながら見つめ、「どうしようもない自分かもしれないな」とつぶやいた。

  そう言えば岡山県の高校生も弱かった。そして優しかった面もある。いじめやからかいを受けた時の辛さは自分も良く分かる。子どものころ、自分もそのからかいの対象だった。肌の色が普通の男の子よりも黒かった。だから「黒ん坊」と陰口を叩かれた。中には陰口どころか「おい。クロ」と露骨に言うものもいた。「いつかは。いつかは必ず」。そう思い詰めた。そして今で言うキレた時は相手に体ごとぶっつかり、コブシで殴った。こちらも殴られた。殴られても泣かないで相手に飛び込んだ。体育館に教頭先生が血相を変えて駆けつけ、「止めろ!。止めろ!」と制止した。小学校5年か6年のころだった。同級生たちは普段は無口でおとなしいと思っていた自分が、がき大将にケンカを挑み、闘ったことで畏怖の目を向けた。それからはからかいの声は沈んだ。

  その時の体験から思った。ケンカは勝っても負けても後味が悪い。そしてからかわれたり、いじめを受ける辛さは自分自身で何度も味わったから、相手の欠点を見つけ出してもからかうような真似だけはするまいと誓った。いさかいになりそうな空気になれば、いつも逃げるように避けて通った。生意気盛りな高校生になってもそうだった。それでも小学校時代にケンカした同級生がなぜか同じ高校に入り、再び難癖を付けてからかってきた。

  その執拗さに「なら決闘しよう」と意気込んで二人で自転車で山に向かった。相手は拳を構え、勢い良く体ごとこちらに向かってきた。柔道の経験は幼いころ雪の中で兄から教えられただけだったが、無意識にこちらは勢い良く突っ込んできた相手の学生服を両手で握りしめ、そのまま仰向けに倒れ、その瞬間、右足に相手の上半身を乗せ、遠くに飛ばしていた。巴投げである。飛ばされた相手はしばらく動かなかったが、再び立ち上がると血相を変えて「この野郎!」と向かってきた。こちらは「もう止めよう。おれが悪かった。ゴメン」と謝罪した。同級生と闘うことにとても虚しさを感じたからである。悲しくなったのである。謝罪して頭を下げて許してもらった。二人で無言で家まで帰った。
  放浪の俳人・種田山頭火はまたこうも書き残している。

  「歩かない日はさみしい。飲まない日はさみしい。作らない日はさみしい」。

  これも好きな言葉だ。そして自分と似通っている。写真を更新できない日は寂しい。飲まない日はなお寂しい。酒好きの自分は飲まない日はない。そして週1回、自分に課した「こちら編集室」をもしも書けないとしたらこれも寂しい。しかし、書くための材料を見つける辛さ、心境を語るため時にはウソに近い針小棒大な表現で読者を幻惑させる辛さ(ゴメンなさい)、読んでもらいたいがために書く言葉探しの辛さ。それでも書いて掲載しないとなお寂しいから月曜日の午後から少しずつ書きためる。

  書きながら作家とはすごいものだと思う。もちろん、取材し、ある程度の材料を集め、草稿を練りペンを取るのだろうが白紙状態からストーリーを練りだし、登場人物を描き、ありとあらゆる言葉を使いこなす。その表現力のすごさに脱帽だ。ストーリーの見事な展開に敬服する。こちらは今日もまた詰まらない文章を書いて汗をかき、頭をかき、恥をかく。支えてくれる読者の顔を思い浮かべながらパソコンに向かって。

  昨日13日はゴルフだった。「藤友会」という自分の住んでいる地域の人たちの親睦コンペである。今年初ラウンドだったせいもあってスコアは散々だったが、幼なじみと語らい、一緒にラウンドした。ゴルフは気心の知れた仲間と回るのがいい。まだ人見知りする性格の自分は見知らぬ人と回るのは苦手で自ら進んでゴルフをやりたいとは思わない。まあスコアよりもハーフを終えて飲むビールが楽しみなゴルファーだ。その休みの反動のせいか、今日14日は取材するネタ探しで困ったが、警察から「覚せい剤乱用で6人逮捕」の報告があった。午後1時の発表と聞き、駆けつけたが逮捕された男女の年齢を確認して驚いた。6人のうち4人までが50代から60代である。若い人たちが遊び心で覚せい剤を手にしたと言うなら分かるが、50代、60代の男女が覚せい剤に染まっているとは。キレる少年たち。そうした少年たちが「不幸な家庭はみなそれぞれに不幸」な家庭をつくっているのはこうした大人たちにも重大な責任があるかもしれない。そう思った。