夏の朝が好きだ。そして夏の夕暮れ時が好きだ。どんなに暑くても、どんなに汗をかいても、そして太陽がどんなにギラギラと輝いていても、青い空に浮かぶ雲の変化を眺めながら歩くのが好きだ。青い空にぽっかりと浮かぶ白い雲。真綿を千切ったような雲が流れ、仁王像のような雲が浮かび、ガリバーが仰臥(ぎょうが)したような雲が風に乗って旅する光景を眺めているのが好きだ。そして夕暮れ時。雲という雲の大軍団を茜色に染めながら、真っ赤に染まった大きな太陽が静かに静かに幕を引くように西山に沈んで行く。宇宙が織りなす夕暮れ時の壮大なドラマを眺めて歩くのが好きだ。暑い夏はいい。蜩(ひぐらし)が鳴き、ミンミン蝉が鳴きすだく夏の夕日はいい。
いつも一緒に歩く柴犬のアキは詩人である。いや犬が詩人と言うのもおかしいか。アキは終始、黙々と一心に歩くから、こちらはそれに着いて歩くだけで、いろんな構想が頭に浮かんでくる。アキは朝夕、自分を詩人にさせてくれる。その点、小犬のパピヨンはせわしない。まるでぜんまい仕掛けのオモチャのようにチョロチョロと何にでも興味を示し、右へ左へと自分を引っ張る。こちらはそのせわしない動きに振り回され、“沈思黙考”どころか油断も隙もない。アキはその点、エライ。一目散に堤防を真っ直ぐに歩き、目的を果たすと再び一目散に自宅を目指す。パピーはせわしないが、ふさふさしたしっぽを丸めながら、お尻を振り振り歩く姿はまるで映画やテレビに登場する浴衣姿の“遊女”が無防備のまま外に飛び出し、腰をくねらせて歩くのに似ている。パピヨンは華麗だ。
朝夕、毎日、自分と同じように犬を連れて散歩する人は多いのだが、閉口するのは犬のウンチをそのまま放置して行く人たちだ。なぜ汚物を片づけようとしないのか。これには困ったものだ。いつかは自分の家の玄関前に置かれたことさえある。冬の朝だった。アキを迎えに行こうと外へ出たら玄関の石畳の上にポツンと塊があった。余りの酷さに「嫌がらせだろうか」と憤慨した。どんな神経の持ち主だろう。堤防の草の上ならともかく、他人の家の玄関前にウンチをさせたまま姿を消すなんて。
余りの無神経さに憤りを通り越してあきれてしまった。自分の飼い犬のウンチならビニール袋とティッシュペーパーで何とも思わずに片づけられるが、よその犬のフンとなると恐いほど汚く見える。しかも3日、4日と乱暴狼藉が続けられたから、今度見つけたら絶対、抗議してやろうと早朝から目を光らせていたが、とうとうその飼い主の姿は見つけられなかった。まあその後、置いていくことは無くなったのだが・・。ともかく犬を飼うくらいなら、他人に迷惑をかけないと言うのが大前提である。
鹿角市までの片道138キロの旅は気負いのドライブでもあった。途中、玉川ダムで一休みし昼食を取り、そして玉川温泉をぶらついた。相変わらず多くの湯治客が宿泊したり、キャンプしながら温泉療養をしていた。活発な火山活動によって地下から水蒸気が激しい勢いで吹き出し、まるで地獄の底を歩いているような光景だった。月刊誌に送る原稿を書くため、ここを取材に訪れたのは5年前の11月だった。ケンニチ・コムの「文化欄97」にも掲載されているが、「玉川温泉の奇跡
がん患者との対談」がそれである。
今度の講演では「県南日々新聞がもたらした反響とインターネット時代における文章のあり方」をテーマに語る積もりだった。自分の講演を聞いて下さる県内各市町村の広報担当者に玉川温泉の記事の前文、いわゆる記事のリーダー部分で自分はどう「自然描写」を書いたかを参考にしてもらいたいとコピーを全員に手渡しておいた。取材という作業はただ単に人の話を聞くというだけでなく、取材相手の住んでいる所の風景や生活環境もじっくりと観察することが大切だと言いたかったからだ。その一つの手本として「玉川温泉の奇跡 がん患者との対談」のコピーや朝日新聞の記事の中から手本となりそうな前文のコピーを参考資料として受講者全員に渡るよう県の方から配ってもらっておいた。
自分が5年前に書いた記事の前文が名文だと言う積もりは毛頭ないが、小説でも新聞記事でも書き出しの冒頭、記事なら前文に最も力を入れるからである。玉川温泉の奇跡の記事でも「田沢湖町から北へ約40キロ、八幡平の山懐に囲まれた玉川温泉を訪ねたのは11月2日だった。この季節には珍しいほどの快晴に恵まれ、多くの観光バスが紅葉の最後を見送ろうと行き来していた。初冬の日差しは赤茶色に染まった山の陰影を深め、彩りをいっそう濃くしていた。山頂のブナ林は銀色の針を無数に散りばめたように輝いていた。既に雪がこの玉川に訪れていた。私はこの日、名古屋から湯治に来ている一人の婦人を訪ねようとしていた。声を失ったという婦人は玉川温泉の水を飲んで、再び元の声を取り戻すことができたという。その不思議な温泉効用を聞いてみたかった。それにしてもこの日は驚くような話の連続だった。多くのがん患者がこの温泉で救われて行ったというからである」と記事はこのような前文でまとめられている。
講演を聞いて下さる広報の方々に言いたかったのは文章のリズム感を大切にして欲しいということだった。文章はリズム感さえ良ければ読みやすく、理解しやすいものだというのが講演の要旨だった。そして相手に伝えるという優しさ、語って聞かせると言う優しさを大切にしてほしいと言う事だった。それにしても今回の講演では思案に明け暮れた日々だった。話す内容はほぼ2日かけて書いたのだが、それから毎日のように推敲を重ね、書き上げた文字数は市販の400字詰め原稿用紙で45枚分にも達した。
これでもう大丈夫だろうと練習を兼ねてユックリと朗読してみたのだが、それでも1時間足らずしか持たない。残りの30分はどう時間をこなすべきか。玉川温泉を歩きながら構想を練ったが、壁に突き当たったようでいい考えが浮かばず、こうなったら行き当たりばったりだと開き直ってハンドルを握った。山を下り、午後2時には目指す鹿角市に入った。早く着き過ぎたかと思ったが、車は走れども走れども鹿角市の中心市街地には入らない。こんなにも広い都市だったのかと多少、不安が沸いた。そして午後2時半。観光ふるさと館へ入って目指す「ホテル鹿角」への道を聞いたら「そうですね。大湯温泉ですから、ここから車で20分ほどでしょうか」と言われ、大慌てで車を走らせた。
案の定、県の方も心配となったのだろう。ホテルの駐車場に入ろうとしたら携帯電話が鳴った。「ああ。今、ホテルの駐車場です」。講演の10分前だった。休むゆとりがなかったのが幸いしたのか、意外とサバサバした気分でステージに上がれた。そして書き上げた原稿を読み、言葉だけでは理解しにくい「蟷螂(とうろう)の斧」や「苦行僧」「有蓋・無蓋」「換骨奪胎」などの漢字は事前の連絡で県の方から紙に大きな文字で書いてもらったのを示しながら話を進めた。うわずった目から60人ほどの聴衆がぼんやりと見えた。その中にはメモを録る人の姿があった。自分が「ただいま言った『蟷螂の斧』とはこのような漢字を使います」と紙を持ち上げるとその文字に興味深く視線を突き刺してくれる人の姿もあった。自信はなかったが、聞いてくれる人がいるんだと手にした原稿を読み進めた。
その結果、やはり30分の時間が余った。後は大型のスクリーンに映し出したケンニチの画面を見ながら、これまでにあった「読者のお便り」を中心にしどろもどろの筋書きなしの話となった。そして20分ほど話をして「10分ほど時間が余りましたが、この辺で打ち切らせてもらいたいと思います」と自分で講演の幕を下ろしてしまった。しばらくして拍手が聞こえてきた。話し下手の講師は最後までうわずった調子で終った。
講演は果たして成功したのか失敗したのか。しかし、考えないことにした。露天風呂、サウナもある温泉に浸かって、宴会だけを楽しみに部屋で時間を過ごした。宴会が始まった。ビール、お酒を飲み進めていたら「先生(こう言われるのは恥ずかしいが)。わが町のホームページに県南日々新聞をリンクしたいのですが、承諾して下さるでしょうか」と言ってきた広報マンがいた。文章の悩みを打ち明けに来た広報マンもいた。そうした人たちと酒を飲み交わし、話をしていると講演に対する評価はともかく、話しだけは聞いてもらえたんだと少しは気分も楽になってきた。口下手ながらも講師としての役目はどうにかこうにか努められたんだとその晩はユックリと眠れた。
あれからもう1週間。夏の暑い日々は続いている。でも青い空と白い雲。真っ赤な太陽と茜色の夕焼けはいつも美しい。夏は好きだ。ビールがうまい。夏はいい。そう思いながら夏を味わっている。