今週は読者に嬉しい報告をしたい。ケンニチ・コムの心臓部でもあるパソコンとケンニチ・コムの目であるデジタルカメラ、そして耳でもある携帯電話をそれぞれ更新することにしたからである。まさに3点セットでの更新である。パソコンは2年ほど前から具合が悪くなり、文字を打ち込んでいても画面はまるで幼児が駄々をこねるように突然と真っ青になり、しょっちゅうEnterキーを押してパソコンの反乱と戦わなければならなかった。真っ青な状態になっていることを知らないで数分間、パソコンから離れているとフリーズ状態となって機械は死んだように動かず、強制的に電源を切って入れ直さなければならなかった。
このため打ち込んだ文章は跡形もなく消失し、泣きたいほど悔しい思いを何度かしたものだった。まだケンニチ・コムに収入がなかったころにもやはりパソコンの具合が悪くなり、「これはもう買い換えないと解決しないかもしれませんね」とメーカーの方から言われた時は茫然自失となり、ケンニチの継続もこれまでかと「読者の広場」で半ば休刊の予告を出したものだった。その書き込みを見た読者からは「伊藤さんのためにパソコンを買えるよう読者みんなで募金をしませんか」との呼びかけさえあった。たった一人でやっている紙のない新聞に対する援助の声。本当に嬉しい神からの声だった。アラスカの読者からは「伊藤さん。こちらでは地域の人たちから支援を受けてやっている放送局や新聞もあるから遠慮しないで募金をお願いしたら」と言う提言さえあったものだった。
付属品も含めて60万円近い出費で買い求めたパソコンだけに壊れたからと言って再び妻に資金援助を依頼するには心苦しく、収入もなく出費ばかりかさむ当時の状態では最悪の場合、ケンニチの休刊も止むなしと考えたのも仕方なかった。
幸いパソコンはマザーボードを修理した結果、立ち直ったがその副産物なのか副作用なのか画面がひんぱんに真っ青になるようになった。それでもどうにかこうにかだまし、だまししながら、使いこなして来た。キーボードも減ってしまったのか、このごろは力のない小指だとキーの抵抗を受けてスムーズに打てない状態となっていた。もうそろそろ限界だろう。そう思って自分の預金通帳の蓄えを見た。
ケンニチ・コムには今、角館町の大沢医院さんと仙北町の秋田清酒株式会社の二つのスポンサーがあり、そしてこのケンニチがお世話になっている大曲市のプロバイダー「おばこネット」=松戸市コンピュータサービス(以下=mcs)運営=のホームページの表紙写真の更新やおばこネットの特集記事の取材と原稿料などで月々、決まった収入がある。そしてこの2月に西木村で打ち上げた「空飛ぶケンニチ」のために全国63人の方々から寄せられた寄金19万5000円の中から将来のパソコン購入費として寄贈された2万5000円の蓄えもあった。講演のおかげで入った予期せぬ収入もあった。mcsさんにパソコンの見積もりをお願いしたら、ご好意で20万円代で取り寄せて下さるとの嬉しいサービスもあり、なら思い切って前から欲しかったズームレンズ付きのカメラと携帯電話も話題のiモードに切り換えようと3点セットでの購入となった。
カメラはニコンの「クールピクス990」を購入した。334万の画素数を持つ高級機である。ストロボも併せて注文したので、15?6万は下らないだろう。パソコン、カメラ、携帯電話を合わせて40万円近い出費だが、これまでの蓄えとこれから入ってくる収入を見ればどうにかこうにか買える見通しも付いての注文だった。わずかな収入しかないケンニチにとってカメラはぜいたくだったかもしれないが、表紙を飾る写真を撮るには広角レンズだけのカメラでは制約があり過ぎてどうしてもほしい機材だった。特に風景写真となるとどうしても望遠レンズで風景を切り取らないと主張のない写真になりがちだったからだ。
とにかくケンニチ・コムは家計からの出費に頼ることなくケンニチだけの収入で買えるまでになったから嬉しかった。思えば4年前、50歳になる前に何か一つ夢中になれるものを持とう、そして当時の心の中に住み着いていたしがらみを忘れるためにも何か新しいものに挑戦しようと買い求めたパソコンだった。96年4月にそのパソコンが入り、使い方に慣れるまで悪戦苦闘しながらとにかくワープロの使い方だけをどうにか覚えたものだった。「パソコンは海のようなもの」と言うのが買った当時の感想だった。海の中で泳いでいる無数の魚の中から釣り上げたのがワープロと言う魚だけで、他はどのようなエサ、どのような釣り針、どのような釣り竿を使ったら釣り上げられるのかかいもく分からなかった。
とにかくしばらくはワープロを使いこなし、それからしばらくしてパソコン通信でさまざまな人とメールの交換を楽しんだ。結局、自分がパソコンで使えるのはやはり文章の世界でしかなかった。
そして10月になり、mcsさんが大曲市のプロバイダーとなってインターネットを始め、それと同時に自分も加入した。しかし、さまざまなホームページを見ても面白さ、便利さは伝わってこなかった。アダルトなページも見たが、すぐに飽きるだけでインターネットの便利さ、楽しさを享受する術は知らなかった。ハップル宇宙望遠鏡のホームページで見た宇宙の世界には感動したが、インターネットは自分の世界には馴染めないものと思い、朝日新聞など新聞社のページをちらりちらりと見ては「もう。これ以上、無駄な経費を投資して家計に負担をかけるのは止めよう」とさえ思ったものだった。しかし、新聞社のページを見ていたのが幸いした。もしかして、自分もホームページを持ったら新聞社を興せるのではないかと思ったからだ。インターネットでなら紙もいらない、印刷もいらない、それに配達と言う面倒な負担も必要でない。そう思うととても大きな夢が広がった。
「よし。誰にも制約されず自分の好きな記事を書ける新聞を発行しよう」。そう思ったらインターネットさま様だった。あの当時、新聞のデザインを引き受けて下さった広告代理店の高橋成人さんはデザイン料をとても安い値段で引き受けて下さったが、ごく最近、高橋さんの話を聞いたら「だってあの当時の伊藤さんはすごく思い詰めてたんだもの。これはボランティアでもやるしかないなと思ったんです」という事だった。
ケンニチ・コムはスタート地点からいろんな人のお世話になって立ち上がった。最もお世話になったのは「きたうら花ねっと」の長瀬一男さん、海賀孝明さんだろう。この人たちからの技術的な支援がなければケンニチは立ち上げる事さえ困難だった。そしてmcsの社員のみなさまのご好意に満ちた協力もそうだった。「とにかく伊藤さん。インターネット新聞は日本で初めての試みだから頑張りましょう」と温かい支援の声に支えられてのスタートだった。96年12月に産声を上げた新聞は1日のアクセス数はせいぜい100件前後だった。それでも嬉しかった。しかし、不安もあった。収入につながる保障さえなかったからである。
それでも支えになったのは読者からのメールによる声援だった。とても好意に満ちたメールでの応援が海外から国内のあちこちからあった。これはお金には換えられないインターネットならではの成果だった。そしてスタートして4カ月目の97年3月にはヒット数は1万を記録し、長瀬さん、海賀さん、それにmcsの社員で自分にパソコンを売ると同時に地を這うような苦労を重ねて使い方を指導して下さった佐々木徹さんら5人が自分の妻まで招いて西木村の民宿を借り切って祝賀会を開いてくれたものだった。あの時のなんとも言えぬ幸せ感は今も忘れられない。
ケンニチへのアクセス数はその後も次第に増加し、1日300件前後となり98年6月26日にはついに10万人目を達成。この時も長瀬さん、海賀さんらがわらび座の地ビール会場で盛大な祝賀会を開いて下さった。県庁の方も同僚から1000円ずつ集めたと言うご祝儀5万円を携えて祝賀会に駆けつけて下さった。さらに昨年12月にヒット数25万を記念して今年の2月には西木村で「空飛ぶケンニチ」と言う紙風船を作って読者のみなさまと風船揚げを楽しんだ。秋田市のshizukoさん、角館町の宮本さんが事務局となって下さって懸命に「空飛ぶケンニチ」の企画を練り、募金活動を行い、その募金から余った資金を将来のパソコン購入費としてケンニチに寄贈して下さった。ケンニチはこのようにして多くの人たちに世話をかけ、心配させ、多くの人たちの声援を受けてヒット数を伸ばしてきた。今は1日のアクセス数は500件から700件と増え、7月31日で35万件を記録した。
最近は大曲市内の主婦の方からもとても優しい励ましのメールをいただき、「ああケンニチはこのような方からまで読まれているのか」と感動したばかりだった。ケンニチがスタート地点から望んだのは「大きな利益は望まない。でも少しぐらいの利益は望みたい」だった。そのためにはスポンサーが付いてくれるのが一番だった。これまでも大沢医院さん、秋田清酒さん以外にも「広告を出そうか」との嬉しい話は何度かあった。しかし、いざお願いしてみるとうやむやの話となっていた。それがビジネスの世界かもしれない。こちらもケンニチ・コムの価値観を認めてもらうまでは無理なお願いはしまいと再び足を向けるのは遠慮してきた。
当初はアクセス数から言っても広告をお願いするのさえはばかれたからだ。でも今は少しは自信を持てる。この地方からの小さな情報発信でさえも多くの読者が目を通し、読んで下さっているのがひしひしと伝わってくるからだ。スポンサーとなって下さっている大沢医院さん、秋田清酒さんの名は全国に、さらには海外にまでとインターネットの網をくぐって広がっているはずだ。スポンサーの方へのいくばしかの恩返しは果たしていると自負できるまでになった。
でも広告収入は少ないけど助かったのはmcsさんからのホームページの表紙写真の更新依頼と特集記事の取材と原稿料などだった。これらの収入を少しずつ貯めながら、パソコンの買い換え、そしてカメラの更新に期待をかけてきた。表紙写真の更新でお金をもらっている限り、やはり責任を持たなければならない。そのためにはやはりもっと質のいい写真が必要だった。質のいい写真と言うのは風景は広角レンズだけでは表現し切れない面があったからだ。写真は昔から引き算と言われている。気に入った風景を広角レンズでそのまま撮るのではなく、どこをどう切り取ってシャッターを押すかが重要だと学んだものだった。そのためにはどうしても望遠レンズが必要だった。今度のカメラにはそのズームレンズが付いている。しかし、待望のカメラを購入したまでは良かったが、その使い方の複雑さには困惑している。パソコンとその周辺機器はどうしてこうも複雑怪奇なのだろうか。今度は買ったカメラで悩んでいる。さらに新しい携帯電話が入るとまたその使い方で悩むことだろう。でもとうとうケンニチ・コムは自分で稼いだお金でパソコン、カメラ、携帯電話を3点セットで買えるまでになった。これが何より嬉しい成果だ。古いパソコンは落ち着いたら自宅に持って行き、自宅でもインターネットにつなげるようにしたいと思っているj。ケンニチバンザイ!。一人で喜んでいる。