台湾の旅から帰ってきて気づいたのは柴犬のアキの著しい老化現象だった。わずか5日間の留守だったのにアキはメッキリと食欲も落ち、妻は「あなたから電話が着たときは言わなかったけど目も見えなくなったみたい。散歩に連れて行ったら、側溝に足を落としたりするもの」と心配顔だった。耳は大分、遠くなったなとは思っていたが目まで悪くなるとはと気持ちが落ち込んだ。アキの虚ろな目を見つめ「そうか。アキ。目も悪くなったのか」と話しかけた。アキは懸命にしっぽを振って5日間の留守をしていた自分との出会いを喜んだものだった。
アキはもう12歳になる。昨年11月末にもアキは心臓発作で倒れ、入院生活をした。一時はもうだめかとあきらめたが、動物病院での懸命な介護と治療のおかげでアキは立ち直り、冬を持ち越し、春を迎え、この夏も元気に過ごした。そして再び秋を迎えた。病院に運んだ当時はやせて、ガラガラにやせて、かわいそうな姿となっていたが、退院してから妻が懸命にアキの食事の工夫をして食べさせた。そのかいがあって、アキは次第にプクプクと太りだし、春から夏にかけては近所の人みんなに「おや。太ったね」と声を掛けられたものだった。そのアキは自分が台湾から帰国後、朝夕、堤防を黙々と歩き、用を足すと再び黙々と我が家を目指して帰るだけとなってしまった。
若かったころは走ることを得意とし、遠くに車を見つけるとその車のスピードと競走しなければならないと無我夢中で紐を引っ張ったものだった。こちらはその勢いに着いて行けず「アキ。待て。アキ。待て」と悲鳴を上げてドタバタと走ったものだった。元気でスマートで、美人なアキだった。しかし、寄る年波には勝てないのが生きとし生けるものの定めなのだろう。台湾の旅から戻ってからは再び、自分と歩くようになったのだが、与える食事には目もくれずぼんやりと座った日が多くなってきた。
それでも「ならアキ、歩くか」と紐を引くとアキはユックリと立ち上がって外へ出、トボトボと堤防を目指す。家の中ではパピヨンことパピーがその姿を見つけ「アッ、アッ、アッ」と大声でわめく。「僕も行くよ。僕も行きたいよ」。パピーの悲鳴だ。パピーも一緒に連れて行きたいとは思うのだが、パピーのチョコチョコとしたせわしない動きを見るとアキも嫌がることだろう。今はアキだけを連れての散歩となっている。
アキの歩く距離もメッキリ少なくなった。これまでなら堤防をズーと森の端まで歩き、そこからさらに川港親水公園を一回りして家に帰るコースだった。台湾から帰ってきてからはもう森の端までさえ歩くこともなく、用を足すと引き返そうとする。歩くのさえおっくうなのだろう。食事の量がメッキリと細くなったアキのため、妻は手のへらにエサを乗せ、朝夕、「アキ。食べな。アキ。食べな」と呪文のように唱えては一粒一粒、口に放り込んでいる。そうでもしないと犬の習性なのか、アキは長い鼻で食器を隠そうとコンクリートの地面を強く擦るのである。鼻を痛めたらまたアキが泣くだけだ。妻はそれが心配なのだ。
妻と自分とが玄関先でアキの面倒を見ているとパピーは「ちぇ。お姉さんだけを大事にして」とでも思うのか、狂ったように叫ぶ。「パピー。うるさい!」。つい大声を出してしまうのだが、パピーは全身で「僕だっているんじゃないか」と訴える。その真剣さがまた可愛い。アキもパピーのその甲高い鳴き声にはさすがにうんざりするのだろう。ぼやんとした目を向け、虚ろな表情でパピーを見つめ、「もういいよ。散歩に出る」とばかりにこちらが手にした紐を引っ張って外へ出ようとする。
とにかくアキの食事の量は減った。1日1食ぐらいと言っていい。台湾に行く前は食欲だけはあった。妻も「目は見えなくなったが、食欲だけはあったのに。あなたが帰ってからまるっきり食べれなくなったみたい」と話す。それだけにいつどこにいてもアキの事だけは気がかりとなった。このごろ、アキの元気な目安は私たち夫婦が家に帰って車庫開閉のボタンを押したときにアキが犬舎から顔を出してシャッターの隙間から外を覗くかどうかにかかっている。妻は「アキ。顔を出してくれるかな」と車内からシャッターの隙間に注目し、アキが隙間から覗くような顔で姿を出すと「ああ。アキは無事だった。元気でいる」と車から駆けるようにして近寄り「アキ。帰ったよ。アキ。元気だった」と話しかける。細くなったしっぽを振って応えるアキの姿がいじらしい。
「おい。そろそろ。アキにもしものことがあったらどうするか、考えなければいけない時期が来たようだよ」。このことを口に出さなければ行けないのだが、それは多分、妻もそう思っているのだろうが、お互い口に出せないまま時間だけが過ぎていく。生き物を飼った喜びといつかは必ず来る別れの悲しみ。アキはもうお迎えの来るのを静かに静かに待ちながら、与えられた余生を過ごそうとしているのだろうか。食べたいときに食べ、眠りたければ眠り、歩くのもごくわずかな距離となってしまったアキ。近所にとても仲良くしていたボーイフレンドの柴犬がいるが、今ではその前を通っても以前のようなスキンシップを楽しむでもなく、軽くあいさつを交わしただけで家に帰ろうとする。自分たち夫婦が出勤しようとすると、必ず犬舎から顔を出して見送ろうとしていたのに今はそれも面倒なようだ。犬舎で丸くなって眠ったままだ。
アキはすっかり老化してしまった。長い間、自分たち夫婦の潤滑油となって生活に和みと話題を提供してくれたアキはもうお迎えを待とうとしているのだろうか。そして若くてピチピチとしたパピヨンにすべてを委ねようとしているのだろうか。アキの散歩が終わって、今度はパピーを外へ連れ出してもアキは虚ろな目で見送るだけだ。アキとパピー。この二人(ごめんなさい。こう表現させてほしい)が出会ってもう2年近くになる。アキはパピーを心から迎え入れようとしなかったが、それでもアキはこのごろまでにパピーを弟のように扱った。パピーが走ろうとするとアキも負けずに走り、先頭になると安心したかのように後ろを振り返ってパピーに視線を送っていたからだ。アキ。もうすぐ寒い季節になるが、頑張ろう。冬になったら春を待とう。そう呼びかけている。
こうして我が家の心配ダネとなってしまったアキだが、ここ数日前から再び食欲が出てきたようだ。量こそ多くは食べないが、昨日の夕方は久しぶりに「ご飯を早く」とおねだりのワンワンをした。急いで食器を与えるとモグモグと口にした。「あの元気のなさは夏ばてだったのかな・・・」。妻もそうしたアキの様子に安心したのかアキの目の前にしゃがんでホッとしたような表情を浮かべた。「やっぱり食欲のアキかもしれない」。こちらもアキの様子に無責任な冗談も言える余裕が出た。もう12年も付き合ったアキである。アキの様子に一喜一憂しながら深まる秋を見つめている。
犬の話題ついでに読者にお願いしたいことがある。飼い犬を見失ってもう1カ月も過ぎているからもう無理かもしれないが、大館市の人が柴犬の「モモ(3歳)」を懸命に探している。8月26日の「大曲の花火」当日の朝、大曲市若竹町の斎藤酒店さん隣の倉庫で犬が花火の音で驚き、見失ったというのだ。あちこちにポスターを張って、愛犬を探している飼い主の気持ちを思うと心痛む。人馴れしていて「モモ」と呼ぶと近づいて来ると言う。赤い首輪をして、赤茶毛の犬である。先週、その犬に似た姿を見つけ「モモ」と呼んだら近づいて来そうな様子を見せたという話しもあって飼い主が大曲市まで探しに来た。もしもお心当たりのある人がいたら090-3120-1943の「近江屋」さんへご連絡を。