岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(111)25年ぶりの訪問」(00・12・26)

 24日、クリスマスイブの帰米でした。23日、土曜日は成田空港も混雑していたようですが、24日は海外旅行に出発する人のピークも過ぎたのか(?)、それともクリスマスイブに旅行に出発する人が少ないのか(?)空港内は混雑した様子も無く、搭乗したサンフランシスコ行きの便の搭乗率は50%を割るような状況で、ステイワーデスも手持ち無沙汰のような印象でした。

 旧金沢大学正門(金沢城石川門)今度の日本出張は帰米便の関係で、最後の2日間が自由になったこともあり、以前から実現を考えていたけれど、その実現ができなかった学生時代を過ごした町、金沢を25年ぶりに訪ねること出来ました。高校卒業までの18年間は静岡県の富士市と沼津市、大学時代の4年間を石川県の金沢市で。就職して兵庫県の尼崎市、伊丹市、宝塚市で合計11年。その後アメリカに渡って、今のサンノゼ市で19年間過ごしたことになります。

 実家を出て一人暮らしを始めた最初の経験がこの金沢市であったこと、雪に縁の無い土地から雪国への変化。文化や生活習慣の違い等など、大げさな表現かもしれませんが、その町での生活は、自分の人間形成に大きな影響を与えたように思います。今は1年に4〜5回、日本へ出張する機会もあるのですが、やはり東京や大阪が中心で北陸地方に足を運ぶことは無縁でした。不思議なものでアメリカ暮らしも20年近くなると、日本への郷愁とはちょっと違った形で、日本に対する思いが湧いてきます。

 自分が暮らした土地への愛着のようなものでしょうか、また多少なりとも自分の足跡(?)のようなものが気になるもので、その訪問の機会を探していました。今回はいつものアメリカ暮らしの話題と大分逸れてしまいますが、25年ぶりの金沢訪問の話をさせてください。

 日本に一つぐらい、大きな旧城下町として昔の姿のまま残っていて欲しいと思っていた金沢の町でしたが、25年の変化には驚きました。商業地域を中心に市街地が広域化したことや再開発等、この町の都市環境の変化は他の日本の町と同様です。それでも路地をぶらっと歩き始めると、忘れていた街角や、町名、老舗の名前や出来事等、その記憶が次々に蘇ってきました。まず、感じ取ったのは、町の中心地域を流れる2つの川と旧市街の中をきめ細かく流れる江戸時代に作られた用水の流れの水音でした。ここで暮らしていた当時、何気ない生活の中でこの早瀬のような水音を毎日の生活の中で聞いていたことを思い出しました。

 一歩裏手の小道に入ると昔の城砦都市の特徴はそのままでした。狭い道路に武者隠しの構造を組み込んだ2階建ての家が軒を連ね、網の目のような曲がりくねった道や行き止まりの袋小路等。旧市街全体を一望できない構造にして、侵入者の方向感覚を狂わせ、迷いやすくするその街づくりには、昔、地図なしで友人宅を訪ねようとして良く困らせられたものであるけれど、今は無性に懐かしさがこみ上げてきましたし、不思議に道順の記憶も蘇ってくるものです。

 武家屋敷跡一番の寂しさは知ってはいたけれど、町の中心の金沢城内の全ての地域を利用していた母校が郊外に全面移転してしまったことでした。毎日の通学に利用していた重要文化財の
城門も石垣もそのままでしたが、一歩城内に踏み込むと、かっては城内の雰囲気とマッチさせるために、取り入れたナマコ壁のデザインを生かした各学部の建物や教養学部時代の
一年半を過ごした校舎や図書館など等、思い出に残る建物は一つもありませんでした。今は無表情な工事中立ち入り禁止!の看板と工事用の柵が設けられ城内は移転後の公園化や公共施設の建設などが始まっていました。その全体の青写真は知る由も無いのですが、城跡にマッチするとはとても思えない蒲鉾型の大きな建物が一つ建設中でした。城跡を大学に利用した所は世界でドイツのハイデルベルグ大学と金沢大学だけと云うのが一つの自慢であったのですが、城跡は市民の物と云う要求と、大学としてより大きな土地を求めての移転と云うことでニーズが一致したことによる移転なのですが、そこで学んだ人間にとって、大学が姿を消してしまったことは本当に残念です。

 その旧大学本部から徒歩で20分ほどの距離にある工学部校舎ですが、ここも数年後の統合キャンバスへの移転を控えているせいか?古いまま残されている感じで、先端技術を
担う学府としては、がっかりさせられる思いでした。ただこれはアメリカの大学を見慣れていることから感じるそのスケールの違いが頭にあったのかもしれません。

 今回の訪問目的のもう一つはこの町の伝統工芸の一つ、加賀友禅の工程を一度見たかったことです。アメリカで暮らしていて、ひょんな機会に日本の友禅を知る機会があり、その作品に魅力を感じるようになりました。少し本を読むと同じ友禅でも京友禅と加賀友禅に違いがあることを知るようになり、当然ながらご当地、加賀友禅により興味を持った訳です。すると、どうしても本物を見たい気持ちが起こり、紹介を受けた友禅職人の方にお会いし、その工程と作品についてお話を聞きました。

 お話によると加賀友禅に関しては伝統工芸を勉強したいとか、継ぎたいと云う若い人達は昔と比べると随分増えているらしく、伝統的の中に新しいデザインも工夫され取り入れられて
いるようで、新たな発展が期待出来るそうです。個人的にはこの加賀友禅の持つ写実的で繊細なデザインやぼかし等の表現力は大変な魅力です。もし、学生時代に興味を持つことが出来ていれば、自分も本物を少しは勉強出来たのに等と云う思いです。もう遅すぎますね(笑)。友禅に限らず、この町の伝統工芸とその文化を伝えるものが多いのには関心させられま
す。ただ学生時代にそれら何一つに興味を示さなかったことが本当に悔やまれます。

 
主計町旧茶屋街
東山旧茶屋街

 長くアメリカで生活していて、言葉の不自由を感じることも無く、仕事も生活も人一倍エンジョイしているつもりですが、やはり日本の伝統芸術や工芸に対して何一つ素養がないと云う
のを恥ずかしく思うような年齢になってしまいました。金沢の路地を歩いていた時に偶然、自転車で通り過ぎる年配の方が、謡曲を口ずさんでいたのを聞いて、伝統や文化が地についた町であることを感じ、わずか2日の小旅行でしたが本当に良い日本の旅でした。

それではメリークリスマス!

岩間@サンノゼ