こちら編集室「見つかったタイピン」(12月29日)

 もう落としたものとすっかり諦めていた純金の「ネクタイピン」が紺の背広の内ポケットから出てきた。いつ、どんなことから内ポケットに入れたものか思い出せないが、とにかく良かったとホッとしている。タイピンは確か10数年前、妻の職場に良く訪問販売に来ていたアクセサリー業者を通じて妻が買ってくれたもので、かなり高価なものだった。出勤時、ネクタイを締める時はその金色に輝くタイピンは自分の分身のように大切にしてきた。それを落としてしまった、と思っていただけにここ1カ月ほどはそれだけが気がかりで寂しい日々でもあった。その大切なタイピンが偶然な事から背広の内ポケットから見つかった。大げさだが、20世紀はこれでやっといい方向で締めくくれると思った。

 日曜日−。小説を読み、その錯綜した悲劇的な内容に読み疲れ、アキとパピーを洗うことにした。小犬のパピヨンはほとんど体臭はないが、柴犬のアキは洗わないでおくと犬特有の体臭でたまらなくなってしまう。アキもパピーもシャワーをかけて洗うのだが、どちらもシャワーの温かさは気持ちがいいのか身を任せてくれるから洗いやすい。ただ、アキの場合、体も大きいだけに浴室に入ってシャワーをかけ、それからシャンプーで体全体を洗わなければならず大仕事だ。パピーは洗面器についたシャワーで洗うのだが、こちらは毛が長いため、洗ってからのリンスと乾燥作業も伴い、これも大仕事となる。

 アキは小さかったころ、風呂場に行くのを嫌がって、洗われるんだと察すると大木に縋(すが)り付いて抵抗する人間の子のように両足を踏ん張って抵抗したものだった。どんなに抗っても抱き上げるとそれまでなのだが、その両足を踏ん張り、ナマコのように体を折り曲げた姿がまた可愛くて妻は玄関の踏み台に腰を下ろしては「アキ頑張れ、アキ頑張れ」と応援に回ったものだった。そのアキも最近は抵抗してもどうにもならないと諦めたのか、洗われることを知ってもおとなしく犬舎から出てくる。そして浴室まで抱き上げてシャワーを浴びさせたが、虚ろな目を良く観察したらほぼ真っ白になっていた。以前から目が悪くなっているのは知っていたが、白内障がかなり進行しているようだった。

 そうしたこともあるせいだろう。9月に台湾に行って以来、アキの散歩の距離はメッキリ少なくなって用を足すと帰り、後はドスンと音を立てて犬舎の中で丸くなって眠っているだけだ。眠りながら悪い夢か、怖い夢でも見るのか「ウオーン。ウオーン」と鈍い声で吠えることもある。その声に「アキ。どうした?」と犬舎を覗くと虚ろな目を向けては立ち上がり、少しシッポを振っては犬舎に戻り、再びドスンと音を立てて横になる。アキはすっかり老化してしまった。

 日曜日、アキはおとなしく身を任せ、シャワーを浴びた。皮膚病がアキの体を冒し、綺麗な女の子だったアキは今はもう見る陰もない。お医者さんに何度連れて行っても「皮膚病の治療は難しくて、しかもこんなに頑固な病気になってしまうと」と言われ、とうとうその治療を諦めてしまった。自分たちの管理が悪かったのか、それともアキの体質だったのか。とにかく年が明ければアキは13歳のおばあさんになる。何度か危機を乗り越え、我が家の一員として多くの楽しみを与えてくれたアキ。正月は少しご馳走を振る舞おうか−。どんなに醜い姿になっても、そんな愛しい気持ちが沸いてくる。

 一方のパピーはシャワーを浴びるととても気持ちよさそうに目を閉じる。犬もあるいは温泉と言うのが好きなのかもしれない。ふさふさした長い毛はびっしょりと濡れ、こちらは妻と二人がかりでシャンプーで洗い、それからリンスで毛を整え、ドライヤーで乾燥させないと後で毛がほつれ、毛玉という騒ぎになってしまう。これまで2回、その毛玉を作ってしまい、それを解きほぐすのに大騒ぎとなってしまった。毛を引っ張られるパピーだって痛いだろう。「キャン」と甲高い悲鳴を挙げられるとこちらも飛び上がるほどびっくりしてしまう。とにかく洗った後の後始末が大変な犬だ。

 それでもどれほどパピーは自分たち夫婦に喜びをもたらしてくれたか。アキ同様、可愛くてしょうがない。いつも気の毒に思っていたのが二人の犬にとって留守する時間が多いと言う事だった。妻と共に家に居られるのは土・日しかない。後の5日間はずーっとアキもパピーも人気のない家で過ごすだけだ。アキは眠っているだけだが、パピーは一体、どうしているものだろうと気がかりでならなかった。

 市役所記者室から仕事場を移し、会社と自宅で原稿を書くようになって家に居る時間が増え、やっと日中のパピーの姿を見られるようになったのだが、パピーは自分が帰った時は大喜びし、シッポを振り「遊ぼうよ。遊ぼうよ」とせがむのだが、自分がパソコンに向かって仕事に入ると後はそばにいて眠っているだけだ。その姿を見て「なーんだ。犬ってとにかく時間があれば眠っているだけなんだ」と気づいた。当たり前のことだと笑うかもしれないが、犬と言う動物は退屈しのぎの本もいらない、テレビもいらない、もちろん新聞だっていらない。眠って時間をやり過ごすだけと言う良く出来た習性の持ち主だったのだ。

 いつだったか。庭屋が我が家の小さな庭の木々の雪囲いに来た時、犬舎で音も立てずにジーッとしているアキの姿に感心し「伊藤さんの犬はおとなしいねー」と褒めた。「エーッ。あいつはおとなしいのではなく、臆病なんです。とにかく家族以外にはなつけず、その代わり家族思いで自分たちがいる所に人が来るとものすごい勢いで吠えだしますから」と話して聞かせた。相手は信じられないような顔をしたが、その庭屋との会話を聞きとがめたのかアキがおもむろに犬舎から顔を出し「ウオーン。ウオーン」と吠え出した。庭屋さんは「こいつめ体の割には大きな声を出す」とニヤニヤしながら近づいたら、アキは本当に怒り出し、口を耳まで裂けるように開け、その威嚇はより酷いものとなった。庭屋さんは「オッ、オッ。おっかねー(怖い)」とおどけながら戻ってきた。アキは家族思いなのである。

 アキのそうした人嫌いとも言える性格に育ててしまった失敗から、パピーは小さいころから出来るだけいろんな人に接してもらうようにした。もともとパピヨンと言う犬の気質は明るくできているものだろう。散歩に連れて行って人の姿を見つけると2本足で立ち上がり、お人形さんがヨチヨチと歩き出すようなしぐさで愛嬌を振りまく。パピーは得な性格なのだ。その明るさが好きだ。

 後2日で今年も幕を閉じ、21世紀と言う新しい時代を迎えることになる。幼いころ、21世紀はどんな時代になっているものかと想像したことがあった。空飛ぶ自動車、空飛ぶ自転車、そして漫画「鉄腕アトム」を見て育った自分はロボットも進化し、アトムと同じくらいの性能を持ち、人間と共存共栄しているだろうと想像した。それに病気で死ぬ人さえなくなるかもしれないと。子どものころ、父や母の死は考えられなかった。いつまでもいつまでも居るものだと思っていた。それが自分が33歳の時に父が77歳で死に、42歳になったら母が88歳で死んだ。父の死の時には泣いた。とても悲しくて泣いた。母の時は精一杯、親孝行したんだとの思いもあったから悔いはなかった。

 父と母が同じ病院で入院中の夏の日。車いすに乗せて母を散歩に連れ出し、病院の売店でアイスクリームを買ってあげ、「食べな。食べな」と右手の不自由になった母に与え、そのアイスを舐めらせながら「オヤジ。この夏、持ちこたえられないかもしれない」と告げた。「そうか。そんなに悪いのか」とガックリと首を落としたあの時の母の虚ろな目、悲しそうな目は未だに忘れられない。白衣の看護婦さんたちが、自分たち親子のそばを通り過ぎては母の名を呼び、「いい息子さんね」と声をかけては優しい、とても優しい目と笑顔をこぼして行った時のあの顔も忘れられない。

 20世紀最後の師走。いやな事もあった。心は今も重い傷を背負っている。しかし、その心の負担を幾分、和らげてくれたのが内ポケットから見つかったタイピンだった。金色に輝くタイピン。これが少しだけ幸せを運んできてくれたような気がした。とにかく本でも読んで、一日も早く忘れようと購入した文庫本はとっくに読み終えた。あの時は何でも良かった。無我になって本に没頭したかった。購入した本の一冊には推理小説もあった。

 簡単に女が殺され、子どもがさらわれる。不幸続きのストーリーに気が滅入ったが、携帯電話が普及した今の時代にはそぐわない内容でもあった。今なら連絡が簡単に取れる時代なのに小説の中では電話での連絡が取れず犯人も被害者も随分、遠回りする。そのまどろっこさにヤキモキさせられた。やはり古くなった推理小説は時代感覚が合わない。それに自分には似合わない。図書館に行って司馬遼太郎の本でも借りようかと走った。ところが手にしたのは豊田穣の「空母信濃の生涯」だった。戦記物は新聞記者になって以来、随分、読んできた。それは自分よりも親子ほど年の離れた人と取材する時の一つの知識として必要だった。あの当時はまだまだ戦争体験者が健在だった。その人たちとの話を合わせるためには小説から戦争を学ぶしかなかった。

 日曜日。アキとパピーを洗い、平和な一日を過ごした。そして月曜日から今日まで会社と自宅を行き来し、原稿を書き、ケンニチを更新し、やっと年越しの日を無事に迎えられそうだ。先週の金曜日、こち編を更新できなかったため、多くの読者に心配をかけてしまった。「これはかなり重症のようだ。行って何とかしなければ」と遠くの読者からは「旅立ちの準備まで取りかかったほどでした」とのメールまでいただいた。ケンニチは多くの優しい読者に恵まれている。秋田市の読者からもケンニチのモバイル化に対して、「伊藤さん。素敵な内容でしたよ。どんなことがあっても前向きな方向に切り換える。そうした伊藤さんに拍手です」と優しいメールをいただいた。電話料を心配するメールもあった。ケンニチはこうして読者に励まされ、読者の優しさに恵まれ、新しい年を迎えようとしている。どうぞ皆さま良いお年をお迎え下さい。そしていつもありがとう。