こちら編集室「ウイルス感染てん末記」(3月9日)

 それは悪夢を見ているようだった。ワープロも写真のソフトも、秋田県南日々新聞編集用のソフトさえもとにかくパソコンのありとあらゆる機能が6日朝から死んでしまったからである。その扉が開かれたのは6日朝、一つの原稿を書き上げ、ケンニチ編集用のネットスケープコンポーザーに記事をコピーして写真を取り込もうとした時点から始まった。写真編集用のソフトにデジタルカメラに収録されている写真を入れようとしたら、そのソフトが受け付けてくれなくなっているのだ。おかしい、おかしいと首をひねりながら操作を繰り返したが、写真編集用のソフトはぬかに釘を打ち込むような手応えのなさだった。そうなるとパソコン音痴のケンニチ編集っ子はパニックである。

 パソコンを手に松戸市コンピューターサービス(以下・mcs)に走った。鈴木正道さんに写真のソフトが動かなくなった事情を話した。鈴木さんもカメラの説明書を見ながら操作を繰り返したがやはり同じだった。「伊藤さん。昨日、変なメール入っていたでしょう。もしかしてあのメールでウイルスの感染を受けてしまったかもしれないね」と顔を曇らせた。「エッ。だってあのメールは知っている人からのメールだったんですよ。その人がウイルスを送って来るはずはないですよ」とこちらはなじるような口調で鈴木さんに言ってしまった。「それが危ないんです。あのメールに添付されたものがあって、開けなかったでしょう。変だなと思って昨日、削除して一応、ワクチンも打ち込んでいたけど、感染してしまった可能性が高いです。最近のウイルスには他人の名前を騙(かた)って相手を信じ込ませ、感染させる悪質なものもあるから」と鈴木さんは言った。そして「とにかくウイルスかどうか検知してみます」と鈴木さんはウイルス検知のソフトをパソコンに入れ、その作業に入った。

 間もなくパソコン画面から「19個のファイルが汚染されてます」とのメッセージが出され、その駆除作業が始まった。その段階でもまだ一縷の望みをかけていた。いや望みというよりむしろ自分のパソコンがウイルスに冒された物珍しさもあって、むしろ楽しんでいたくらいだった。ウイルスの怖さを知らなかったからだ。

 写真は千畑スキー場パソコンの世界はすべて他力本願で付き合ってきた。ウイルスなんて自分には縁のない世界だと思っていた。友人や知人がウイルスの侵入を受けてパソコンのソフトが壊されたとの話しは聞いたことはあるが、自分だけは大丈夫だろうとの思い込みもあった。確信があるわではなく、ただ安易にそう思っていたのである。仮にウイルスの侵入を受けたとしても大したことにはなるまいとパソコン音痴は思い込んでいた。ましてやウイルスかどうか、何を持って判断できるのか。この世界に疎い自分はウイルスの侵入は防ぎようがなく、そのような悪魔の侵入がないことを祈り、信じるしかなかった。

 とにかくウイルスの侵入を受けたとはいえ「駆除しているというからすぐに解決するだろう」と楽観的に考え、ノンビリと昼飯をとるに出かけた。帰っても駆除作業は続けられていた。ケンニチはこうして6日午前中の貴重な時間はつぶれた。それでも駆除作業が終わったらパソコンは元に戻るだろうと信じていた。だが午後2時過ぎ、駆除作業の終えたのを確認してソフトのチェックを始めた鈴木さんの顔色が見る見るうちに変わった。「伊藤さん。こちらの持っているソフトでも対応出来ないウイルスのようです。パソコンのソフトのほとんどが死んでしまったようで、こうなるとリカバリー処置しかありません。修復するまでに2〜3日、いや1週間ぐらいの時間が必要かもしません」との宣告だった。

 目の前が真っ暗になるとはこのことだろう。頭がクラクラする思いだった。2〜3日。1週間。とてつもない長い時間がウイルスによって奪われることになると思った。「何とかならないの」。鈴木さんに悲鳴のような声で掛け合った。鈴木さんも本来の仕事を持っている。その仕事を投げ出してケンニチのパソコンの修復をやってくれと言うのは無理な相談と分かっていたが、それを承知でお願いした。「とにかくとても時間と労力の必要な作業で片手間にはできないんです」と鈴木さんは顔を曇らせた。mcs秋田センターの責任者からはその間、別なパソコンを貸し出すとの好意的な話しもあったが、ケンニチ編集用のソフトが入ってないパソコンを与えられても意味のないことだった。

 頭を抱えたが、とにかくケンニチの読者には休刊のお知らせはしなければいけないだろうと、mcsのパソコンからケンニチを呼び出し、暗澹たる気持ちで「読者の広場」にウイルスの侵入を受け、ニュースの更新を止むなく休むことを告げた。惨めな敗北感が高まった。それでも何とか手を打たなければとあれこれ思考を巡らした。思いついたのはパソコンのハード面の保守点検作業契約をしている秋田市のコンピューター会社だった。そこへ電話を入れ、ウイルスの侵入を受けパソコンが使われなくなった事情を話した。機械の故障に備え月々、保守点検料を支払っているためハード面の故障なら無償だが、ソフトの修理となると有償となると言われたが、お金どころではなかった。「とにかく新聞をストップさせたくないんです。頼むから可能な限り早く修理をお願いしたいんです」と依頼した。

 しかし、事態は深刻だった。リカバリー用のCDを使って壊れたパソコンのソフトを修復させても後から入れてもらったケンニチ編集用のソフトは再び田沢湖町の「きらうら花ねっと」に走って入れなおさないと無理だと言う。そうなるとまる3日間のロスとなる。ケンニチが3日間もの間、休刊になってしまう。目の前は真っ暗になるばかりだった。

 そして翌日の7日。修理に来れるのは午後からとなった。mcsに自宅にあった古いパソコン持ち込んで原稿を書きながら時間をやり過ごした。「どうしてこんなことになってしまったのか」と自分の不運を呪った。ケンニチの書き込みを見たのだろう。秋田市のshiuzukoさんから励ましの電話が携帯に入った。嬉しかった。心配してくれているんだ。一人ではないんだと心強くなった。それから今度は秋田放送の記者からも携帯電話に見舞いの声が届いた。以前に自分の新聞をテレビで取り上げてくれた神谷記者からだった。神谷記者も「うちの社でも伊藤さんと同じ被害を受けてるんだ」ともらした。それから再び神谷記者から電話が入り、「ウイルスにやられてインターネット新聞が休刊状態になったこと、そしてウイルスの被害をくい止めるためにも警鐘の意味を込めて伊藤さんを取材したいのですが」と申し込みが来た。恥の上塗りとも思ったが、自分のような被害を少しでもくい止めるのに役立つならと受けることにした。

 秋田市からメーカーの人が修理に来たのは午後3時半過ぎだった。テレビカメラが入っているのを見て一瞬、驚いたりたじろいたようだったが事情を話して協力してもらうことにした。メーカーの人は駆けつける前に自分のパソコンが罹ったウイルスの種類を調べ、場合によってはハード面に手をつけなくても修復可能かもしれないと希望を持たせた。ローマ字と数字だけとなった白黒反転の画面を見ながらウイルスとの格闘が始まった。こちらは祈るような気持ちでそれを見守った。午後5時過ぎ「まだ分かりませんが、これで修復したかもしれません」とメーカーの人はスイッチを入れなおした。

 奇蹟だと思った。パソコンはいつもの画面に戻り、死んだ体が生き返ったように思えた。「どれでもいいからソフトを動かしてみて下さい」とメーカーの人は言った。ワープロを呼び出した。いつものように画面が動きだし、消えたと諦めていた文章が画面に表れた。そればかりでなくケンニチ編集用の画面も、カメラのソフトも次々と復活し、動き出した。「やった。助かった」。手を叩いて喜んだ。その様子をテレビカメラがアップで捉える。だがもうカメラなんか意識することもなかった。嬉しくてどうにもならなかった。ケンニチは復活したんだ。天にも昇る気分だった。

 ケンニチがウイルスの侵入を受けたのは5日だった。ケンニチのニュースの顔にもなった方からメールが来た。久しぶりのメールだった。本文はなく、添付ファイルが付いていた。おかしいなと思いながらも何気なくそのファイルを開こうとしたらパソコン画面から「このファイルをハードデスクに保存しますか」とのメッセージが出た。エッと思った。写真かどうかも分からないのになぜハードに保存しなければならないのかと思い、直ぐにキャンセルボタンを押した。押しても押しても何度も同じようなメッセージが繰り返された。おかしい、おかしいと思いながらメールボックスに保存、夕方になってmcsにパソコンを運んで調べてもらった。それがウイルス感染の始まりだった。

 自分のパソコンにも一応、ウイルス侵入予防のソフトは入れてもらってあったのだが、その予防線をくぐり抜ける新しい形のウイルスだったようだ。メール相手のホームページを探し、その掲示板を調べたら「○○さん。あなたの差し出すメールにはウイルスがくっついてますよ。そのウイルスは“ロミオとジュリエット”です。調べてみて下さい」との書き込みがあった。

 コンピューターウイルス。恐いものだと話には聞いていたが、対岸の火事のようにしか思っていなかった。まさか自分だけはそんな被害には遭うまいという思い込みもあった。しかし、敵は人を選ばず無差別に攻撃を仕掛け、パソコンを壊してしまう。ウイルスを発生させ、それを伝染させ、被害を拡大し、困る人がいっぱい出てくるだろうとその目に見えない悪魔のような破壊者は頭の中で被害が拡がっていく様子を想像し、楽しんでいるのだろう。

 他人の心の傷みさえも自分の手柄のように喜びとする、陰湿で姑息な人間がこのパソコンの世界に実際にいるということを身を持って知らされた。ウイルスの感染によって6日から7日までのまる2日間、とても大事な時間を無駄にしてしまった。ウイルス、おそるべし。そしてそのようなものを発生させ、感染させ、喜ぶマニアがいること事態に言いようのない怒りと悲しみを覚えた。

 秋田県南日々新聞と言うホームページを立ち上げて今年で5年目になろうとしている。インターネットの世界は恐いものだとの話しはこれまで何度も伺った。アダルトホームページを見ただけで電話料が30万円とか、20万円もの請求を受けてびっくりしてしまったとの話しも聞いている。自分のように新聞という情報発信のページもあれば企業のPR、デパートなどの商品販売、果ては自殺、詐欺、ゲーム、同性愛、お見合い、出会いのサイト。とにかく何でもありの世界。何があっても不思議ではないだろう。だが、これまでの4年と3カ月間で不愉快な思いをしたことは一度もなかった。インターネット新聞はすべて、人と人との出会いと喜びと幸せだけを運んで来た。ウイルスと言う恐い世界とは縁もなかった。心の温もりを感じさせ、人間っていいもんだナと思っていた世界だった。

 そうした平和で喜びの世界にウイルスは土足で上がり込んで、そこの家のものが大切にしていた家具を壊し、ありとあらゆる食器を割り、食事さえもできなくするほどの乱暴狼藉を働くようなものだ。ウイルスによってまる2日間もの大切な時間が無駄になってしまった。これは犯罪でもあると言いたい。大切なソフトを壊し、時間を奪い、精神的な負担と経済的負担を負わせる。ウイルスと言う邪悪なものをつくり出すためマニアはどれほどの知恵とアイディア、工夫を凝らすものだろうか。どんな顔してパソコンを操作し、ウイルスという病気を送り出すものか。修理を終えたメーカーの人とmcsさんは新しいワクチンをパソコンに入れてくれたが、「いつまた新型のウイルスが誕生して侵入して来るのか。この世界はいたちごっこのようなものなんです」と話した。ウイルスに泣かされた2日間。それがテレビのニュースとなって流れることになったから、この世は面白い。