岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(121)不況」(01・3・19)

 時差ぼけが取れないまま帰米3日目です。10日間ほどサンノゼを離れていた間に、冬の低い雲も消えて、正に季節は春の盛りに変わっていました。自宅の庭では水仙、フリージャ?、椿にツツジ。木蓮の花も咲き、りんごを始めとする果物の木の新芽も出てきました。花粉症の症状を除けば気分爽快な春の陽気です。

 何度か話題に取り上げたことのあるアメリカの景気ですが、今月に入ってから、特定の業界に留まらず、広い分野の業種でも、その業績はおかしくなってきました。当初はインターネットを利用したセールスビジネスで、通常はドットコム企業と呼ばれるこれらの企業業績が思わしくなく、販売実績は上昇しているものの、その収益性の悪さに投資家がそっぽを向き始めたことが発端であったのですが、現在はシリコンバレーの主要産業である半導体、半導体製造装置、パソコン、ネットワーク機器、ソフトウエアなど等、ハイテック業種の全てに、業績低下現象が広がり、間違いなく不況の波が押し寄せてきていると云う感じです。つまりは一見異なった業種に見えますが、実際には全てに間接的なつながりがある訳で、周りの業界の影響を受けない訳はないのが実情です。

 地元の新聞には毎日、XX社はXX人のレイオフを発表したとか、業績悪化に伴い昇給を当面凍結したとか、余剰工場の閉鎖を計画等と云うニュースが記載されています。先週の記事によると2001年に入ってからシリコンバレー地域のハイテック企業でレイオフになった従業員数は合計6000人を超えたそうです。実際に毎日このような記事を見るとまたか!で次第に驚かなくなってくるのですが、前回の不況の経験を踏まえると、やはろ気持ちは暗くなります。

 そんな環境の中で、レイオフなどの直接的な被害を受けなくても、一般の人達にとって、心理的に強い影響を与えているのは何と云ってもアメリカ国内の株価の極端な下落です。ニューヨークやハイテック業種の多いナスダックの両市場では長く続いてきた右肩上がりの株価傾向が、昨年の乱高下状態に変わり、ここに至って底なしの低落を感じさせます。日本でも知られているように、平均的なアメリカ人は銀行に預けている個人預金額が極めて少なく、個人の蓄財とか将来の備えに対しては住宅購入とか株式、それにミューチュラルファンドに
代表される投資信託等に偏っています。

 会社が福利厚生の一環として従業員に提供している年金システムも、最近日本で注目され始めた401Kプランに代表される投資型のものです。つまり日本の企業年金のように社員と会社が一定額を毎月積み上げると、ある年齢に達した時点から、一定の約束された金額が年金として受け取れるシステムでなく、従業員の拠出金に対して会社が一定額を補填して、そのお金を会社が加入している投資会社が用意した投資プログラム(通常は70〜100種ぐらい用意されています)の中から、個人が選択し、どのようなお金の配分で投資するかを決めるシステムです。将来、各個人がいくらの年金をもらえるか?は、あくまでも個人が選んだ投資プログラムとその配分によって違ってきます。

 用意されている投資プログラムが多い為に、実際にどれを選んで良いか?迷うのですが、簡単に云えばハイリスク、ハイリターンで一発型で投機的色彩の強いものから、国債や他の貸付や安定株の配当を主にしたローリスク、ローリターン、それに諸々の会社の株を組み合わせ、株の売却益を期待する中間的なものに区分されます。各プログラムは投資専門会社のスタッフが、企業の実績や事業の将来とか、相場から判断して商品として作り出す訳ですが、利回りの良いものを期待すると、ほとんどは値動きの激しい株式分野のプログラムになる訳ですが、過去数年間の好景気時期には年率30%以上のリターンが生まれたプログラムも随分ありました。

 言い換えると、昨年まではこのように期待出来る年金額の増加が著しく多かったことから、将来に対する安心感につながっていた訳ですが、これだけアメリカ企業の株価が下がってくると話は逆になってしまいます。銀行預金であれば利息は少なくても元金は最低保障される訳ですが、これらのハイリスク、ハイリターン型のプログラムに傾倒していた人たちの中には、会社が補填した金額どころか、自分が拠出して過去の積み立て金額を3割から6割も割り込む状態になっています。(もっとも目先の効く人は早い時期に安定型のプログラムに切り
替えて、損を出さずに済んだ人達もいる訳ですが)

 もう一つ、シリコンバレーのハイテック企業社員に起こっている大きな出来事はストックオプションに関わる問題です。人手不足の労働市場環境の中で優秀な人の採用を行おうとすると、他社より高い給与を支払う条件で応募者の心を動かすのが普通です。しかし、会社として、あまり高い給与を社員に支払った場合、会社そのものが、給与の負担で成り立たなくなってしまいます。そこでシリコンバレーの企業は採用者に対して最低勤続年数を経た場合(通常は2年間ぐらいです)会社の株を割安で買うことが出来るストックオプションの条件を給与とは別に提示します。

 採用者のポジションによって、その株数も違いますし、会社自体がスタートアップ時期にあり、会社の将来がまだ分からない場合は採用者にとってもリスクも大きいのでそれに見合う大きな株数を条件とします。社員は一定期間後、先に会社と合意した価格で、その株を購入し、それを株式市場に売却して、給与とは別の形で利益を得る訳です。会社にとっては資金的な負担もなく社員に利益を与えることが出来る非常に上手い手段で、ここ数年間、ハイテック企業で働く多くの社員は、このストックオプションを利用して住宅や豪華なヨットを購入したり、高級車を手に入れていました。

 物価や住宅価格がアメリカ国内で異常に高いこの地域で、ハイテック企業社員が結構な暮らしが出来る背景の一つがこのストックオプションによる収入です。ところが最近のように市場の株価がこれだけ下がってしまうと、採用時に会社と合意した購入額より、株式市場の株価の方が安いと云う現象が今起こっています。この時期にストックオプションを行使しようと
すると、株式市場で買える額よりも高い額で会社から株を購入しなければならないと云う、馬鹿げた話になってしまい、始めから損をするシナリオになってしまいます。ストックオプションには一定の行使期限が決まっていますから、株価の安い状態が続いていると、行使のタイムリミットが来てしまうと云う残念な話になってしまいます。

 まあ、甘い話はいつも転がっていない!と云う例かもしれませんが、株そのものがアメリカ人の生活の中でかなり関係が深いだけに日本と違って株価の低落が、個人の生活において大きな問題を引き起こしていることをあちこちの現場で感じることがあります。

 今年に入ってからの不況感の高まりは企業の収益悪化による雇用不安と共に今まで話したアメリカ人の蓄財の根本を揺るがしている不安感の問題に発展しているような感じで、今年の秋ごろには回復の方向に向かうと云う経済の専門家もいますが、個人的には相当な疑問を感じます。日本の株価も日本企業そのものの事業の内容と云うより、アメリカの株価に振り回されているような感じで、世界同時不況も起こり得るような雰囲気も感じます。

それではまた!

岩間@サンノゼ