岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(124)義務教育雑談」(01・4・22)

 秋田の桜、今週末が見ごろのようですが天気はいかがですか?。先々週は日本出張、先週は事務所で仕事、でも日曜日からラスベガスへ出張と云う落ち着かないスケジュールです。その前に滞っていたアメリカ暮らしの話題を一つ送りたかったので失礼します。

 ちょうど日本に滞在していたころ、教科書のことを含めて教育問題が日本のメデイアで取り上げられていたので、アメリカの義務教育の話を少しさせてください。日本の教育システムか・アメリカの教育システムか・どちらが本当に良いのか?判断は様々だと思いますが、今日は2人の子供をアメリカで小学校から大学まで卒業させた経験を雑談の形で話させていただき、その違いを感じとっていただければと思います。

 ただ広いアメリカで、かつ地方自治の強い国ですから教育システムも、その内容も州や町でかなり違いがあります。ですから日本のようにどこでも一緒と云う訳でないことはご了解ください。
 
 アメリカの義務教育年数は小学校6年、中学2年、高校4年の計12年です。まず、日本との大きな違いは高校が義務教育に含まれていることです。ただ小中高の学年が小学校を5年に短縮して中学校を3年としたり、中学を3年に延長して高校を3年にすると云う変則的なシステムを採用している学校区もあります。また、ほとんどの小学校にはキンダーガーデンと呼ばれる幼稚園部門が併設されていて、ほとんどの親はそこに子供を通わせていますから、実際は1年を加えて13年と云うことになるかもしれません。

 義務教育は公立学校に通う限りにおいて完全無料。教科書は一年間の貸与と云うことで生徒に毎年貸し出されます。無論、一年後には返却しなければならないので、乱雑に使って表紙が破れたり、教科書に書き込みを行ってしまったりすると返却時に実費を保護者は請求されます。そんな訳で新年度、生徒は教科書を受け取ると、先ず自宅に戻って、親に丈夫な紙を使ったブックカバーを作ってもらうと云うのが普通です。それでも使っていればどうしても本は傷みますから、新年度が始まる前、保護者のボランテイアで教科書の補修が行われます。
 
 教科書の選択はクラスの先生によると理解しています。同学年でもクラスによって使う教科書が違うからです。新学期が始まってまもなく経つと、オープンハウスと呼ばれる行事が行われます。学校の各クラス(両親が訪問しやすいように夕方から実施されます)が開放されて、保護者が各クラスで先生の略歴や教育方針を聞いたり、生徒各自の教育上の相談を聞く場がもうけられますが、その時に先生からは何故この教科書を選んだのか?と云うことも説明されます。

 学校では、各教室自体がその先生の職場であり管理にあります。ですから何々先生のクラスと云うことになります。つまりは先生はその教室の主であり、始業時から就業時まで先生は自分の教室にとどまっていますし、そこに電話も備え付けられています。日本流の職員室と云う部屋もありますが、そこには事務机のようなものは無く、ランチテーブルのようなものが置かれています。先生がその部屋を使うのは職員の会議とか、休憩時間ぐらいで、教材も管理が必要な書類も全て自分の教室の机の中に置かれています。
 
 先生はその学校区に採用されている公務員です。学校区は5〜10校の小学校、3〜5校の中学校を統括する初等教育の為の学校区と5〜10の高校と1つのコミュニテイーカレッジ(公立短大になりますか?)を統括する中等教育の学校区に分かれています。学校区長は住民の選挙で選ばれます。先生は一度、ある学校に配属されてしまうと、本人の特別な希望でもない限り、その学校を変わることはありません。そんな訳でどの学校にもそこに根付いた名物先生なる方がいらっしゃいます。また校長は日本のように経験を積んだ先生が昇進することによって得られるポストで無く、学校経営者として生徒を教える先生とは全く別枠で採用されます。ですから求人広告で校長募集と云うようなことも起こります。同様に校長にも転勤とか定期移動はありません。ある学校の校長がより給料の高い学校区の校長のポストを得たために前の学校を退職してしまうようなこともまま起こります。
 
 中学校からの授業は基本的に能力別を採用しています。また小学校の4年生ぐらいから、能力別の考えは取り入れられていて、クラスで選ばれた何人かの生徒は英語や算数などの授業時間に、特別なクラスに参加し、そこで一年程度進んだ教科の内容が教えられたり、リーダーシップ教育や、自習による研究などの授業が組まれます。中学校からは日本同様、教科毎に先生が変わります。ただし、先生が教室に来るのでは無く、生徒が各先生の教室に出かけます。英語と数学に関しては、より能力別の教育が徹底してきます。新学期は9月に始まりますが、最初の1ケ月の授業は前年度の復習のような内容に割り当てられます。その間に先生は各生徒の今までの学習の理解度を判断し、生徒がそのクラスより上位であると認めた場合、逆に能力的にこのクラスで他の生徒についていくのが難しいと判断した場合、その最初の1ケ月の間にその生徒のクラス変更が実施されます。
 
 保護者の意向が反映されて生徒のクラスが決められることもあります。例えば前年度の子供の成績がいまいちで、親として自分の子供がその学年の勉強の理解が出来ているか?不安に感じた場合、保護者の希望で同一学年を再学習させたいと思った場合、学校側はその希望を適えることに、かなり柔軟に対応してくれます。学校側から積極的に落第させるようなことはありませんが、保護者の希望で学年を落とすことは珍しくありません。
 
 高校は全て普通科ですが、最低限の必須科目を除き、生徒自身が自分で選ぶ選択科目制が取り入れられており、学年が進むに従って、より選択科目の数が増えてきます。卒業前の4年になると、学年は同じでも生徒間で勉強している科目もレベルも全く違う内容になっています。

 自動車修理、木工、料理、裁縫、タイプとか実務志向の科目を多く選択する生徒。大学進学を前提に科目を選択(各大学によって要求される必須科目が異なる)する生徒、またその中間と云う具合です。更に物理、化学、数学、英語、歴史などの科目は高校教育のレベルを超えて大学の一般教養の同じ教科内容に匹敵するクラスもあり、このクラスを受けてB以上の成績をとれば大学入学後の一般教養の単位として認められるシステムが出来ています。

 上位のクラスへの参加は単に本人の希望だけでは駄目で、それなりの成績と、ホームルームの先生の推薦を得なければいけない等、それなりの厳しさもありますが、アメリカ人生徒の面白いことは敢えて難しいことを今から勉強しなくても!などと云う考えもあり、成績は良くても敢えて難しいクラスを高校時代に勉強したくないと云うことで、科目によっては一番難しいクラスの希望者が少なく、今年はそのクラスは開講しません。と云うようなことも起こります。

 そんな訳で、同じ高校に通う生徒でも最低限の共通単位科目を除いては、生徒本人の興味、能力、進学などを考慮して、自分で全く違った科目が選択でき、その単位を得て卒業出来ると云うのが特徴です。
 
 率直な話、生徒全員が同じ教科に対して同様の興味を持つわけでもないし、理解度も個人によって大きな差がある訳で、本人が興味を持てる教科を中心に履修することで卒業が出来ると云うのはアメリカの教育システムの良い点であると思います。残念ながらアメリカの教育の平均レベルは世界の先進国では下から数えた方は早い筈ですが、逆に出来る生徒のレベルは日本の生徒などより、はるかに高いような気がしますし、その生徒たちがアメリカの大学における高等教育の質を支えているように思います。日米の技術者の評価で話題になる話ですが、概して日本人の技術者はほとんどBクラス、一方アメリカ人の技術者はAクラスとCクラスの2つがいると云う訳です。教育機会は全員に与えることは無論であるけれど、皆が同じ内容を勉強する必要はないと云うのがアメリカの義務教育システムのように感じています。
 
それでは!
 
岩間@サンノゼ