5月2日朝、2度目の胃カメラ診断で「食道潰瘍」との病名を貰った。診断を下した先生は胃の模型を手に「ちょうどこの胃腸の入口付近に潰瘍が発生してます」と撮影した潰瘍の様子を見せながら、場所を指で指し示した。「今日から薬を変えて見ます」。先生の病気を治したいとする真剣な声も、言葉もこちらは多分、うつろな表情、うつろな目で聞いたに過ぎない。それはショックを受けたからではない。じたばたしてもしょうがないという達観でもない。ただ病気のことはお医者さんに任せるしかないというあきらめが強いからである。それよりもこれでしばらくはお酒も飲めないのかと、それを心配する情けない自分なのである。
とにかく2回目の診察を終えた後も食欲は余りなかった。しかし、せめて何かお腹に詰め込んで処方された薬を飲まなければなるまいと午前10時ごろ、妻のいる県仙北地方総合庁舎に走って病状を報告すると同時に庁舎別館にある食堂に行ってうどんを注文した。いつもなら天ぷらとか卵を入れてもらうのだが、胃への負担を考え何も入らない「かけうどん」の注文だった。わずか250円。それが結構、おいしい。淡白で上品な味だったのである。それを食べてから自宅に帰って、こちら編集室を仕上げ、アップした。
午後1時を過ぎていた。午前中に食べたうどんが余りにも美味しかったためか、2度目の食後の薬の服用にも同じうどんを食べようと向かったら品切れ。仕方なく市役所近くの食堂に行って「うどんをお願いしたいのですが、胃腸の具合が悪いため少し柔らかめにしてもらえませんか」と頼んだ。ここのお店のうどんも美味しい。大来軒である。
食後も何をする気にもなれず図書館に行ったり、ケンニチがお世話になっている松戸市コンピューターサービスに顔を出した。中に入ると同時にケンニチのスタート当時からお世話になっており、今は東京に派遣されている佐々木徹さんがいて、既にケンニチのこち編「おかゆ」を読んだらしく、「伊藤さん。どうしたんですか。吐血したというのにこんな所をブラブラして」と驚いた表情で迎えた。佐々木さんとはパソコンを購入以来の付き合いであり、好人物である。迷惑だったろうが、夕方まで同社で過ごさせてもらった。
そして妻を迎えに行き、夕食の買い物に同行した。買い物先は前日と同じスーパーだった。前の晩はスーパーに入って食べ物の匂いや果物、魚などを目にしただけで胸がいっぱいになり、吐き気をしたものだった。「だめだ。もう果物を見ただけでもムカムカしてくる」。悲鳴をあげた。「あなた。相当、胃の具合が悪いのよ」。妻の怒りとも心配ともつかぬ声が耳に響いた。それからわずか1日過ぎただけで気分はまるで違っていた。スーパーに入ると同時に「メロン、バナナ、ミカン。何でもいい。果物を食べたい」。妻に注文した。「じゃあ、いま口にしたものみんな買っていくわね」。幾分、食欲が回復した自分に妻もホッとしたのだろう。いそいそと果物類を買い物籠に詰め込んだ。
夕食はそれらメロン、バナナを切ってもらい、夕べに続いておかゆと味噌、そしてこの日買い物した豆腐と白魚の味噌煮となった。そして食卓に付こうとしたら玄関のブザーが鳴った。松戸市コンピューターの方だった。「お見舞いです」と果物のセットを置いて行く。嬉しい。松戸市コンピューターの皆さんも自分の体を心配し、お金を出し合って果物を買って下さったらしい。このような温かい会社の支えもあってケンニチは継続できた。その友情に感謝したい。
それにしても食卓に上がった豆腐を見たらどうしても一杯、やりたくなった。「ほんの少しだけ」。妻のお小言を無視してお酒を一本、自分でお燗した。
メロン、バナナを口にし、お酒を喉に入れた。気のせいか、あるいは2日続けて胃カメラを飲んだせいか、はたまた食道潰瘍と言う病気のせいか、メロン、バナナとも飲み込むと同時に喉の奥に違和感を覚える。異物を飲み込んだような抵抗がある。お酒を口にしたがこれもなぜか苦い。それでも燗した1本だけは空け、おかゆに味噌を入れ、豆腐と白魚の味噌煮で夕食を済ました。おかゆだけは何の抵抗もなくスーとのどごしを気分よく通っていく。おかゆを食べながら、子どものころお腹を壊しては母が煮てくれたあの味を思い出していた。あの優しい味を思い出していた。
NHKテレビでは「ためしてガッテン」で糖尿病の怖さが放映されていたが、観る気にならず、読者から送られてきた小説「ヒッサリックの丘 父から娘へ、描き残した復習のシナリオ」に目を通す。ケンニチの「読者のお便り」でも紹介している保坂米蔵さんの著作で、東京都文京区の「文芸社」からの処女出版だというが、結構、読ませる。早稲田大学理工学部を卒業後、情報システム部門を専門とする会社勤め30年を経て執筆した小説だ。まだ読みかけ途中だが、大手家電メーカーの情報システム部門から場違いの出版社への転向を命じられる団塊世代のサラリーマンの悲哀を描いた小説である。インターネットやLANと言った言葉が次々と飛び出し、本紙「アメリカ暮らし」でお馴染みの岩間さんの住んでいるサンノゼも舞台に登場するなど中々、興味津々の小説だ。ケンニチを通じて少しでも読者の方が関心を寄せて下されば幸いだ。
途中の午後9時15分、NHKの「その時歴史が動いた」が始まる。太平洋戦争末期、絶対沈まないと言われた巨大戦艦「大和」が沖縄の戦場を目指して特攻攻撃に行き、目的も果たせぬまま米軍の戦闘機攻撃によって沈没、3000人以上もの将兵が海の藻屑となって消えた悲劇を描いたものだった。観ていて戦争の無意味さ、人間の命の消耗、物資の消耗戦に悲しみと言うより、腹立たしささえ覚えた。戦艦「大和」に関してはその実際の乗員だった海軍少尉・吉田満氏の「戦艦大和ノ最後」(北洋社)の名著がある。
テレビを見終わって寝室へ入る。ベッドに横になって再び「ヒッサリックの丘」に目を通す。目が冴えて眠れない。午前0時近く、やっと本を手放し眠る。いつもなら酒の酔いも手伝ってとうに眠っている時間帯だ。しかし、横になっても仰向けになっても眠れず、小さな座布団を抱きかかえて横になって眠る努力をする。輾転反側を繰り返す。間もなく寝入った。
夢を見た。車の運転免許証を取って以来、憧れのまとだったドイツのスポーツカー「ポルシェ」を購入したのだ。契約先のセールスマンがその車をトラックに乗せて我が家に運んできていた。4人がかりでトラックの荷台から下ろしたポルシェはシルバーだったり、ホワイトだったりした。「はい。これが値段です。1150万円です」。セールスマンが車の値段を口にしながら、価格表を自分に手渡す。その価格表を見たらまるで洋品店の背広にぶら下がっている値段表のような短冊形をした小さな紙切れだった。それを手に値段を確認しようとしたが中々、価格が読めない。やっと目にしたら「 1950万円」と書かれてあった。セールスマンの言う1150万円よりも800万円も高い。
その値段を見て夢の中の自分はあわてている。「どうしよう。1150万円なら買えると思って注文したのに。オーイ」。妻を呼ぶ声でまどろみの世界から目覚めた。それからまたしばらく輾転反側を繰り返し、眠ったり目覚めたりしているうちに長い夜も終え、朝が来ていた。手のひらがグッショリと濡れていた。目覚めてから「なぜあんな詰まらない夢なんか見たのだろう」。不思議に思った。夢の中では自分の車を下取りにすれば5〜600万円の支払いでいいような計算をしていた。「そのくらいの車なら買えるだろう・・・」。随分、景気のいいケンニチになっていた。夢を思い返して思わず一人、眠りながら笑ってしまった。
病気が心を弱め、その弱った心が何か途方もない夢を追って新たな希望を求めようとしているのだろうか。そのうち再び寝入ってしまい、夢の続きを見ていた。今度はポルシェを前に「なあーに。2000万円近くしたって何とかなるさ」。妻を呼んで「ほら、運転席だって、助手席だってこんなに豪華だろう。スピードメーターを見てご覧。300キロまで付いてるよ」。ハンドルを握りながら、すっかり買う気になっている自分の姿があった。妻の姿はどこにも見えず、夢の中では自分だけがはしゃいでいた。目覚めたら虚しさだけが残っていた。
5月3日。そしていつものような朝が始まり、いつものような平凡な我が家の一日が始まった。胃の調子も別に不快感はない。食前に飲むドロドロした液体の薬を飲み、それから犬を連れて散歩し、パンで軽く朝食を済ませた。間もなくケンニチのスポンサーでもある鹿角市の株式会社「アップル」から「読者キャンペーンに使って欲しい」と同社が発行している写真集「桃源郷 玉川−七彩の妙−」と「花輪ばやし紀行」がまとめて5冊ずつ届いた。どちらも素晴らしい写真集だった。ケンニチは50万ヒットを記念にこの2種類の写真集とあんだんてさんの箸置きセット、そして秋田清酒の「やまとしずく」の3点セットで読者にプレゼントしたいと企画している。それにしてもアップル社の社長・石木田一彦さんは、これまでのメールの交換や今回の写真集の寄贈などからしても気概の大きな方だと察するばかりである。
ケンニチには秋田清酒さん、あんだんてさん、株式会社「アップル」だけでなく、大曲市角間川町の「大同衣料株式会社」、そして今月からは大曲市の「卸合衆国」さんも新しいスポンサーとして名を連ねた。大同衣料さんからは背広のオーダーで、卸合衆国さんからは「海の深層水」でお世話になっている。改めて感謝を述べたい。
5月4日。快適な朝を迎える。夕べも夕食前に少しだけお酒を飲んだが、かみさんの不機嫌な顔を前にしては酒は美味しいはずがなく、途中で止めた。眠れず参った。それでもいつの間にかぐっすりと寝入っているからまだ健康体と言えるだろう。
午前7時、ベッドから起き上がり、口をすすいだ後、食前に飲むドロドロした飲み薬を飲む。アキを起こし、朝食を与えてから散歩へと出かける。気がかりだった胃の不快感はすっかり消え、体調もいい。アキの朝食の間、デジタルカメラを手に玄関のモミジの新緑を撮影。その足でアキと共に近くの親水公園へと散歩に出かける。野に咲くタンポポの黄色が目に染みる。その花を撮影しながら快適な春を満喫する。雲一つない5月の空がまぶしい。トンビが気持ち良さそうに輪を描いている。ゴルフ場からジュニア大会の取材要請があり、出かけることにした。健康だったら今ごろは東京の空の下だったのにとフト残念な思いもするが、こうしたノンビリと過ごす日もいいなと思う。
ケンニチの「読者の広場」へ書き込まれた読者からの励ましの言葉が嬉しい。優しい人たちに恵まれた幸せを味わっている。ありがとう。
国体予選も兼ねたゴルフジュニア大会取材の後、横手市の「秋田ふるさと村」へ向かい「世界の犬、猫展」を見学する。その前に同市のそば屋「水車」に寄り好物のざるそばを食べる。良く噛んで食べたが前日まであった食べ物を飲み込む時の違和感がなくなり、ホッとする。「世界の犬、猫展」はどんな犬、どんな猫がいるかその実物を見たいと思っただけだが、狭いケージに閉じ込められた犬や猫の姿を見ているとある意味で哀れで仕方なかった。やはり犬や猫は家庭で飼われ家族の愛情を一心に受けて自由に暮らしてこそ幸せであろう。見知らぬ大勢の人の目にさらされて落ち着かぬ姿を見ているのがやり切れなかった。 ともあれやっと人並みの連休の一日を過ごしたような午後だった。(5月4日午後6時)