ケンニチ読者の皆さんは、「ゆでガエルの寓話」をご存知だろうか。「カエルは最初、生暖かい水の中で暮らしているとその環境にな慣れてしまい、水の温度を徐々に上げていっても気づかないで過ごしてしまう。ある日気づいたときにはすでに温度が上がりすぎて、もはや身動きが取れなくなってしまう」という話である。今私たちが置かれている状況は、この話によく似ている。非常に便利な環境をすでに享受し、更なる利便性を求めてやまない生活を戦後一貫して追い続けてきた。しかし、特に’バブル経済’崩壊後深刻な不況が続くとともに、芳しくない情報が頻繁に流されるようになって私たちの暮らす環境が何かおかしいと、ふと我に返って周りを見てみると、状況がかなり悪化していることに愕然とするはずである。今のような生活を、いつまで続けられるのだろう。ホモサピエンスという自然界のちっぽけな一部でしかない種が、55億年かけて蓄積してきた地球資源の相当量を、過去100年足らずでだいぶ使い込んでしまった。化石系の燃料は、一説では今世紀の半ばまでにはほとんど枯渇してしまうという。しかも、その燃焼時に発生する二酸化炭素は、地球環境にじわじわとダメージを与えているのである。それを吸収する森林も次々と消えている。誰の目から見ても、もはや「快楽追求社会」が終焉を迎えているのは明かであろう。
そもそも国が借金をして社会財を作っていくという考え方の根拠になるのが、「今の世代だけでなく、将来その利益を受けるであろう世代も含めて広く世代間に渡ってコストを負担すべき」という‘哲学’である。しかしこの考え方に基づいて借りまくった結果は、ご存知の通り「666兆円」(※注1)という天文学的数字の借金である。「いまはまず借りて返すのはあとでOK!」というサラ金さながらの行動パターンを、国と自治体が率先してやったのであった。他に何も借金をしなかったとしても、利息だけで、年間数十兆円分も膨らむ構造になっている。経済が右肩上がりのときは説得力があったこの‘理論’も、少子高齢化、経済のグローバル化、環境保全思想の影響で「経済成長神話」に疑問が投げかけられるようになった今では、急速に力を失っているだけでなく、将来の世代に重い足かせをはめてしまっている。
さて、本稿を推敲している最中、小泉内閣が発足した。自らを「構造改革内閣」と位置付け、国民に対して「痛みを伴うから覚悟してくれ」と説明している。全国の自民党員から圧倒的な支持を受け、各種世論でも80%を越える支持率を背景とした強気の戦略とも見て取れるが、裏を返せば日本の「ゆでガエル状態」がすでに限界に達し、派閥の論理でしか政治が出来なかった自民党的体質では危機を脱することが出来ないことの証明でもあった。総理大臣・小泉純一郎は「小泉内閣が出来たこと自体が政権交代と同じこと」などと大見得を切ったが、派閥優先・利権誘導政治に明け暮れた自民党が総スカンを食って、その内部で少しばかり毛色の変わった主張をする小泉・田中真紀子ラインに政権を任せたというのが、実態であろう。
それではいったいどんな「痛み」が予想されるだろうか。財政再建で避けられないのは、公共事業の見直しと抑制であるが、ゼネコンとそれにつながる下請け土建業者の淘汰は必至である。不良債権の抜本的処理の過程で、また銀行、金融機関がいくつか退場を余儀なくされるかもしれない。農林漁業分野でも、市場開放の圧力に断えずさらされ続ける。デフレ傾向の中で体力のない流通業者は、大手でさえ消え去る運命にある。街場の商店街の’シャッターストリート化’にも拍車がかかるであろう。構造改革には避けられない一つの過程として「痛み」が伴うとはいえ、倒産と失業者の増大、地方経済への打撃が十分に予想される。
年金は特に40歳代から下の世代は、もはや掛けた分すらもらえなくなる可能性があるため、保険料率も見直しは避けられないだろう。その資金運用もアメリカの制度(通称401kと呼ばれている)にならって、負担者が自ら決めていくというスタイルがとられる。健康保険でも、患者負担率の引き上げは今後も検討されるであろうし、医療費に上限を定める「キャップ制度」も、近々導入される可能性が高い。介護保険制度はまだスタートして日が浅いため、どれほどのマーケットがあるのかまだ見定められないが、医療保険制度の歴史を参考にした場合、公的負担と自己負担の割合が今のまま長く続くとは断言できない。こうしてみた場合、福祉保健分野では原則として「自助努力」「自己責任」が求められることがわかる。そのとき消費者には、民間の保険会社が提供するさまざまな商品群から、自分のライフスタイルや収入に合った商品を選ぶという行動パターンが生れてくると思われる。
廃棄家電品の一部引き取り有料化に見られるようにゴミ処理は原則有料化され、今後も随時対象品目が拡大されるのは間違いない。環境負荷の高い製品(ディーゼル自動車など)に対する環境税の導入も、すでに検討課題に入っている。しかもそれは国よりも地方自治体が熱心に取り組んでいる。東京都知事・石原慎太郎がディーゼル車追放に熱意を燃やしているのに比べ、国土交通省がメーカーに配慮して規制を先延ばしにしている姿とが実に対照的である。逆に環境負荷の低い商品(ソーラーシステムなど)は優遇されるから、その分野が活性化される。
そして消費税率の見直しは、ここ3年以内に必ず政治課題に上るであろう。消費税を導入したときの首相・竹下登(故人)は、「小さく生んで大きく育てるのが消費税」とコメントしたが、まさしく「予言」通りに大人に成長しようとしている。今は否定しているようだが、小泉内閣の主張する「痛みを伴う改革」の中に消費税引き上げも加わってくるはずである。
制定後50余年を経過した憲法改定も、政治課題に上ってくるであろう。小泉内閣はすでに「首相公選制」の検討を公然といい始めているし、自衛隊の憲法上での明確な位置付け、すなわち9条の改定問題もタブーではなくなりつつある。そして憲法制定当時には想定されていなかった「国際貢献」活動、集団自衛権問題、迅速かつ抜本的改革が迫られている司法制度…「生れたときから有った憲法」という意識から脱却し、市民一人一人の判断と責任においてこれら国家の基本を見直すきっかけになるのであれば、それは真の民主主義社会への一歩ととらえるべきなのかもしれない。
※ 注1 前稿では「645兆円」と記したが、その後「666兆円」との試算及び報道が一般的となったので、こちらの数字を採用する
酒井隼男氏略歴=1958年岩手県出身。岩手県のローカル紙やタクシー業界紙の記者を経て、現在、旅行代理店に勤務しながらフリーランス活動。