こちら編集室「アカシアの花」(6月1日)

 朝夕、柴犬のアキを連れて歩く横手川の堤防は雑草が伸びきって、うっとうしいばかりだが、その雑草の群れの中でマーガレットの白い花が咲きだしたのを見ると、掃き溜めに鶴と言っては懸命に背伸びする雑草に失礼だが、少女たちが広い野原で輪になって踊り、微笑んでいるようにさえ想える。不思議なものだ。草の緑と白い花のマーガレット。その取り合わせがとても不釣り合いなのにこんなにも似合うとは・・・。マーガレットの可憐な白さが雑草のうっとうしさを忘れさせ、温もりのある喜びを運んでくる。堤防を歩いていてもう一つ目を楽しませてくれるのがアカシアの花である。淡い乳白色の房状の花で華やかさはないが、甘い香りを周囲に放散させている。31日は雨の朝だったが、雨に濡れたアカシアの花はためらいがちで、内気な大人の女性をイメージさせる。このごろ季節の移ろい、自然の時々刻々とした変化を観察するのが楽しい。

 「アカシアの雨」を歌ったのは西田佐知子だった。悲しいほど澄みきった美しい声で恋の傷みを歌ったものだった。中学生か高校生のころだったが、この人の悲しみと憂いを含んだ瞳、清楚で寂しそうな笑顔は好きだった。同じアカシアの花を歌詞に採り入れたものでは石原裕次郎の「赤いハンカチ」と言う歌もあった。
 
 雑草の中に咲くマーガレットアカシアの花の下で あの娘(こ)がそっと 瞼(まぶた)を拭(ふ)いた
 赤いハンカチよ 怨みに濡れた 目がしらに それでも泪(なみだ)は 
 こぼれて落ちた

 高校生のころ、この歌が好きで何度も何度も諳(そらん)じるまで口ずさんだものだった。50代に入った今はもう記憶が覚束ないので図書館に走って歌詞を調べた。裕次郎主演で同じ題名の映画があった。確か、浅丘ルリ子と競演だったと思う。どんなストーリーだったかは忘却の彼方だが、自転車に乗った浅丘と石原裕次郎との出会いのシーンだけがなぜかぼんやりと浮かんでくる。裕次郎のふてくされた様な表情、浅丘の悲しみを秘めた美しい顔が記憶に残っている。石原裕次郎と小林旭、そして高倉健。中学生から高校生にかけて憧れたスターだった。彼らが銀幕の中で悪漢と闘うシーンを見ては拳を握りしめ、心の中で拍手喝采を送ったものだった。映画を見終わってからしばらくは自分もその主人公になったような気分で、大げさな言葉を借りればヤカンの水でも沸かすようなボッとした熱い心で家路に着いたものだった。
 
 北国の 春も逝(ゆ)く日 俺たちだけが しょんぼり見てた 遠い浮雲よ
 死ぬ気になれば ふたりとも 霞の彼方に 行かれたものを

  裕次郎の渋く、甘い低音の歌声にどんなにしびれたものか。あの格好の良さにどんなに憧れたものか。「死ぬ気になれば ふたりとも」と言う歌詞にどんなに心熱くさせたものか。あんな裕次郎のような男に、あんな映画の主人公のような生きざまをしてみたいと高校時代は血をたぎらせたものだった。しかし、どんなに背伸びをしても、どんなに夢を追っても、田舎の高校生が追い求めることが出来たのはただ、銀幕の世界だけであって、現実は退屈で浅丘のような美人とのドラマチックな出会いもなく、平々凡々とした毎日だった。

 憧れて入学した工業高校の機械科だったが、実習の時間に工場で大きなハンマーを握って鍛冶屋の真似事をするようになってからは学ぶことに幻滅を覚え、授業をさぼる日が多かった。授業中、同じクラスの悪友に「3時間目からの英語は文法だし面白くない。それに応用力学もさっぱり分からん。さぼろう」。そんなこと書いたメモを回し、相づちを求めた。「オーケー」。悪友は後ろを振り向き、ニンマリと笑顔をこぼしたものだった。そして授業と授業の合間の10分間の休憩時間を狙って校外に飛び出し、自転車で山を目指したものだった。

 さぼりのグループはいつも3人から5人だった。水道山と呼ばれ、今も大曲市の水源地になっている西山の一角が当時の悪ガキどものさぼりの場だった。弁当を持参し、山の中でカッコウの声を聞きながら草原に寝そべって、芽生え始めた新緑の美しさの下でまどろんだものだった。

 さぼりグループの中には頭のいい学生もいて「俺は『無明』という言葉が好きなんだ」と哲学的な問答を言い出すやつもいた。そう言えばお坊さんのような感情のない無表情な同級生だったが、心の底の奥深さを持った仲間だった。あの当時の工業高校はほとんど男子だけで、女子生徒の顔は見ることもなかった。女子高と言えばだから憧れの的で、あの当時の大曲市では今の県立大曲高校がその代表格だった。男女共学の高校だったが、女子校からスタートしただけに男女の比率は圧倒的に女性が多かった。

 同級生の中にはその大曲高校の女子生徒を友だちに持つ仲間も居て、そうした生徒は我々にとって羨望の的だった。山の中での女の子の話題と言えば、たかが手を握ったとか、小指を絡ませたとかその程度だったが、青臭い当時の悪ガキどもにとってはそうした体験を持ったやつがそばにいると言うだけで大事件だった。「ほんとかよ!。あいつと手を握ったのか。ちきしょー。いいなー」。弁当を平らげながら同級生の一人はさも残念がり、その女子生徒の顔も知らないこちらは漫画で見た美少女を想像しながら、心穏やかでなかった。

 そうした雰囲気でありながら、「俺は『無明』と言う言葉が好きなんだ」と言い出した哲学者は我々の車座になってのお喋りの中に入るわけでもなく、山の斜面に寝ころんで黙って青空を見つめているだけだった。口に楊枝(ようじ)ならぬ青草の芯をくわえて寝ころんだ姿は、テレビドラマで人気を呼んだ「木枯らし紋次郎」のようなニヒルで、それでいて西郷隆盛のようなどっしりと大人びて落ち着いたムードを持っていた。「こいつは俺とは違ったモノを心に持っている」とその姿を横目で見ては敗北感と同時に尊敬の念を抱いたものだった。

 タバコもその山の中でさぼるうちに覚えてしまった。だれかがおもむろにポケットからタバコを取り出し、「おい。吸わないか」と口火を切った。当時もまあ今もそうだが高校生の喫煙はご法度で、それが教職員に知れ渡ると停学という重罪だった。タバコの味を覚えたのは学校をさぼることの楽しさ、スリルが身についた2年生のころだったと思う。一人がその禁断の果実ではないが禁断のタバコに手を出すと、負けてはいられないと自分も手を出し、煙を吸った。初めての喫煙は頭をクラクラさせ、大地がグルグルと回る思いをさせたものだった。特別にうまいとか、味わいのあるものだとは思わなかったが、人並みなワルの世界に踏み込んだことに満足したものだった。

 いまから思うとバカなことをしてしまったと青春時代の冒険が疎ましい。タバコを吸う人間はもう肩身が狭い思いをするだけなのである。なのに止めようにも止められない悪弊に悩んでいるこのごろだ。とにかく山の中で食べる弁当の味の格別さとタバコの味が学校をさぼることで得た本当に詰まらない青春の収穫だった。学校の授業は午後からもあり、山で昼を過ごすと再び高校を目指して自転車を踏んだ。さぼったらそのまま自宅に帰ればいいものをなぜか午後からの授業に国語とか古典、あるいは倫理社会があると興味が引かれ、学びたいと意欲が沸いたものだった。

 高校に入って喜びと思えたのは倫理社会の時間にソクラテスやプラトン、カント、サルトルなど未知の世界の哲学者たちの言葉に接する喜びだった。孔子や孟子ら中国の思想家の言葉に接する喜びだった。「惻隠(そくいん)の心(情)を持て、惻隠の心無きは人に非ず。羞恥の心無きは人に非ず」などの言葉に出会うと高校生ながらも背筋がゾクゾクとしたものだった。

 国語の時間で川端康成の「伊豆の踊り子」や太宰治の「富嶽百景」、芥川龍之介の「羅生門」などの小説、高村光太郎の「智恵子抄」などの詩に出会い、教師がそれを陶酔したような声で朗読し、解説すると嬉しくて全身が泡立つような興奮を覚えたものだった。紫式部の源氏物語や清少納言の枕草子など古典文学に触れるのも鮮烈な印象だった。そうした国語や倫理社会、古典を学ぶほど実習工場でハンマーを持って真っ赤に溶解した鉄を叩いたり、鋳物を作ったり、旋盤に向かっている時間がもったいなくて仕方なかった。普通高校に転入してもっと文学を学びたいと思いながらも、惰性のまま高校はいつの間にか卒業の季節を迎えていた。

 その高校時代、恋にも目覚めた。高校の仲間と自転車で大森町まで花見に行って出会った平鹿郡の女子高生と話す切っ掛けが生まれ、手紙のやりとりをした。一学年上の女子高生だった。文通が始まって間もなくその人からは写真館で撮影した美しい上半身の写真が送られてきた。その美しさに自分は燃え上がり、夢中になってしまった。余りに好きになってしまったため、相手は困ったことだろうし、戸惑ったようだ。一度だけバスに乗って二人でデートしたが、夢中なこちらは口さえろくに利けず無言で会って無言で別れてしまった。だが、気持ちは通じたろうと一方通行の愛をささげたが、戻ってきた返事は「これからは単なるお友だちでいましょうね」とそれこそ優等生の見本のような愛のかけらも、恋のシッポも見いだせない手紙だった。高校時代に味わった恋の味は酸っぱく、悲しいものだった。

 それこそ映画「ふうてんの寅さん」のように失恋の痛手に落ち込み、毎日、ウンウン唸るほど七転八倒の日々が続いた。夏目漱石の「こころ」を読み、太宰治の「人間失格」を読み、土井晩翆の「荒城の月」を歌い、生きることの意義を見いだそうとしたし、生きることを投げ出したいとさえ思った。深い悲しみに浸ったものだった。しかし、いつの間にか時間がその痛手を優しく包み込み、恋に傷つくことは一つの成長なんだと随分、時間が経ってから目覚めた。そして諦めることを知った。

 アカシアの 花も散って あの娘はどこか 俤(おもかげ)匂う
 赤いハンカチよ 背広の胸に この俺の こころに遺(のこ)るよ
 切ない影が

 アカシアの花石原裕次郎の「赤いハンカチ」は高校時代の寂しい日々を勇気づけた歌だった。堤防沿いに成長したアカシアの木々。どこか寂しげなアカシアの花を眺め、手にしたコウモリを打つ雨の音を聞きながら歩いた。アキは小さな背を雨に濡らして歩いた。
 
 アカシアの花が咲くころだった。

 君が送ってきた手紙を心踊らせて開いた。

 さようならという文字だけが目に飛び込んだ。

 ほかにもいっぱい文字があったけど、「さようなら」の言葉しか目に入らなかった。

 その細く美しい文字がどんなに残酷に自分の心を引き裂いたか。

 君が好きで好きでたまらなかった。

 女の人を好きになると言うことがこんなにも辛く、劇的なほど悲しいものだ
 ということは知らなかった。

 でも好きになっても、好きだからと君の心を求めても、それは身勝手なことだ
 ということも知っていた。

 二人で求められる幸せは見いだせなかった。

 二人で紡ぎあえる糸は見いだせなかった。

 救いも見いだせなかった。

 あの当時の二人には愛を語っても、恋を語っても、
 世間という大人たちの知恵の前には敗北だけが見え、夢もなかった。

 在ったのはいつかは書かなければならない「さようなら」の言葉しかなかった。

 その勇気を奮い起こせなかったのは自分だった。

 その勇気を奮い起こしたのは君だった。

 アカシアの花は今年も寂しく咲いている。君のおもかげを残して・・・。