こちら編集室「新しい音楽との出会い」(01・6・29)

 ゆったりとしたテンポで、心がいやされるような、とても素敵な音楽だった。パソコンを操作しながらMさんはその音楽をいかにも気持ち良さそうに聴いていた。「いいねー。今のその曲。なんと言うの?」とこちらは訪ねた。Mさんはさりげなく「ああ、これ。S.E.N.S(センス)だよ。結構、有名なんだ。今、流行ってるでしょう。いやし系の音楽と言うことで」と答えた。いやし系か。特段、心のいやしを求めているわけではないが、そのCDの新鮮な音色を聴いていてどうしても欲しくなってお店を訪ねた。膨大な量で並ぶ棚の中からその「S.E.N.S」を探し求めたが、見つけれない。店員を呼んで探してもらった。うす水色のカバーに「透明な音楽 S.E.N.S.」とあった。買い求めたそのCDが今、自宅で静かに流れている。なんと言うか。聴いているだけで風や波の音の世界に浸れる。ピアノがいい。そして女性合唱団による静かなハミングもいい。不思議なゆったりとした気分にさせる音の世界だ。

 このところこうした静かで心落ち着かせる音楽に少し凝っている。先日は喜多郎のCDを買い求め、その不思議な音の世界に浸った。そして今回のS.E.N.S。自宅では中々、音楽を聴くいとまはないため、CDをかけるのはもっぱら車の中だが、広い仙北郡内を取材で走り回る時はやはり音楽があると助かる。それもうきうきと心弾むようなリズムではなく、静かで心洗われるような音楽がいい。気に入っているのは「禁じられた遊び」や「ジャニー・ギター」「シュルブールの雨傘」「夜霧のしのび逢い」など映画音楽をギターで奏でるCDと、以前にもここで紹介したが川井郁子さんの「レッドバイオリン」である。川井さんの悲しいほど、と言っていい美しく情熱的なバイオリンの調べは今も飽きることなく、取材で一人走る時は繰り返し繰り返し、車内で聴いている。川井さんのその後の新作が出てないかと期待して、何度かCD店に足を運んだがまだ手にしてはいない。

 県立農業科学館のバラ園でそれにしても映画音楽では高校生のころから随分、感動させられ、慰められもした。買い求めるレコードはもっぱらクラシックが多かったが、映画音楽特集も欠かせなかった。特に「ジャニー・ギター」や「禁じられた遊び」「シュルブールの雨傘」、そして「鉄道員」「ブーベの恋人」「太陽がいっぱい」「ある愛の詩」「ひまわり」などは今でも映画のあの名シーンが浮かんでくる。ジャニー・ギターは西部劇で「大砂塵」と言う映画だった。これは映画館で見たのではなく、テレビで見たのものだった。もうストーリーはほとんど記憶にないが、あくの強い中年女性を主人公にした殺伐とした舞台のドラマだったような気がする。高校を卒業してからギターを買い求め、練習したのがこの「ジャニー・ギター」と「禁じられた遊び」「ブーベの恋人」だった。ジャニー・ギターを歌ったペギー・リーの哀調のこもった歌声は、今も微かに記憶の底に残っている。

 シュルブールの雨傘では冒頭のシーンがとても印象的だった。雨傘を差して路上を歩く人たちをカメラが真上から捉えた映像で、何ともいえぬロマンチックで美しい雨のシーンだった。鉄道員のあの子供の叫び、工場のサイレンの音など効果音を使ったサントラ盤は何度聴いたことだろう。「ある愛の詩」の確か「モーツアルトが好き、ベートーベンが好き、そしてあなたが好き」といったアリ・マッグロー(?)のあの大きな瞳の美しさは今も忘れられない。雪で真っ白になったニューヨークの公園で、若い二人が戯れたあの美しいシーンも印象に残っている。ロシアのウクライナ地方で撮影したと言う広大なひまわり畑の映像に美しい音楽が重なった「ひまわり」も息苦しくなるような感動を覚えたものだった。

 映画ではとうとうお目にかかれなかったが「夜霧のしのび逢い」も何とも言えぬギターの調べが良くて好きだった。それにこの映画の題名がいい。男と女が夜霧の中でしのび逢う。どんなストーリーなのかは分からないが、この「しのび逢い」と言う言葉に強く憧れたものだった。ギターは確かクロード・チアリではなかったろうか。そう言えば石原裕次郎の歌にも「しのび会う恋を つつむ夜霧よー 知っているのかー 二人の仲をー 晴れて会える その日まで 隠しておくれ 夜霧ー 夜霧ー」と夜霧の中でしのび逢う恋の歌があった。都会ではその夜霧さえももう見られなくなったといつだったか新聞で報じられたことがあった。夜霧の中の恋。もう映画でも見られなくなるかもしれない。

 ともかく映画音楽に引かれて買い求めたギターは基本が出来てなかったため、覚えるまでにかなり苦労した。しかも楽譜さえ読めなかったため、中学校時代の教科書を取り出して独学で、一からのやり直しだった。それでも指にタコができるほど毎日毎日の練習の繰り返しで「ジャニー・ギター」も「禁じられた遊び」も「ブーベの恋人」も一通りは音符通りに弾けるまで上達したが「夜霧のしのび逢い」だけはとうとう弾けなかった。それでも月の光りを受けながら、裏の畑に出てギターを爪弾き「ジャニー・ギター」を歌った事もあった。続けておけば良かったものを、これ以上は上達しまいと諦め、床の間の飾り物にしたらいつの間にか指も動かなくなっていた。少し横道に逸れたが、とにかく音楽はいつでも心をいやし、ささくれだった心を洗い流してくれる。「透明な音楽 S.E.N.S.」。新しい出会いがまた始まった。しばらくはこの音楽に浸り、題名通りの透明な曲の流れに身を委ねたい。

 音楽と言えば小学生の時も中学に入ってからも人前で歌うのは苦手で、困ったものだった。音程がからっきしだめなのである。なのに流行歌となると上手なわけではないが、自然と音程に乗って歌えたから不思議だ。そうさせたのは多分、我が家の裏手の川を一つ越えた向こうに映画館があり、そこで毎日毎日、流していた流行歌のせいだとあの当時も、今も思っている。小林旭のギターを抱えた「渡り鳥」シリーズや石原裕次郎の「夜霧のブルース」などを小学生のころから聞かされた自分は自然にそうした歌の音程が頭にこびりついてしまい、小学校唱歌さえも自分が歌い出すと演歌で言う“こぶし”を利かせてしまった。

 だから先生に「ハイ。次は伊藤君、歌いなさい」と指名されると赤面の態で、音程がまるで狂ったような調子となり、挙げ句に声が伸びきってしまい、歌えないままピアノの前に立ちすくんでしまったものだ。歌えないから音楽が嫌いになり、歌いたくないからその先生までも嫌いになってしまった。だから高校入試での音楽は多分、零点ではなかったろうか。楽譜も読めないし、記号だってろくに分からない。入試に臨む時は覚悟した。音楽はからっきしだめだから、他の科目で稼ごうと。それがまあ無事に合格したから、綱渡りのような試みだったが、とにかく高校入学を祈っていた父も母も合格通知が届いた時はホッとしたことだろう。

 その音楽嫌いの自分が高校に入ってから、なぜかクラシック音楽が好きになり、レコードに懲り出したから人生は分からない。当時はビートルズの全盛期だった。そしてベンチャーズも大流行していた。ビートルズの歌も、ベンチャーズのエレキギターの演奏も嫌いではなかったが、お金を出してまで聞こうとは思わなかった。多分、当時の小遣いで買えるLPレコードは月1枚かそこらだったから、買ってもすぐに飽きるような音楽は避けるためにクラシックにのめり込んだのかもしれない。それが貧しい高校生の合理的な判断だったろう。

 とにかく1曲聴いているだけで40分から60分もの時間をクラシック音楽なら過ごせる。その方が得だと損得勘定に走ったものだった。そして流行歌を聞きたい時は裏に出れば良かった。スピーカーからは小林旭の歌が流れ、石原裕次郎の歌が流れていた。春日八郎、三波春雄、島倉千代子、美空ひばり、村田英雄など数々の歌い手のレコードも流れていた。もちろん自宅に入ってテレビを付けるとそうした歌手の歌が洪水のように聴けた。とにかく裏に出て、そうした歌を聴きながら、小学校時代の秋は畑の中を走って、赤とんぼを追ったものだった。中学に入ってからはどうしたものだろう。記憶がポッカリと空いている。高校時代は映画館のスピーカーから流れる歌を聞きながら、革靴を熱心に磨いておしゃれに凝ったのを覚えている。

 クラシック音楽のレコードを買い求めて楽しかったのは作曲家の生きざまを紹介した解説文を読むことだった。ベートーベンやシューベルト、チャイコフスキー、リスト、シューマンなど音楽家の生涯を紹介し、演奏家を紹介する解説文は読んでいると時間を忘れさせたものだった。そしてレコードを聴きながら、考えたものだった。就職するならレコード屋にしようかと。レコードを買い求めるお客さんにベートーベンの「運命」なら誰それの演奏がいいとか、バッハならこの人に限るとアドバイス出来るのも楽しいのではないかと。真剣にそんなことも考えたものだったが、店員になって愛想を使える自信もなかったし、自分の好みを押しつけるような商売が成り立つはずがないとあっさりとその道もあきらめた。とにかく若いころはクラシック音楽と映画音楽に凝ったものだった。

 人間、凝っても過ぎるのは困りものだが、ある程度の趣味で凝るのは自分のためにはなると思っている。若いころ聴いたクラシック音楽で感動すると言う感性は磨かれ、ビックリするという感嘆の心も磨かれた。小説も読むことによって人生観に広がりを与える。五感を養うのは大切だと今でも思う。

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