フリーランス・ライター 酒井隼男(01・7・28)
ハンバーガーの平日半額、280円の牛丼、100円ショップの驚異的な出店、ユニクロ商法の成功、発泡酒のシュアー拡大、市内通話料が8円前後に値下げ---消費不況が深刻化するにつれてモノの価格が、下がっている。経済の専門家によれば、日本はもはやデフレスパイラルが懸念される状況になっているという。すなわち、モノの価格が下がる-生産額が増えない-賃金が上がらない-価格を下げないとモノが売れない-モノの価格が更に下がる---という悪循環に陥っているというのだ。
これを裏付けるかのように、今年1〜3月期の実質経済成長率は0.2%マイナスとなり、卸売物価指数も7ヶ月連続マイナスを記録している。失業率は依然として4.8%前後を行き来し、一世帯あたりの消費支出も前年比4.6%ダウンとなっている。(今年6月現在)政府の月例経済報告の表現が「景気は悪化しつつある」となって、もはや後退局面になっていることは否定しようのない事実になっている。そこで、モノが売れないので価格を下げるしかないと、利益率を落としてまで商売するところが増えている。あるいは、他が半額をやっているので、対抗上追随するしかないと「半額セール」に打って出ているところもある。消費者は「大歓迎!」といいたいところだが、ちょっと待て!そこには大きな落とし穴が待っている。
マクドナルドがハンバーガーの「平日半額」を打ち出す前の価格はいくらであったか、覚えている人はどれだけいるだろうか。1994年3月以前はなんと210円だったのである。それからさまざまなセットを組み合わせて実質的な値下げに動き、翌年4月には一気に「バリュー価格」と称して130円へと大胆な値下げを断行した。そのとき他の主要商品もいっせいに30〜40%の値下げに踏み切っている。そしてこれが今でも土日・祝祭日の価格になっているのだが、その後もさまざまな割引キャンペーンを実験的に展開して消費者の動向を調査、2000年2月に、ついに全国一斉「平日半額」(1個65円)という度肝を抜く作戦に打って出た。
モスバーガーやロッテリアなどの同業他社はこれを冷やかな目で見ていたが、マックが快進撃を続けるに及び、ついに半額に追随せざるを得なくなっている。しかし、時すでに遅かった観がある。2000年度のマクドナルドの売上高は4311億円と見積もられており、ハンバーガー市場は6667億円あると見られているところから、マクドナルドのシュアーは64.6%とはじき出され、他社を圧倒的に引き離して「一人勝ち」の状況になっているからだ。
一見無謀とも思える半額商法は、しかし、マクドナルドの緻密な調査と研究、周到な内部改革があったからこそ成功したといえる。塩ひとつまみまでコントロールする原価コストの徹底した絞り込み、トヨタのカンバン方式にならった極端なまでの在庫削減、無駄な数はつくらない、すなわち廃棄率ゼロへの限りなき挑戦、その結果、95年当時に比べて25%のコストを削減したという。それでも、新型機械を導入して注文から出食までのスピードアップがはかられている。
かつてマクドナルドのメニューには「スマイル」という項目があって0円だった。半分ジョークだったが、それだけサービスには自信があるという現れである。これを見てもわかるように従業員教育の徹底ぶりは、同社のカンバンの一つである。「ハンバーガー大学」まであるというから驚きだ。アルバイトを含む13万6千人の従業員にはアメリカ仕込みのマニュアルに基づく教育を徹底的に施し、能力評価制度と連動させている。これが時には機械的な接客応対と受け取られ、コントのネタにもなったりしていたのだが。
出店に際しては、立地場所のデータを徹底的に分析し、独自の診断ツールで損益分岐点をはじき出す。あのロードサイドの店も、ほとんどを工場で組み立てるユニット工法でコストダウンをはかると共に、工期を大幅に短縮した。日本マクドナルドが第1号店を銀座にオープンさせたのが、1971年のことだった。このとき銀座・三越デパートの一角に設置された店舗は、なんと48時間で仕上げられたという。その手法が今の店作りにも活かされている。ちなみに日清がカップヌードルを発売したのも、同じ年だった。日本の食文化に‘革命’が起きた年と言っても過言ではないだろう。
これまでしても、やはり社内には猛反対や懸念があったという。しかし‘カリスマ社長’藤田田(ふじたでん)には勝算があった。マクドナルドが半額にしたとたん、これまでにない人たちが来るようになったのだ。リストラや収入減に悩むサラリーマンが、昼間の店内を席巻しはじめた。なにせ400円も出せばそこそこお腹が満ちる。女性と若者以外の客層を開拓し、牛丼やそば屋、コンビニ店との「昼食戦争」に殴り込みをかけたのだ。その結果、2000年度は12億4700万個のハンバーガーを売り上げた。
これは全国民が一人10個食べた計算になる。藤田が日本にハンバーガー文化を持ち込んだとき、「コメ文化の日本でパンを食いながら街を歩くやつなんかいるのか」という声が、少なからずあったという。それが今や堂々たるファーストフードの王様だ。藤田の先見の明を誉めるしかない。
以上見てきたようにマクドナルドは、綿密な準備を施した上で半額に踏み切り、デフレ・ニッポンの成功者となっているかに見える。よくマスコミがハンバーガー店の値下げ競争を評して「体力勝負」とコメントしているが、マクドナルドに言わせれば「企業努力の結果」という答えが返ってくるだろう。確かにトップの根拠なき思いつきで始めたことでもないし、商売がたきを追い落とす過酷な「体力勝負」を仕掛けたという意識もないだろうが、結果として、企業体質が真正面から問われることになったのは間違いない。
現実には、ハンバーガー業界に限らず、体力勝負を強いられ敗れた企業が倒産して、行き場を失う勤労者がこれから先増えていくであろう。失業率はさらに増加し、先行き不安が家計支出をさらにしぼませるというデフレスパイラルが、あちこちで起きることになる。それこそ「体力勝負」と喧伝するマスコミの掘った落とし穴である。‘その先に来るもの’が、こういった報道では見えてこないのだ。
デフレ・ニッポンを代表する100円ショップ「ダイソー」やユニクロも、低価格でもきちんと利益を出せる仕組みに知恵を絞り、周到な調査と準備を怠らなかったからこそ、成功があったといえる。小泉政権が唱える構造改革は、はなばなしい「勝ち組」とひっそりと舞台を去る「負け組」をはっきりと分ける政策になることは覚えておいたほうがいい。さて、これでもあなたは「半額万歳!」と言っていられるだろうか。
参考文献;日経ビジネス(2001年6月4日号)同(7月2日号)ほうじん8月号(財団法・全国法人会総連合)