朝、玄関を出たら一匹の青ガエルが道路に面して四つんばいとなって、キョロキョロと目だけを動かしていた。ジャンプしたら確実に車の下敷きである。県道に面した我が家は朝の出勤時となると結構、車の交通量が多い。たかがカエル一匹と思ったが、されどカエルである。小さな体にも命が宿っているかと思うと、哀れであり、救ってやりたかった。 ところが子どものころなら怖いもの知らずに両手で掬(すく)えたカエルも、困ったことにこのごろは手で触れるのさえ怖い。それでも放ってはおけないと軍手をはめて青ガエルを掬って、玄関前の小さな庭を住処(すみか)として与えた。
玄関前の庭にはつくばいがあり、水がチョロチョロと流れ落ちている。日陰でもあり、苔が一面の緑をなしているだけに、カエルの住処としては充分な湿度と身を隠す緑陰もある。何も仏心が高まったわけでもない。ただ小さな命を救いたかっただけである。
日本人の美意識は平安時代の「もののあわれ」に始まり、鎌倉時代には「幽玄」を重んじ、室町時代には「わび・さび」となり、江戸時代には「粋(いき)」と変わった。しかし、時代がどう変わろうと人の心に潜む「もののあわれ」を思う気持ちは変わるまい。突然、軍手で包まれ、青苔の上に放たれたカエルが果たしてこちらの意図を察してくれたかどうかわ分からない。ただ驚いて「オイ!。何だよ何だよこれは・・・」とニョロニョロと蠢(うごめ)いて抵抗する動きだけが手に伝わってきた。
このごろ小さな生き物を目にするのが楽しい。トンボが群れを成して飛ぶ姿を見るのもいいし、堤防上を歩いていてカタツムリを見つけると思わず「オヤ。こんな所にまで遠出してきたのか」と声をかけたくなる。玄関のガラス戸に青ガエルが白い腹をさらして、へばりつくようにしてジッとしているのを見かけても「おー。頑張ってるな」と励ましたくなる。その青ガエルが翌朝になっても同じ姿でジッとしているのを見かけると、嬉しさよりもジンワリと感動が湧いてくる。四つ足を踏ん張った粋な姿と、その我慢強さには「大したもの」だと感動するのだ。
そのカエルを見ながら思った。このごろ自分の記憶力の低下と物忘れのひどさには呆れるばかりである。台所に足を運んでから「何を取りに来たのだっけ」とボウッとしたり、会社に行っても取材の予定を忘れてしまい、あわててしまうことも度々だ。極め付きは人の名前である。もう何年来もの付き合いで、名前よりも愛称で呼び会う仲なのにいざ用事があって電話しようとしたら、その人の愛称さえ思い出されずただ「ウーン」と腕組みをしてしまう。
ある時は人と話をしていても「ホラ、あの人。エーとなんと言ったけ。あれだよ。あのテレビに良く出ていたほらあれ・・・」とまさに「あれ」「あの」の連発となってしまうこともある。本を買ってきても1ページを読んではすぐにストーリーを忘れ、再び読み返すこともしばしばだ。良くしたもので同年配だと「ほら、あれ」「あの」の連発でも意は通じ「ああ。あれか」「そうそう。あれなんだ」とお互い納得するが、これが若い人相手だとキョトンとされるばかりだ。
若い人と言えば、26日から3日間、女子中学生相手の日々となった。中学校の総合学習の時間の「地域の人びとの生き方・仕事に学ぼう」と言うテーマで、生徒自身が課題を設定し、その課題追究のための体験学習をするというのである。西木村西明寺中学校の二年生の女の子二人が選んだのは「新聞社での仕事を体験したい」だった。
二人から電話での依頼を受けた時は「一日ぐらいなら」と思って軽い気持ちで引き受けることにした。ところが良く話を聞いてみたら3日間だという。これには正直言って、困った。自分の勤務している新聞社は規模も小さく、人でも足りないし、3日間も中学生を相手に過ごすわけにはいかない。電話で話す女の子は「新聞記者と言う仕事を体験したいのです」と真剣だった。「ウーン。1日ぐらいなら何とかなるけど、3日間となると」と口実を設けて断ろうと頭をひねった。
「いいかい。取材先に君たちを同行させるのはいいけど、取材を終えて会社に戻ると、こちらは原稿書きという仕事があって、誰一人、君たちの話し相手にも、世話をしてくれる人はいないんだよ」と事情を説明した。それでも電話に出た女の子は「その間は私たち会社の掃除でも何でもします」と粘った。その熱心さにほだされ、会社にも相談して自分が責任を持って3日間を引き受けることにした。
時間は午前9時から午後3時までだった。初日の26日、二人の女子中学生は約束通り午前9時には会社に顔を出した。西木村からバスに乗って来たのだと言う。リュックを背負った二人の姿を見ての感想はいじらしいほどの可愛さだった。「今日からお世話になります。○○です」。交互にあいさつする二人を「そうか。良く来たね。どうぞどうぞ」と会社に上げ、「今日から3日間、君たちの研修を受け入れる伊藤です」と名刺を差し出した。
そして新聞記者としての仕事の内容、心がけなどを説明し、まずは大曲警察署へと案内した。警察署には事前に署長と副署長に「体験学習の中学生を連れてきますので」とお願いをしていた。お二人とも快く引き受けた。子どもたちに差し障りのないような事件や事故があったら、それをメモさせるつもりだったが、あいにくとその日は「何も発表できるものはない」と副署長は少し残念そうな顔だった。二人を署長室に案内すると河合格署長はにこやかな笑顔で二人の名札を見ながら「遠い所から良く来てくれたね」と歓迎してくれた。
二人は警察のしかも署長室に入れた体験がよほど嬉しかったようで緊張しながらも、広い部屋をキョロキョロと目で追いながら瞳を輝かしていた。「部屋が広いので驚きましたか。この部屋にはいろんなお客さんが来ますのでその接待にも使うし、大切な会議もここでするんですよ」と署長。そして「仙北郡は広いから、角館署と大曲署とが力を合わせて皆さんの安全を守ってるんだ」と警察の仕事を簡単に説明してくれた。警察を後にしてからは角間川町に走って10月2日にオープンする農家民宿「季節の郷(さと)」の取材へと同行してもらった。
ここでも女子中学生の記者体験と言うことで大歓迎を受けた。二人はノートを手にこちらが取材する内容に熱心に耳を傾け、メモを録っていた。新築されたばかりの建物を案内してもらい「いいか。大切なことはただ見るだけでなく、どんな建物なのか良く観察することだよ」と記者としての心構えをアドバイスした。
会社に戻ってからは二人に原稿用紙を与え「さっき取材してメモした内容に基づいて原稿を書いてみて下さい。こちらも記事を書かなければいけないから」と沈黙した。鉛筆、消しゴムを取り出して机に向かった二人だが、首を傾げたり、お互いの目をにらみ合ったりしてどうにも落ち着かない。そして「あのー。どう書けばいいのでしょうか」と音を挙げた。「だから今、取材してきたのを書くのです」。「でも・・・」。「とにかく農家民宿が大曲市角間川町に完成して、来月、オープンするでしょう。その建物の大きさとか、なぜ民宿をやることにしたのか、そして建物の特徴とか、いろいろとこちらが聞いたのをメモしたでしょう。それに基づいて書いてみて」。
もっと具体的に原稿の書き方を指導すべきだったかもしれないが、こちらも取材したものは早めに仕上げなければならない。黙々とパソコンに向かっていたら二人とも諦めたようで熱心に原稿に向かい出した。そうした所へ「こんにちわ。あの西明寺中学校の子どもたちがお世話になってます」と女の先生が会社に顔を出した。熱心に原稿用紙に向かっている二人の子どもの顔を見た先生は安心したように「それではお願いします」と10数分後には引き上げた。
記事を仕上げたこちらは「さーて。どこまで書いたかな」と声を掛けた。11文字10行の原稿用紙5?6枚にとにかく二人が書き進めた記事があった。当然のことながら記事と言っても、まだ新聞記事としては通じない文章だったが、二人はこちらが取材し、メモさせた内容に基づいて一生懸命書いたのだろう。一通り目を通し「ここはこう。この文章はこんなふうに書き直して」と手を入れた。「文章はね。新聞記事も同じなんだけど、朗読をしてみて、リズム感があり、読みやすい文章でないとだめなの」。気落ちしないよう褒める点は褒めながらのつづり方教室の開催となった。
二日目も朝から大曲市角間川町での取材が入っていた。角間川小学校の交通安全パレードである。せっかくの体験取材である。二人にカメラを持たせようと思った。デジタルカメラに切り換えてから、スチールカメラはバッグの中で眠ったままだ。カメラ店に寄って白黒フイルムを購入し、装?した。そして二人にカメラの使い方を教え、小学校へと向かった。学校では「中学生の記者さんが来てくれた」と先生たちも喜び、歓迎した。二人はパレードに同行しながら、交互にカメラを持っては写真を撮っていた。嬉しそうに笑顔を輝かしていた。会社に戻ってからはパソコンに向かって記事を打ちながら、パレードの原稿を二人に口述筆記させた。そして暗室に入り、フイルムの現像、写真の引き延ばしを体験させた。
午後からは中仙町に走って角館自動車学校での「高齢者体験型交通安全教室」の取材となった。ここでも中学生新聞記者は大歓迎を受け、お巡りさんからも優しい声を掛けられていた。取材を終えるとちょうど午後3時近かったのでそのまま角館町のバス停まで二人を送り、交通安全教室の記事の書き方を口述で指導しながら、「明日の朝までにまとめて下さい」と宿題を与えた。
三日目もきっちりと午前9時には会社に顔を出した。二人が来る前に会社に提出すべき原稿と写真は仕上げておいたので、宿題とさせた「交通安全教室」の記事に目を通した。文章の出だしは前日に口述筆記させた通りだったが、途中からは自分たちの頭で考えた原稿となっていた。表現力にはまだ幼稚な面もあったが、二人はそれなりに新聞記事にしようと努力したのだろう。「ウン。良く書けてるよ」「ここの表現はとてもきれいだよ」。少しでも褒めれる部分を見つけては褒めるとホッとしたように顔を和ませた。
最終日のこの日は県仙北農林事務所から電子メールで、取材依頼の要請があったので、中学生を同行させる事情を電話で話し、その二人に取材体験させたいので受け入れてほしいとお願いした。
会社に来た二人に「これから『森林ふれあい体験ツアー』募集の取材に行きます。今日は君たちが直接、話を聞いて取材して下さい。だからここで何を聞くべきかを一緒に考えよう」と簡単なミーテングを行った。そして農林事務所がある県仙北総合庁舎に入る前に二人に注意した。「これからお客さんに会って取材するのだから、緊張して暗い顔をしていてはだめなんだよ。笑顔を見せないと、取材される側も心を閉ざしてしまうからね」と注意した。「ハイ」と二人。
農林事務所に入ると担当の女子職員とその上司である課長さんも中学生記者が取材に来るとあって、楽しみにしていたようだ。「さあ。どうぞどうぞ」とテーブルに案内した。そして「さあ。何でも聞いて下さい」と課長さんは娘を迎えたように顔をほころばした。初めて入った広い事務所。机が所狭しと並んで、大勢の所員が机に向かって仕事をしている事務所の雰囲気に飲まれたのか、あるいは取材よりもその職場に好奇心が湧いたのか、二人とも目が落ち着かない。「どうした?。ここの事務所が珍しいのか」とこちらも声を掛けた。「ウン」とコックリと顔を縦に振る二人だった。
「良し。それなら取材の前に事務所を案内しようか」と課長さんが立ち上がって、農林事務所内の案内となった。二人は嬉しそうに後を着いて行った。「ここでは山の木の管理や保護に力を入れているんだ」「この人たちは稲作を中心に仕事をしているのです」。珍しい女子中学生の姿を目にして、事務所の職員たちも笑顔で迎え、案内役を買って出てくれた課長さんもとても親切だった。そして再び机に戻って目的の取材を始めると、売店から子どもたちのためにとジュースを買って与えてくれた。
農林事務所の取材を終えてから、今度は子どもたちに仙北郡内の道路整備や川の改修工事などを手広くやっている県仙北建設事務所も折角だから見せてやりたいと思った。事務所に入って、事情を説明するとここでも所長以下職員が快く受け入れ、事務所を案内してくれると同時に仕事内容を詳細に説明して下さった。
嬉しいと思ったのはその親切さと優しさである。たった二人の女子中学生のために、迷惑を省みず時間を割いて好意的に受け入れ、仕事内容を説明しようとする県の職員の皆さんの温かい心には感動するばかりだった。子どもたちが学校から外へ出て、社会を学ぶには私たち社会人の協力は欠かせない。大人と話すのは学校の先生だけしか機会がない子どもたちだ。それだけに口数も少なく、喜怒哀楽の表現も乏しい子どもたちだが、3日間の日時を通して西明寺中学校の二人の子どもたちは大人社会の温かさも味わったはずだ。
自分が新聞記者としてこの子どもたちに何を学ばせることが出来たのか。その成果には自信を持てないが、自分と同行して接した様々な人たちの優しさや温かい心遣い、笑顔は忘れられない思い出にはなったはずだ。午後からの農業科学館、その近くの山の手ホテルの見学でも子どもたちは目を輝かしていた。
最後に会社に寄って別れを告げる時、見送るわが社の人たちに二人は「この3日間、とてもいろんな体験をすることができました。ありがとうございました」と可愛い笑顔をこぼして会社を去った。その後ろ姿を見送っていたら、急激に疲れが襲ってきた。肩がガツガツに凝っていた。神経の張りつめた3日間だったと思った。