紅葉にはまだ早いかと思ったが、3連休の中日の7日、田沢湖高原へと走った。鬱蒼としたブナの森を突き抜け、木々の間から青空のかけらが見え始める高原の最奥地まで足を伸ばしたら、黒湯温泉や孫六温泉など乳頭温泉郷の山々は期待通りの燃える秋となっていた。山々が赤や黄色、だいだい、茶色、さらには赤紫にと色づき、まさに錦繍の世界を織りなしていた。
ここまで来るまで随分、多くの車と行き交った。多くは横浜や名古屋、品川など県外ナンバーの車だった。秘湯ブームに乗って、連休を利用して遠くから車の旅をしてきたのだろう。都会の人にとっては黒湯温泉や孫六温泉など、乳頭温泉郷のひなびた風景は歩くだけでもどこかホッとさせ、人の温もりを感じさせるのかもしれない。
燃える山々を眺め、秋の深まりの中の冷たい空気に身をさらしながら、黒湯温泉から孫六温泉へと山道を歩いた。そう険しい山道ではないが、岩から岩へと伝っての歩行は歩くことをさぼっている我が足には少しこたえた。それでもシーンと張りつめた空気の中で見る青空と錦絵のような山肌の色合いを眺めていると「今年もここまで来れたか」と喜びと感動が湧いた。
黄色に燃えているのはイタヤカエデやブナ、茶色をなしているのはコナラやミズナラの木々だという。だいだい色の渋みを発しているのはナナカマドで、鮮やかな赤はヤマウルシやイロハモミジ、ハゼノキなどだ、と後から乳頭山麓の木々に詳しい人から聞いた。もう自分の体力では無理なことだが「あの山の斜面を登り、どこか平地を見つけ、寝ころぶことができたらどんなに幸せなことだろう」と想った。紅葉した木々に囲まれ、ヒラヒラと舞い落ちる木の葉の命の終わりを見つめ、青い空を眺める。そうした自然の中で心と体を休めたいと想った。
秋になると毎年のことだが「紅葉を見たい」と焦る。燃える木々の息吹を吸い取ってみたいと気持ちが昂る。一昨年と昨年は玉川ダムを通り、その奥地の八幡平までと足を延ばした。今年も行ってみようかと思ったが、自宅から片道80キロ前後の道のりを運転し、しかもその帰りには行楽客で渋滞し、あちこちで長時間の信号待ちをさせられた思いもあって、せめて田沢湖高原の奥地で我慢しようとなった。
木々が紅葉するのは秋になって朝夕の気温の差が激しくなると、葉の細胞に含まれる葉緑素が壊れ、さらに地面の温度の低下で根が水を吸い上げる働きも弱くなるため、葉っぱから水分が出るのを防ごうとして葉の柄の根元に「離層」と言う仕切りが作られるためだという。離層が作られることで葉っぱも養分を失い、葉っぱの中のでんぷんなどの糖分が葉に溜まり、日光を受けてアントシオンと呼ばれる赤い色素に変わるから、とは「ふしぎな紅葉の話」の本の説明だった。黄色に色づくのもまた別な色素がそうさせているものとあった。木々が葉っぱを落とすのは、葉から身体の水分が失われるのを防いだり、葉と一緒にいらなくなった不要物を捨てるためとも言う。木々が葉を落とすのは冬越しの支度なのだそうだ。
春には葉を生み、夏には緑輝く木の葉に成長させ、秋には別れを告げ、裸木となって長い冬ごもりに入る。木の葉の命ははかないが、葉があっての木々であり、葉は木を守り育てる分身なのだ。木が生きるために木の葉を生み、育てそして別れを告げる。赤や黄色、だいだい、茶色、そして赤紫にと燃える山々を眺め、黒湯から孫六温泉へと歩き、大地に散った木の葉を愛でた。
「写真を撮って頂けませんか」。黒湯温泉に下りる前、高台の岩場を見つけ、カメラを構えようとしたら、中年のご婦人から背中越しに声を掛けられた。その婦人は一緒に来たご主人と紅葉を背景に記念写真を撮ってもらいたかったようだ。「いいですよ」と応じたのだが、ご主人の方は何を思ったのか「おれはいいよ」と逃げるようにその場を立ち去った。「あなた・・・」。ご婦人は夫の背に声を掛けたが知らんぷりしてどんどんと足を早め、遠ざかった。「ごめんなさい。あの人はいつもああなんだから」。ご婦人は泣き出しそうな顔をして夫の背を目で追ったが、「いいわ。お願い。私一人で構わないから思い出の写真にします」とすくっと山を背にした。
立ち入ったことは聞くまいと預けられたカメラを手にシャッターを押したが、お礼を述べて夫を追う足どりはどこか寂しそうだった。こちらにも何か悪いことでもしたような心のしこりが残った。「あの人はいつもああなんだから」。言い残したご婦人の言葉が耳に残った。それぞれに事情があるのだろう。だが、どこか悲しげなご婦人の印象だけが心に残った。
車のそばで待っていた妻の呼ぶ声がした。「オー」。明るい声でこたえた。そうしなければやり切れなかった。坂道を下り、黒湯温泉を歩いた。山々に西日が射し、紅葉はいっそう燃え上がった。「きれいねー」と妻は喜んだ。「ああ。今が一番のようだ」とこちらもこたえた。ゴツゴツした岩場の道を下り、孫六温泉にと足を伸ばした。「せっかくここまで来たのにまた失敗しちゃった」と妻はグチった。「何が」と尋ねた。「タオルを持ってきたら温泉に入れたのよ」。「そうだったな」。「今度、いつでも温泉に入れるよう車の中に入れておこうかな」。妻は言った。「そう。そうしたらいい」。山道を歩きながらのたわいない二人の会話だった。
「あの人はいつもああなんだから」。記念写真を頼んだ先ほどの夫婦のことがチラリと思い出された。ご主人はなぜ逃げるようにあの場から去ったのだろう。見知らぬ男に声を掛けたのがいけなかった、とでも言うのだろうか。夫の背を目で追い、当惑の表情を浮かべながら、ふと諦めたように「私一人で構わないから」とカメラの前に立ったご婦人の寂しげな笑顔が気の毒だった。40代の落ち着いたとても美しい目をしていた。楽しかったはずのドライブが、夫の何気ない仕種で気まずいものになってしまった。
孫六温泉で自分から離れ、一人で歩き始めた妻が「風呂をのぞいてきちゃった。小さい温泉だったよ」といたずらっぽく笑った。その笑顔にホッとしながら、息苦しい生活をしているより、たわいない言葉のやり取りで笑っている方がよほどいいと思った。たわいない会話を通じて見つけた小さな幸せだった。紅葉を背に、一緒に写真に収まってやったらあのご婦人はどんなに幸せだったことか。
夫唱婦随ではなく、婦唱夫随の時代であれ。