<‘軍事報復反対論’でテロ被害は拡大する>
                 
               フリーランスライター 酒井隼男(01・10・21)

 今回のテロ攻撃はまったく許されないが、報復攻撃を加えることによって更なるテロを呼び起こすことになる。しかも何の罪もないアフガンの女・子供まで巻き添えにすることになれば人道に反するし、難民が多数発生すれば新たな政治不安を引き起こしかねない。アメリカが国連決議によらずに軍事行動を行うのは、国際法違反である。ビンラディンやタリバンに制裁を加えるのであれば、国連決議の下で必要な措置を講じ、制裁を加えるため国際法廷に身柄を移して裁判を要求すべきである。一方、そもそもテロが起きる背景にメスを入れない限りはまた同じような事件が発生するから、国際社会は一致して経済格差の解消や民族融和の政策に力を入れるべきである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「軍事報復反対論」者に共通する主張を並べ立てると、以上のような内容になるだろうか。同じような議論が、11年前に起きたイラクのクウエート侵攻に端を発した湾岸戦争の際にもあった。結果的には米軍を中心とした多国籍軍が、軍事行動で事実上イラクを屈服させた。確かに空爆や地上戦で民間人も犠牲になり、女性、子供にも多くの死傷者が出たと伝えられている。その後も経済制裁が加えられ、そのしわ寄せは真っ先に一般庶民に及んだのも事実である。しかしもしあのとき、軍事的手段によらず、国連による経済制裁を中心とした非軍事行動のみに限られていたら、どれだけの成果をあげることができたのか。おそらく、今でもクウエートはイラク領になっていたに違いないであろうし、国際社会の新たな脅威になっていた可能性が強い。なぜなら、その後の国連の査察で核兵器の研究や、生物化学兵器の製造を行っていた事実が判明したからである。そしてさらに、サダム・フセインの野望が膨張していくことだって、ありえない話ではなかったはずだ。こうしてみた場合、湾岸戦争における軍事行動の妥当性は歴史的に明らかである。少なくともやってはいけない攻撃だったという評価は、筆者は聞いたことがない。

 戦後の日本は戦争を放棄する憲法を基礎に国造り、人創りを行ってきた。少なくとも、日本は戦争に軍事的に直接加担をすることはなかったし、公式的には兵士として戦場に赴くものはいなかったから、少なくとも憲法の平和条項は遵守してきたと評価できる。ただ、ベトナム戦争では米軍の出撃基地になり、湾岸戦争時には130億ドルもの巨額支援をしたので間接的な加担はあったが…その結果は、すばらしい経済繁栄を実現させた一方で、人々の危機管理意識を希薄にさせ「平和的手段ですべての国際紛争を解決できる」という‘空想的観念’をも生み出してしまったのかもしれない。

 さて、そんな歴史的事情を踏まえてみるならば、今回の軍事報復反対論者の主張は「人を傷つけたくない」「戦争はいやだ」という素朴な情緒論に立脚しているように見受けられる。しかしその結果として事態の解決を遅らせ、ひいては新たなテロを準備させる時間的余裕をテロリストに与えてしまい、テロ被害を拡大する有害な主張になってしまうと警告を発しなければならない。以下その根拠を述べていく。

 まず、テロの首謀者と目されるビンラディンの身柄引渡し問題では、タリバンは当初、「証拠を見せたら検討してもいい」と言っていたが、次に「裁きはイスラム圏内においてイスラム法に基づかなければならない」と国際社会が受け入れられない主張に転じ、今では「引き渡さない」と明言するにいたった。もちろんタリバンは初めからビンラディンを引き渡すつもりなどなかったのであり、時間稼ぎをしていたことは明白である。なぜなら、ビンラディンは80年代の対ソ連抵抗闘争の功労者であると同時に、タリバンの経済的、軍事的スポンサーであるのだから。彼の豊富な資金力と統率力、カリスマ性は、国際的に孤立しながら北部同盟と戦わざるを得ないタリバンにとって最強、最高の味方である。こういう政権に向かって、いくらスピーカーで「引き渡せ」と叫んでも、明白な証拠を突きつけたとしても何の効果もないことは、火を見るより明らかであろう。

 さて、万が一首尾よくビンラディンの引渡しを受けたとしても、また困難な状況が待っている。国連安保理事会の議決があれば国際刑事法廷は設置できるが、設置までに時間がかかる上、審理にこれまた膨大な時間がかかることが予想され、いつ終わるかわからない。裁判のために彼(とその部下)を拘留している間にも、奪還のためのテロ闘争が起きる可能性が出てくる。しかも裁判官名が明らかにされるため、その裁判官自身、またはその出身国もテロの標的になる可能性もある。裁判の間世界をテロの恐怖にさらすことや、その防止のためにかかるコストを考えると、とんでもない経済的、心理的損失になるだろう。それは誰が負担することになるのか。こういった一連の流れを考えた場合、アメリカは、軍事行動に打って出たほうが費用対効果、即効性という点でも有利であると踏んでいるはずである。(参考:現在、旧ユーゴ大統領のミロシェビッチの戦争犯罪や、ルワンダ虐殺の真相を究明する国際刑事法廷が開かれている)

 次に「タリバンとテロ組織を追い詰める‘国際的包囲網’をつくれ」という主張があるが、それはすでに事実上できているし、その効果は期待しているよりも薄いであろう。タリバンを支持しているのは、テロを評価する声明を出しているイラクぐらいであり、しかも唯一国交があるパキスタンですら反テロで米軍の受入を決めている状況なのだから、イラクをのぞく圧倒的な国が事実上包囲網を形成しているのである。そもそもタリバンは国際社会との交渉を極端に制限して独自の世界観と価値観を有しているから、‘国際的包囲網’がどれほどの効果をもたらすかは疑問である。今年の3月、国際世論の猛反発を押し切って世界的にも有名な「バーミヤンの石窟仏」を破壊した一件を見れば、なおさらその疑念を深めざるを得ない。そしてタリバンの庇護下にあるアルカイーダなどのテロ組織は、初めから国際世論の非難など眼中にないばかりか、逆に「聖戦」の名の下にもっと注目を浴びるようなことをしでかそうと思って
いるであろう。

 ‘国際包囲網’の中では経済制裁がもっとも有効な手段となるが、これは限定的な効果しか生まない。なぜなら、彼らの主要な資金源は麻薬であり、初めから非合法な取引で外貨を稼いでいるからである。非合法ルートはいくらでもあるし、テロ組織はそういったルート作りが得意だから一つつぶれても、また新たなルートを開拓するだろう。だから、経済制裁が尻抜けに終わるのは言を待たない。国際的にテロ組織の資産を凍結する動きは実際に進んでいる。当面は少し動きを弱める効果をもたらすかも知れないが、しばらくすれば新たな資金源を確保するであろうから、その効果もすぐに薄れてくると思われる。しかも経済制裁は効果が出てくるのに時間がかかり、そうこうしているうちに新たなテロが起きる危険性が高くなってくる。テロとのたたかいは、時間とのたたかいでもあることを忘れてはいけない。そして何よりも経済制裁の最大の犠牲者は、タリバンでもアルカイーダでもなく、弱者たる一般庶民であること
は覚えておいたほうがよいだろう。

 さらに反対論者は、アメリカの軍事行動は「法による正義」という法治社会の根幹を否定し国際法に照らして違法である、国連による制裁行動を、と主張する。しかしこの論理は、法を遵守するモラルを持つ国家及び組織には有効であるが、今回のテロ集団のように自らの命を捨て、何の関係もない乗客を巻き添えにしてまで突っ込んでいく極悪非道な行動に及ぶ組織に従わせることは、極めて困難である。確信犯として法治社会の枠外で活動を続けるものに、「法治社会の原則に従え」というのは、まさに‘馬の耳に念仏’であろう。この場合発動されるのが「自衛権に基づく反撃行動」である。すなわち侵略を受けた場合、その勢力を排除する行動はどの国にも固有の権利として認められている、という国際法理である。ブッシュ大統領がテロ事件が起きてすぐに、「これは戦争である」と声明を出したのはこんな思惑があるからであろう。崩れ落ちる国際貿易センタービルを背景にして、一部マスコミが「第二のパールハーバー」と報じたのも、その例えの是非はともかく、アメリカ国民の気持ちをよくあらわしている。すなわちテロ組織からの宣戦布告ととらえれば、アメリカのあらゆる軍事行動は反撃行動として認知されるのである。かくして「法による正義」よりも、「力による正義」を優先する論理構成と国民的合意ができあがることになる。

 国連決議問題では、アナン事務総長が「自衛権の範囲内であり、新たな決議は必要ない」と言明しているし、安保理を構成するアメリカ以外の常任理事4カ国も事実上米軍を中心とした軍事行動を支持している。そもそも1998年に起きたケニアとタンザニアのアメリカ大使館同時爆破事件で、当の安保理は重要容疑者としてすでにビンラディンの身柄引渡しをタリバンに要求している。以上の状況から、国連の承認は事実上得られていると見るべきであろう。

 「あのテロで犠牲になった人のうち果たしてどれだけが、報復を望んでいるでしょう」と疑問を呈する人がいる。突然の悲劇で命を落とした犠牲者一人一人に、その心情を聞くてだてはない。仮に世界貿易センタービルの下敷きになった6000名のうち一人も報復を望んでいないとしても、きょう、あしたにも飛行機の乗客の安全性、信頼性を回復しなければならないのは、国際社会の責務である。少なくとも私は断固として、その措置を要求する。そのためには、非道な行動をとるテロ組織を摘発、壊滅させることが必要であるが、その中枢がタリバンにかくまわれている限り、何らかの実効を伴う行動(すなわち軍事行動)は避けられないであろう。ましてやアルカイーダがビデオで「今後ともハイジャックによる戦いは続く」と‘予告’している以上は、当然に再発防止行動をとらなければならない。再度言う、これは2年後、3年後に実現されるのでは遅いのであり、きょう、あしたのわれわれの安全の問題である。それは
「報復」ではなく新たな被害の「予防」でもあるのだから。

 「報復は新たな報復を呼ぶから避けるべき」「罪のない一般民間人も犠牲になるから攻撃は控えるべき」という声は多いと思われる。情緒的あるいは心情的には理解できる意見だが、ではその主張通り報復攻撃を控えることにした場合、ビンラディン一派もテロをやめるだろうか。残念ながらその可能性は低い。彼は以前から「アメリカが中東の地から出ていくまで闘争は継続する。アメリカとアメリカ国民が平和でいられることはない」と公言している。とすれば、アメリカは今の段階では中東からの撤退を考えていないだろうから、アメリカとその市民を対象にしたテロは続くということになってしまう。(ただしアメリカの中東政策の妥当性はここでは立ち入らない)

 そもそもテロに軍事報復しないと言いきった時点で、アメリカを標的にしているアルカイーダもそれ以外の勢力も新たな活動に入る可能性があり、それこそキリストの教えのように「右の頬をたたかれたら左の頬差し出す」ような結果を招くことになり、更なるテロ被害が十分に予想される。「アフガンの罪のない人たちを救うために、アメリカの罪のない市民が犠牲になる」逆説。いくらアメリカがキリスト教国だからといって、そこまでお人よしではないだろう。「おまえの主張はアフガンの人命を軽視している」との批判はあえて受けよう。それでは報復回避を訴える方は、今後どんな対策をとるべきなのか、テロを有効に防止し一人の血も流さないで犯人を捕捉する名案をぜひ聞かせていただきたい。

 以上見たように反対論者の主張は、効果が薄いかもしくは解決を遅らせその間に新たなテロを引き起こす結果しかえられない、と思われる。国際法を守ることは法治国家として当然のことである。しかしその論理が通じない組織には無意味であり、その場合有効な手段は、強制力=軍事力しかないのである。最後に「そもそもテロが起きる背景にメスを入れない限りはまた同じような事件が発生するから、国際社会は一致して経済格差の解消や民族和解の政策に力を入れるべきである」との主張には、まったく同感であることを付け加えておく。まさに今回の事件が、アメリカが冷戦終結後に進めた「グローバリゼーション=アメリカナイズ政策」の負の部分が表に出てきた結果だとも見られるからである。(この問題については紙面―画面?―の余裕がない上、本旨を離れるので触れない)軍事行動が終了したのちに、国連、あるいは戦争を放棄している日本が果たすべき役割がここにあるような気がする。