ふり返ったらもう11月−。月日がまっしぐらに突き進んでいる。このごろ時の流れの早さに驚くばかりだ。「秋田県南日々新聞」を技術面でサポートして下さっている「わらび座デジタル・アート・ファクトリー」の海賀孝明さんへ駆けつけ、今年の紙面「news01」の準備をしてもらったのもちょうど昨年の今ごろだった。あれから早1年、今度は来年の紙面「news02」を作ってもらうために走った。パソコンとにらめっこしながら、来年用のファイル作りをして下さった海賀さんも「早いものですね。もうあれから1年ですか」と驚いていた。自宅でささやかな正月を祝ったのが、つい先だってのような気さえする。光陰矢の如し。まさにこの言葉がこのごろの実感だ。
まるで時間に追い立てられているような日々だ。その合間を縫って明日10日は山形県天童市で開かれる「SPER2001 教育と地域情報化を考えるシンポジウム」でインターネットを使っての新聞の実践発表をすることになった。
東北学術研究インターネットコミュニティ(TOPIC)、総務省、東北総合通信局、山形県情報化推進協議会などの主催という。昨年はたざわこ芸術村で開かれている。
秋田大学の情報工学部教授から「秋田県代表として実践発表のお願いをしたい」とのメールをいただいた時は「ウーン」とうなった。相変わらず人前に出てのお喋りは苦手なのである。昨年春には秋田大学で開かれた「地域の情報化を考える」をテーマにしたセミナーで、インターネット新聞の実践発表を行った。これは30分そこらだったから、しどろもどろしながらもどうにかこなした。だが、夏の県広報課の依頼で県内各市町村の広報紙担当者を前に語った「文章のあり方」をテーマにしての2時間の講演では、喋っても喋っても時間を消化しきれず広報マン、ウーマンを前に冷や汗を流した。
今度は教育に携わっている皆さんを前にしての実践発表とのこと。教育とは無縁の生活をしてきただけに何を話したらいいのか、考えあぐねた。しかし、せっかく声を掛けて下さった秋田大学の先生のご好意は無下にしたくない。秋田大学での実践発表を引き合いにもう一度、頑張ってみようと決心した。
主催者からは発表内容の原稿を事前に送付してほしいとのメールがあった。日曜日を返上して原稿執筆に取りかかった。400字詰原稿用紙にして16枚分を書いた。インターネットで新聞を発行してみようと思いついた経緯から、スポンサーが付いてくれるまでの長い道のり、そしてケンニチにとって最も忘れ難いエピソード「空飛ぶケンニチ」を中心にまとめ、最後に教育関係者の集いにふさわしいようにと「インターネットがもたらす子どもたちの漢字能力への影響」と題して話すことにした。
インターネットが、子どもたちの漢字能力に少なからず影響を与えているのではないかと思ったのは「新聞記者を体験したい」と訪れた二人の女子中学生とお付き合いした3日間の印象からだった。二人ともとても頭のいい子で、文章を書かせても豊かな表現力はあった。だが、彼女たちの書いた原稿に目を通して気づいたのは書けない漢字がとても多いと言うことだった。その原因は何か。一概には言えないだろうが、その下敷きとなっている小学校の先生に子どもたちの書く能力について話を聞いたら、回答が見いだされた。
つまりインターネットは子どもたちの勉強や調べ物に大いに役立っているのだが、その調べたものをノートに書くのではなく、コピーして必要な部分だけを切り抜いて、ノートに貼り付け、先生に提出してくるのだという。昔の子のように鉛筆を舐め、舐め、ノートと格闘するように文字を記入する習慣が少なくなっているという。なるほどそれでは漢字は覚えれないと納得した。漢字文化の国に生れた限り、やはりある程度、漢字を書ける能力は身につける必要はあるだろう。そのためには鉛筆を手に「書く」という習慣が大切ではないだろうか。そうしたことを思い、話すことをまとめた。
とはいえ自分もペンをワープロに切り換えて以来、急速な勢いで漢字を忘れ、今ではメモを取るのにも漢字を使えず苦労する日々だ。漢字を相手にする職業の身がこれだからお粗末である。取材先でメモしたノートを開いてみるとミミズが歩いた跡のような下手な文字のオンパレード。しかも平仮名が多く、後で判読するのに四苦八苦なのである。自分で書いた文字なのに自分で読めない。「これはどう書いたのだ?」と自問自答し、考えあぐねてしまう。情けないが、まるで漫才だ。
とても寂しいことだが、本当にどうしようもないほど漢字を忘れてしまった。取材先で「あのー。失礼ですがお名前は?」「名前ですか。○○紘一です。コウイチは糸偏にナムと書きます」と言われてもピーンと来ず「はあ。糸偏にナム?。糸偏に・・・」と呪文のように唱えては「ごめんなさい。漢字が浮かんで来ないので、これに書いていただけませんか」とノートとペンを差し出す始末だ。相手は顔には出さないが「こんな漢字も書けない新聞記者もいるのか」と心の中ではさぞやあきれているだろう。
今日も「大曲市技能功労者表彰式」の取材に行って、お祝いの言葉を述べる高橋市長のあいさつをノートに取ろうとしたが、ペンが思うように走らない。しかも漢字はさっぱり浮かんで来ない。そのため、相手の話すリズムに追いつけず焦った。こうしたことも合って、先日、取材の補助にとデジタルコーダーを買い求めた。テープの要らないテープレコーダーである。ところがその使い方がよく分からない。買い求めたお店の方から説明を受けた時は納得したのだが、いざ実際に使ってみようとすると録音、再生はやれても早送りや時間合わせなどはさっぱりだ。相変わらず現代の新兵器は使いこなせず、ただ悩むばかりだ。
さてその漢字を忘れたケンニチは山形県での実践発表の場で、もう一つ胸を張って報告したい材料が増えた。昨年から話があったのだが、世界的にも有名なソフトウエア会社からケンニチの「こちら編集室」を中心とした文章を日本語の「自然言語」研究素材として使わせてほしいとの打診を受けていたが、正式な国際契約書にサインを交わした結果、それに対する報酬として同社から「小切手」が郵送されてきた。
もちろん、契約を交わしたのは自分だけでなく他の多くの新聞社、作家なども含まれていると思う。だが、たった一人で、しかも秋田の片田舎で取り組んでいるインターネット新聞に世界的にも有名なソフトウエア会社から「Akita−kennan Nichinichi Newspaper」の文章を提供してもらいたいと声がかかったこと事態に驚いた。
ましてや、それに対して報酬をもらえるとは思ってもみなかった。自分としてはいったんインターネットで流した文章は後は「野となれ山となれ」で、お金になるものとは考えたこともなかったからだ。それだけに自分の文章に対して、著作権を認め、ビジネスとして契約し、収入につながるとは夢にも見たことはなかった。航空便で「小切手」が家に届いた時は正直言って小躍りした。相手の社名は企業秘密もあって公開されないとの約束から、同社から承諾のあった程度で報告するのだが、報酬も予想外の額だった。
海外から、しかも英文の小切手だけに本当に換金できるのか、夢見心地で秋田銀行に走った。銀行でも「間違いなく○○社からの小切手です」と驚きながら、その手続きをしてくれた。だが、扱ったことがないとかで、本部の指示を仰ぐなど連絡のやり取りで小一時間ほど待たされた。
銀行に行く前に偶然、出会った大曲商工会議所の職員は「外国から来たそいつを拝ませてくれ」とその小切手を手にした。「伊藤さん。これは換金するよりも額縁に入れて飾っておくべきだ」と冗談を叩いた。「貧乏人がまさかせっかくのお金を眠らせてはおけないよ」と笑った。その職員は今度は本気で「一生に一度、手にすることができるか分からない代物だ。銀行に渡せば、それっきり。せめてカラーコピーだけは取って記念に保存したらいい」と本気で勧めた。なるほどと思い、一部だけカラーコピーを取った。
このごろ、少し落ち込み気味だったが、明日の教育関係者とのシンポジウムでの交流、そして海外から届いた小切手を発奮材料に頑張ろう。冬を前にし、せめてもカラ元気を出さなければと気負っている。