こちら編集室「幻に終わった京都への旅」(11月23日)

 テレビのスイッチを入れたら、秋の京都の映像が映し出されていた。どこかの寺院だと思ったが、モミジの赤、カエデの黄色が上品で妖艶な美しさだった。画面がすぐに別なものに変わったため、場所は分からなかったが、その映像を見ていて「今ごろは京都にいるはずだったな」と少し残念な思いをした。

 「紅葉の京都を旅してみませんか」と秋田市の小さな旅行社から京都の旅の誘いを受けたのは10月初めだった。自分が直接、誘われたのではなく、その旅行社を利用している妻が「ご主人と一緒に秋の京都を旅してみませんか」と誘われのだった。紅葉の季節になると、京都の宿はどこも一杯になり、部屋を取るのは大変らしいが、今年は運良くホテルを確保したとかで、団体旅行をセットしたのだと言う。

 「秋の京都か。いいだろうな。行こうよ。行ってみようよ」と、こちらは乗り気になった。「足が弱って、京都に行っても紅葉を見てるより部屋に居る方がいいなんて年になったら詰まらない。歩けるうちに楽しむのが人生だよ」と二の足を踏む妻を説得した。「なんなら旅費の半分はこちらで負担しても構わないよ」とまで言い切った。ケンニチにもこのごろは少しぐらいの蓄えが可能になったからである。

 最終的に妻も「行ってみようか」と同意して、旅行社に予約をしたのだが、それからファックスで届いた旅の日程表の強行さ、そして寒くなると同時に再び具合の悪くなった柴犬のアキのこともあって、結局はキャンセルとなった。幻の「京都の旅」に終わったのである。

 朝焼け(自宅近くの横手川で)日程が強行と言うのは22日に夜行で秋田駅を旅だって、車中泊し、23日、24日と京都を歩き、25日夜8時半に秋田空港に降り立つという日程ではどうしても翌日の仕事に響くと思ったからだ。日曜日の夜に帰るのはいいが、秋田空港から夜中にどうやって帰るのか。車を秋田空港に置いての帰宅なら1時間もあれば家に帰れるが、行く時は秋田駅からの旅立ちであり、車は使えない。秋田空港からリムジンバスに乗って秋田駅に下り、そこから新幹線に乗ったとしても家に着くのは10時を過ぎるだろう。

 疲れ切っての深夜の帰宅。その上、翌日から休みなしの仕事では、体力に自信がなかった。「この日程は秋田市在住の人を対象に考えたようね」と妻はいい、こちらも「そうだなー」とうなずいた。せめて出発をもう一日早め、土曜日の夜に帰宅して、次の日は休めるような日程が欲しかった。そうは言っても旅行の日程は、京都のホテルの空き具合に合わせたものだろう。

 それ以上に困ったのは犬たちである。小犬のパピヨンはペットホテルに頼むにしても、柴犬のアキはそうした場所には慣れてない。これまでも留守にするときは妻の実家に預けての旅だった。しかし、ホテルに一晩か二晩ならパピーも我慢できようが、今度の日程では25日夜に帰宅したとしてもパピーを迎えに行くのは翌日の夕方になる。まる4日間、場合によっては5日間もホテルに預けっぱなしとなる。そんな長期間、家族と離れての生活はどうだろうか。土、日を除けばいつも日中、一人で暮らしているパピーのことを思うと気の毒だったし、不安もあった。

 加えてアキの様子である。すっかりおばあちゃんとなったアキは寒さが募ると同時に外へ出るのを嫌がって、ご飯を食べてからの散歩をグズる。しかも便通も悪くなって、時にはいつも行く堤防に着く前に道路で便をやってしまう。その都度、ティッシュペーパーとビニール袋で拾い上げるのだが、そうした状態のアキを妻の実家に預けるわけには行くまい。ましてや留守中にアキに何かがあったら、アキは家族に見捨てられたと思いながら、この世に別れを告げることになる。そんな哀れなことはしたくない。その上、妻の実家にも多大な迷惑をかける。
 こうした諸々の事情を考え、二人と二匹との家族会議(?)の結果、今回の京都の旅は見送ることにした。「また次の機会があるさ。家に心を残して、自分たちだけ京都を楽しんでも詰まらない」。強がりでもないが、無理はするまいとあきらめた。

 年を重ねたアキは年々、寒さに弱くなってきた。朝、雨だったり、霧や霜が降りた時は犬舎から出るのも億劫がり、呼んでも丸くなってたぬき寝入りを決め込む。「アキ。朝だよ」。車庫のシャッターを開けて、犬舎の中をのぞき込むとチラッと視線は投げ返すのだが、再び眠り込もうとする。「ダメッ。アキ。起きておしっこをしろよ」。紐をグイッと引っ張ると諦めたように出てきて、両足を前に突き出して、全身を気持ち良さそうに伸ばす。そして大きなあくびをするのがアキの朝のくせだ。「おー。起きたか。良し良し」。こちらからのそのひと言が嬉しいのか、シッポを左右にちぎれんばかりに振って、差し出した手を舐める。

 おしっこを終えると一目散に玄関に走ってご飯にシャブリ付く。食欲はある。ペットフードにご飯を混ぜたのがこのごろのアキの常食だ。一時、やせ衰えたアキを何とかしようと考え出した妻の作戦である。「ペットフードだけでは栄養が足りないの。ご飯を食べてもらい栄養を付けなければ」とご飯付きの食事となった。確かにご飯を混ぜてからのアキはモリモリと太り出し、健康を取り戻したようだ。

 しかし、10月に入り、寒さが厳しくなると堤防まで歩くのも億劫なのか、途中でウンチを出そうと踏ん張る。よそ様の家の前だけにこちらも都合が悪く、紐を引っ張りながら堤防まで歩かせようとするのだが、自我の強いアキはとうとう頑張ってしまう。ティッシュペーパーをポケットから取り出し、ビニール袋に収納する。時には拾いながら歩かなければならない。そして堤防までどうにか歩くと、再びしゃがんでおしっこをし、後はまっしぐらに家を目指す。

 犬舎に入ると寒さを気合で吹き飛ばそうとでもするのか「ウオーン。ウオーン」と悲しい雄叫びを上げる。「ああやって自分に気合をかけて、寒さをしのごうとしてるんだ。かわいそうだから床暖房を入れてあげようよ」と10月中旬から床暖房の電源を入れた。その日以来、アキの朝夕の散歩後の鳴き方は止んだ。

 そんなアキの体の具合である。若いころは随分、自分たち夫婦二人だけの生活に刺激を与え、楽しませてくれた。しかし、もう間もなく14歳になろうとしている。年を取ったからと言って、用済みだと捨てるわけにはいかない。短い命だ。最後まで面倒を見るのが犬を飼ったものの務めだ。アキの老後に付き合おう。京都へはまたいつか行ける。そう思うと心残りはなかった。

 その積もりだったがテレビで京都の美しい紅葉を見せられたら、再び名残惜しさがよみがえった。秋の京都への旅の前に月刊誌「旅」に目をやり、紅葉に燃える京都の美しさを写真で目にしていただけになおさら、テレビの映像には心引かれた。「あんな風景を自分の目で見られたら」。テレビで紅葉の京都を見たのは朝の出勤前だった。映像はすぐに別の画面に変わったが、着替え中の妻もその美しさに見とれ「やっぱり行こうか、京都へ」と言い出した。やはり口にはしなかったものの行きたかったのだろう。

 心配したアキもこのごろでは寒さに耐える力が付いたのか、以前に比べれば元気だ。少しぐらいの環境の変化には耐えそうだ。しかし「いまさら行くと言っても、もう予約で一杯じゃないか」とこちらは戸惑った。それに旅行の日程の窮屈さを思うと、億劫な面もあった。深夜に帰って、その翌朝から仕事なのだ。「行くとしたら月曜日も休むしかないと思うよ」と話したら「会議が入っていて月曜日は休めない」と妻はいう。こちらも連休を挟んでの旅とはいえ、前後合わせて6日間も会社を休むわけにはいかない。テレビで見た京都の紅葉に心引かれながらも、やはり駄目かと諦めた。

 それにしても写真で観る京都の社寺仏閣の紅葉は見事だ。高山寺のカエデの黄色、細川家の菩提寺「高桐院」の赤と黄色に燃えるカエデ、日向大神宮のカエデ、オオモミジの赤や橙、黄色。南禅寺の赤、橙、黄色の色のコントラスト。秋の京都の社寺仏閣を歩き、お昼には京都名物の「湯豆腐」を食べれたらと夢を追った。いつかまた機会があるだろう。そう思うしかない。