こちら編集室「雪の日々」(12月21日)

 雪がどうやら本格化したようだ。例年なら12月の雪は、車で言えばまだ慣らし運転のようなもので、降ってくる雪には「積もる」と言った勢いはなく、風景を白く染める程度で、墨絵のような風情があった。おかしな比喩だが、動物に例えれば12月の雪は動物園で飼われているトラやライオンのようなもので、牙はあっても猛々(たけだけ)しさには欠けていた。それがいきなり牙をむき出しにして降り始めたから、やっかいだ。朝に除雪車が置いて行った雪を寄せても、夕方にはまた靴がくぐるほどの雪で玄関前は埋めつくされている。その雪を寄せ、家に入れるまで1時間近い労働を毎日、強いられている。やっと家に入って「一体、この雪はいつまで降るのか」とテレビの天気予報を見たら秋田県はまだまだ雪だるまのオンパレードだ。

 太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

 三好達治のこの「雪」と言う詩は好きだ。冬は雪との格闘で体をヘトヘトにし、辛酸を舐める日も多いが、かといって雪をそれほど嫌っているわけではない。朝夕の雪寄せは確かに体力を消耗させるが、これも運動の一つだと思えばゲーム感覚となってしまう。スノーダンプを手に、もっこりと積もった雪の塊を乗せ、流雪溝に運んで放り込む。車庫前から玄関前、そして屋根から滑り落ちた雪で埋まった勝手口への通路へと次第に歩く距離、雪を運ぶ距離は長くなる。それを繰り返しているうちに次第に雪の山も減っていく。「あと3回か。いや5?6回も運んだら終わりだ。今夜もビールがうまいだろう」。まだ、こんな独り言を言える余裕がある。しかし、これが70代や80代、しかも女性だったらとても無理だ。

 ただ空から降ってきた雪を寄せるだけならまだ軽くていいのだが、除雪車が道路の雪を底からかき集めて置いて行く雪はスコップも歯が立たないし、ドッシリと重い。朝だけで1時間から1時間半もの作業となる。それでも自分の家の前の雪は自分の責任で寄せる。これが雪国に住む人たちの原則だが、それを体力のないお年寄りにも当然のごとく求めるのは無理だろう。

 雪道(千畑町で)大曲市ではそうした人たちのために「高齢者除雪サービス事業」を始めている。18日にそれを取材して、ケンニチのニュースとして報道した。この事業は一人暮らしのお年寄りや高齢者夫婦だけの世帯で、除雪車が置いていく雪の塊を体力的に寄せれないなどの場合、玄関への出入り口だけを確保しようと1999年から始めた。

 1シーズン6000円の金額で請け負う。1日2回以上、除雪車が出動した場合は2回まで玄関前だけの雪は寄せ、出入りできるようにする。雪寄せを請け負うのは除雪車を持っている会社の従業員で、2人が1組となってその後を追い、依頼を受けた高齢者宅の雪を排除する。仮に1シーズン40回の作業となったら1回150円という単価だ。

 ただし、条件がある。近くに自分の息子さんや親類がいて、いつでも駆けつけられる距離なら受け付けない。また車庫前は請け負わない。さらに流雪溝があっても、作業員はそれに雪を投げることはしないなどだ。

 こうした諸々の条件を付けたのは、雪寄せは自分の家の分だけでたくさんだと思っているからだ。例え、雪寄せ作業でお金になっても、重労働だけに無理なことは求められないなども原因の一つだ。また金額もボランティアに近い額のせいもあるだろう。1シーズンで6000円だから、作業員が60回出動したらゼロになる計算だ。今年のような大雪ではそれもなきにしにあらずだ。

 それだけに市側が付けた条件は分かる。分かるが、もう少し何とかならないだろうか。例えば流雪溝が設備されている道路なら、そこに雪を投げ入れてやってもいいような気がした。そう思って担当の高齢者福祉係に確認したら「いや。流雪溝に雪を流すとなれば時間がかかるためにやらないとなっているのだが、実際はやってくれている作業員もいるようです」とのことだった。これでホッとした。杓子定規な規則にがんじがらめの高齢者除雪サービスではなかったのだ。その名の通りのサービス精神があった。

 話は変わるが、角間川小学校から講師を依頼され、学校を訪れた日も吹雪の日だった。15日の土曜日午前10時からの授業だった。その日も雪寄せ作業を終え、妻の車である軽四輪乗用車の屋根の雪を下ろし、その車に乗って学校を訪れた。

 話をする相手は5年生の児童30人だった。学校に着くと校長室に案内され、そこでお茶を飲みながら時間が来るのを待った。担任の先生が「用意ができましたので」と迎えに来て、子どもたちの待つ教室へと向かった。黒板を前に子どもたちは「コ」の字型に座って待っていた。どの子も目がキラキラしていた。

 多分、毎日、顔を会わせている先生とは別な人が来ると言う新しい刺激への期待感でいっぱいだったのだろう。子どもたちの目が良かった。子どもたちの目とはこんなにも純粋に輝いているものかと感動した。その子どもたちに向かって話をしなければならない。緊張感がにわかに高まった。

 「今日は秋田民報社の記者をされている伊藤正雄さんを先生に新聞製作や取材の仕方について勉強することにします」。先生の紹介があった。学級委員長の声が響いた。「起立!。礼」。30人の児童が一斉に起立して頭を下げた。その姿を見て「これはよほどしっかりと話をしないと、子どもたちに申し訳ないことになりそうだ」。そんな緊張感でいっぱいとなった。
 この子たちのために話す内容を書いた原稿には何度も目を通した。大曲市教育委員会にも出かけ、小学校の先生をされた方にも「難し過ぎないか」などとチェックしてもらい、アドバイスも受けた。前回も書いたが、話す内容は主に新聞記事の基本的な型である

 「いつ(when)」
 「どこで(where)」
 「だれが(who)」
 「なにを(whato)」
 「なぜ(why)」
 「どのように(how)」

 の6つの単語の頭文字をとった5W1Hの構成だった。そしていかにセンテンスを短くするかの講話だった。原稿に目を通しながらも、時々は正面の子を見つめ、左側の子どもたちの目、右側の子どもたちの目を見つめた。話しながら相手の目を見つめると「ああこの子たちは、自分の話を熱心に聞いてくれている」と以心伝心があった。メモを取る子もいた。時には小さなあくびをする子もいた。

 隣の机の上に置かれた新聞紙を手に「新聞のトップ記事には前文、リーダーとも言いますが、必ずと言っていいほどこの前文と言うものがあります」。その前文を指で差して子どもたちに見せると、みんなの目が一斉にそこへ集中した。「新聞はこの前文で記事の大体の内容を説明し、そして本文でさらに詳しく事件や事故、あるいは問題点を説明することにしているのです」。「それはいかに早く、読者にニュースの内容を分かりやすく伝えるかと言うためです」。子どもたちは関心を持った話には敏感に反応する。頭に吸収しようとする。

 相手から話を聞き出すための取材にはどんなことに注意すべきか。取材とは観察する力を養うことも大事だとも話した。相手が喜んで話をしてくれるようにするには大きな声で相づちを打つことも大切だし、今、学校で学んでいる算数や理科、社会、歴史、そして音楽の知識も大切な要素なんだと言うことも話した。

 最後には読みやすい文章とはどんなものかも話した。それは書いた文章を声を出して読み返し、リズム感があって、スラスラと流れるようなら合格とも話した。新聞記事も子どもたちの作文も姿形を変えながらも「5W1H」が基本となっており、センテンスを出来るだけ短くするよう工夫することも大事だとも話した。例えば

  初雪が降ってからもう1週間が過ぎ、いつも歩いている近くの川港親水公園の散策道は雪で埋まり、真っ白で寒々とした光景になっているが、僕はその日も寒さを気にせずに歩こうと懸命に我慢しながら、両手を振って学校に行った。

 この文章は次のように4つに区切れると説明した。

 初雪が降ってもう一週間が過ぎた。いつも歩いている近くの川港親水公園の散策道は今も雪で埋まり、真っ白な光景となっている。寒々とした眺めだったが、僕はその日も寒さを気にせずに歩こうと我慢した。両手を振って元気に学校に行った。

 教室には伊藤孝之校長先生が顔を出し、女性の教頭先生も顔を出した。子どもたちの目が一段と輝いたのは読み上げる自分の原稿から目を離し、雑談のような調子で話し出した時だった。「皆さん。お巡りさんって怖い?」。「怖いと思っている人はいないよね。僕は子どものころはお巡りさんって怖かった。悪いことをして両親から叱られると『お巡りさんを呼ぶよ』とおどされたから。でも今はその怖いお巡りさんのいる警察署に毎日、顔を出して事件や事故はなかったかと取材しているのですよ」。そうした話しになると子どもたちが興味を持っているのがとても良く分かった。

 最後にはパソコンを開いて、ケンニチの画面を見せた。インターネット新聞はこの機械を使って作っているんだと話した。子どもたちみんなが立ち上がってパソコンを囲んだ。「読者のお便り」のコーナーを開いて、アラスカの読者が送ってくれたアラスカの犬ぞりの絵はがきを見せたら、子どもたちから歓声が上がった。「ウワー。すげー」「きれいだー」。その素直な感動が嬉しかった。短い時間だったが、学校の先生と言う体験もいいものだと思った。

 終わって校長室に再び案内された。校長先生は「いやー。伊藤さんの文章を短くする、センテンスの区切りを良くするというお話しを聴いていて、好きだった司馬遼太郎の小説を思い出していました。司馬遼太郎の小説の文章もとても短文で構成されてました。やはり文章とは短文でまとめることが大切なんですね」。そうした感想を伺い、ホッとした。 今日はアメリカの岩間郁夫さんが、大曲市に来て下さる。出張で大阪に寄り、そして東京での打ち合わせを終えて、夕方6時半ごろには新幹線「こまち」で大曲入りする。その岩間さんと一晩、飲もうとなった。昨年の来曲の際も同行してくれた市役所のSさんも一緒になってくれる。

 小料理屋に料理を予約した。静岡県生まれで長年、アメリカで暮らしている岩間さんのために今夜は秋田の郷土料理を楽しんでもらうことにした。ハタハタのショッツル鍋にキリタンポ料理。岩間さんのお口に合うかどうか。男だけ3人での飲み会も味気ない。コンパニオンの同席も依頼した。岩間さんは「アメリカではホステスが客にお酌したら、法律違反になる。アメリカ暮らしは男性にとって味気ない世界なんです。その点、伊藤さんは本当にうらやましい」。

 大曲市内の飲食店で女の人を相手にお酒を飲んだ話を岩間さんにするとそうしたメールが必ずと言っていいほど返ってくる。そうした岩間さんに秋田の女性の良さを、優しさを堪能してもらおう。

 外は相変わらずの雪の日々だ。せめて今夜は岩間さんを囲んで雪を忘れて楽しみたい。