<Vol.23>

「二つの『進化論』」(02・1・26)                  



 
二つの「進化論」

 キリンの首はなぜ長くなったか。説1)キリンの祖先は高いところにある葉っぱを食べるために一生懸命首を伸ばし、それに成功した。その子孫が代々同じような努力を続け、最終的に今のような長さになった。説2)キリンの祖先には首の短い種と長い種があり、食糧不足の時代に高いところの葉っぱを食べることのできた種のみが生き残った。

 前者はフランスの博物学者・ラマルクの進化論であるが、これは進化の過程に、「努力」「勤勉」「継続」といった能動的、主観的な要素が入ることによって、形質が決まるという考え方に基づいている。そしてこの学説がスターリン統治下のソ連の遺伝学界で支持され、ダーウイン支持学者はシベリア送りになるか粛清された。だがこの学説の最大の問題点は、この考え方によって進化したと認められる例が、いまだに見つかっていないことである。後者はおなじみ、ダーウインの進化論である。ここにあるのは「優勝劣敗」「適者適存」「弱肉強食」の世界であり、進化における主観的な要素を一切排している冷酷無比なまでのクールさである。言うまでもなく、こちらが現在の遺伝学の主流であろう。

 しかし最近の遺伝学は、そんな論争をまったく吹き飛ばしかねない「危うさ」がある。遺伝子解析の飛躍的な進歩で、いまや造ろうと思えば「首の短いキリン」「鼻の短い象」が生れてくるかもしれなくなっている。そして近い将来、「足の速い短距離ランナー」「背の高いバスケット選手」「ジャンプ力のずば抜けたバレーボール選手」といった特殊な能力を持ったヒトを量産することだって、不可能ではなくなるはずだ。こうした遺伝子操作を施された生物が地球を闊歩するようになったら、いままでの進化論は根底からくつがえされ、「すべての生物は人間によって進化させられた」という記述が教科書に登場するかもしれない。人間は、どこまで神の領域に踏み込むことができるのであろうか。(Q)
 

<Vol.22>



「SHOW THE 理念」(02・01・19)

SHOW THE 理念

 国会で大橋巨泉参議院議員が追及し、2001年の流行語大賞候補にも上った「SHOWTHE FLAG※」は、一体誰の言葉だったのか?一般的にはアーミテージ・米国務副長官の発言ととらえられていたが、どうやら本人はそれに似た発言はしたものの、そのものズバリではなかったようだ。昨年12月27日付の毎日新聞では、アーミテージ氏との会談内容を日本政府に伝えた公電の中で、自分の解釈としてその表現を使ったとして、柳井俊二駐米大使(当時)を‘真犯人’だと断定している。

 では‘真犯人’は何を意図してそのような内容を伝えたのか。その後のテロ対策支援法制定に、この発言が最大限利用されたのは記憶に新しい。その背景には10年前の湾岸戦争の際、日本は金だけ出して人的支援をしなかったという「国際的批判」があった。その点でアーミテージ氏と柳井氏は意見が一致し、今回の対テロ闘争では、何らかの人的貢献が必要との結論に達したのだという。そしてご存知のように、「SHOW THE FLAG」が憲法論議を一蹴してしまうぐらいの威力を持ったのである。日本はこのときから自衛隊を紛争地帯に出すことになったという意味で、流行語大賞はこの言葉に与えるべきであった。

 この論議の際、小沢一郎・自由党党首は「政府が憲法解釈を変えないまま自衛隊を海外派遣するとはまったく筋が通らない」と政府案反対の弁を述べていた。同じ反対論でも革新政党が古典的憲法9条擁護論に終始したのと違い、小沢氏は公式的な9条解釈の限界性を批判し、条文を維持するならこれまでの解釈変えるか、それでも矛盾
が生じるならそのものを改正すべきという意図を明確にしている。まさに小泉首相に対して「SHOW THE 国家理念」といいたかったに違いない。(A)

※直訳すると船などが外国の港に入るときに旗を掲げるという意味になるが、転じて旗幟(きし)を鮮明にする、自国の力を示すなどの意味がある。

<Vol.21>


「痛むということ」(02・01・12)


 
「痛む」ということ

 日本全体が背負った693兆円(※)の借金の重みに耐えかね、「財政再建団体」に転落しかねない地方自治体が増えている。一般企業で言えば「倒産」であり、国にすべての政策を指示され、自分で何も決められなくなる。憲法で定められた地方自治を、放棄しなければならない屈辱を味わう。

 福岡県赤池町は、炭鉱が閉山した後の財政運営を誤り、1992年に財政再建団体に転落した。町職員の削減と給与減額は言うに及ばず、福祉の切り下げ、公共料金の値上げを断行。簡単な公共工事は職員自らがやり、学校の実験器具は先生が自前で制作、例え公共施設のガラスが壊れても簡単には直せない。町で開かれる結婚式では町の幹部が、「町の再建に皆さんのご協力を」と出席者に呼びかけた。限界に達した公用車が県外で動かなくなり、町長自ら工場まで押したこともあったとか。そんな血のにじむような努力のかいがあり、今年度一杯で再建計画を達成する見通しになったという。

 町長はこの10年を振り返って、「地域のしがらみを断ち切ったことが大きい」と話している。そして住民の間にも「行政まかせではいけない」という気運が生れ、自主的に行政に協力するという意識の変化が現れている。693兆円の借金が、地域のしがらみや政治家の利益誘導、住民の無関心が積み重なってできたことは、酒井隼男氏のコラム「『痛み』を共有できる21世紀社会になるか」http://www.kennichi.com/culture01/c010405.htmlにくわしい。赤池町の住民、職員はその実態を身をもって体験し、見事に立ち直った。これから全国各地で、同じような体験をする住民が増えるだろう。(A)

※)この「693兆円」という数字は、小泉内閣メールマガジン第28号(12/27配信)で、塩川財務大臣が執筆した「特別寄稿」を根拠にしている。日本全体の借金額が日々膨らんでいることに、留意していただきたい。

<Vol.20>


「投手をダメにする高校野球」(01・12・30)                  


 
投手をダメにする高校野球(vol.20)

 日本でも人気が高い大リーグ・ダイヤモンドバックスの左腕エースRジョンソンは、2メートルを越える長身から160キロ近い剛速球を投げ込み、今シーズン21勝をマークするとともにナショナルリーグの奪三振王となった。彼は御年38歳であるが、今年のメジャーでは38歳を越えて20勝を上げた投手が彼を含めて3人いる。一方日本の38歳の投手はどれだけの活躍を残しているのだろうか。

 前人未到の400勝投手金田正一や、‘マサカリ投法’で名を知られる村田兆治のようにまれに40歳近くまで現役を続けた投手もいたが、ことし38歳だった巨人の槙原は二軍生活ののちに引退し、同じ年齢の工藤はケガでまったく活躍できなかった。36歳のベイスターズの小宮山(来季はメッツに移籍)が、かろうじて12勝を上げたくらいである。このように日米で‘高齢ピッチャー’の活躍ぶりに差が出るのは、いくつか原因があげられる。体力、トレーニング方法、チームの起用法、野球システムの違いなどがあげられるものの、若い頃、特に高校時代の過ごし方が寿命を左右するという説が根強くある。

 ここで思い出すのが、甲子園大会で活躍した太田幸司投手である。青森の弱小チームだった三沢高校を率いて春夏3回甲子園出場を果たし、特に昭和44年夏に松山商業と繰り広げた決勝戦、延長18回引き分け再試合の死闘は、今でも語り草になっている。太田は全試合を1人で投げぬいたが、そのときにこうむったダメージは、確実に彼の肉体から‘何か’を奪い去ったのではないだろうか。その後太田はプロ入りしたものの、通算で58勝しかあげることができなかった。彼の天賦の才能は、あの甲子園でつぶされたと断じるのは早計だろうか。

 西武ライオンズの松坂大輔投手も、同様に甲子園で相当な投球数を記録している。今のところ彼は3年連続の最多勝投手として活躍しているが、そのときのダメージがどれほどののものかは今のところ予測はできないし、その影響があったのかどうかも未来にならないとわからない。しかし成長期にしてしまった無理な投球は、確実にその後の投手生命に影響を及ぼすと主張する専門家は多い。日本でもジョンソン並の選手生命を保とうとすれば、高校野球の改革を考えなければならないだろう。(J)
 

<Vol.19>


「アナログオーディオ時代の終焉」(01・12・22)                  


 
アナログオーディオ時代の終焉(vol.19)

 FM雑誌「FMfan」が、12月5日発売号で休刊した。70〜80年代に4誌が売り上げを競ったFM雑誌は、これですべて姿を消してしまった。同時代を‘オーディオ小僧’を自称してエアチェック(※)と、オーディオコンポの更新に励んだ筆者にとっては、何か一つ柱を失ったような気持ちがしてならない。

 ラジオあるいはオーディオは映像がない分、聴取者の想像をかきたてる。スピーカから流れてくる音に耳を傾けながら、お気に入りのミュージシャンが、どんな姿格好で演奏し歌っているのか、どんな背景で曲作りをしているのか、他に参加したミュージシャンは誰かなど、こういった雑誌によってあとづけの知識を得ることで、音の世界を深めていくのが王道だった(と、筆者は今でも思っている)。そして、音を再生する機器にも凝った。オーディオマニアの間では‘神様’とまで呼ばれた評論家・長岡鉄夫氏の辛口論評を参考にしながら、「このスピーカーの高音は繊細さに欠ける」とか「アンプとの相性が悪いね」などと、マニアックな会話に興じるのもまた楽しい思い出になっている。その長岡氏は、惜しくも昨年5月に亡くなられた。

 今でも細々とレコードプレーヤーは生産・販売されているが、その音質や操作性をプロの目から解説する人はもういない。そして今回のFMfanの休刊。アナログオーディオの時代は、完全なる終焉を迎えた。(J)

※エアチェック=音楽ライブラリーを作るため、FMラジオの音楽番組をカセットテープに録音すること
 

<Vol.18>


「ラグビーの復権に期待する」(01・12・15)                  



 
ラグビーの復権に期待する
 1970年代後半から80年代前半に‘北の鉄人’新日鉄釜石がV7を達成し、80年代後半から90年代前半にかけて神戸製鋼が華麗なラグビーを展開して釜石の記録に並んだ頃が、ラグビー人気の絶頂にあった。釜石の森重隆、松尾雄二、神戸の平尾誠二、大八木敦といったスター選手のプレーが観客を魅了した。ところが、サッカー人気に押さ
れたうえに「きつい」「汚い」「苦しい」の3Kが嫌われたせいか、人気は下降線をたどっている。高校では部員が15名集まらず、助っ人を借りてようやく試合をしているところも少なくないらしい。1995年の第3回ワールドカップで、日本代表が‘王国’ニュージーランド・オールブラックスに17対145という歴史的な大敗を喫してから、特にその傾向が顕著になったような気がする。世界との実力差は歴然としており、W杯に過去4回出場して12試合戦った代表の結果は、1勝11敗の惨敗ぶりである。

 体格や体力では、明らかにオセアニアやヨーロッパの強豪国より劣っているし、「ラグビー」という文化に対する考え方もちがう。近年進むプロ化の波に遅れてしまったことも、弱体化の原因に挙げられるだろう。今のままでは世界に伍するような実力は得られそうもないが、道はなきにしもあらず。

 まず、大学の「対抗戦」グループと「リーグ戦」グループを統一する。早慶明の人気におんぶにだっこで、大学チーム全体のレベルアップになるようなリーグ編成になっていないからである。企業チームから脱したクラブチームへの再編も重要である。釜石はことし、新日鉄を離れて「シーウエーブス」というクラブチームに生まれ変わった。企業に属さなくても、実力がある者なら誰でも参加できるオープンなチーム組織である。そして3番目にプロ化をいっそう進めること、最後に競技人口の裾野を広げるために、スポーツ少年団と女子チームを組織化することである。筆者は、ラグビー
ウオッチャーとして強いジャパンを見たい。(J)
 

<Vol.17>


「抗菌天国バイキン地獄」(01・12・8)                  


 
抗菌天国バイキン地獄

 抗菌グッズが、依然として大流行りだ。肌着や靴下、子供が手に取るおもちゃ、スポンジやたわしといった台所用品、果ては文房具やカー用品にまで「抗菌」と称した商品が氾らんしている。抗菌になる物質は「ジンクピリチオン(zpt)」という亜鉛の化合物である。フケ防止のシャンプーにも含まれていて、カビ防止剤や防菌剤としてはポピュラーなものだ。

 しかし「清潔大国」ニッポンを象徴するようなこの物質には、実はいくつもの落とし穴がある。第一に、環境ホルモンの疑いがある。国立環境研究所の実験によると、25種類のシャンプーのうち、2種類の「ふけ用シャンプー」を混ぜた水で、卵から育てた魚に奇形が発生し、これらのふけ用シャンプーに共通して配合されているzptが、奇形発生の原因だと推定されている。さらにzptは、環境省が「環境リスクに関する知見の集積が必要な水環境中の物質」として指定した「要調査項目」の300物質の中に入っている。

 第二に、弱小生物に対する影響である。東京都消費生活総合センターの報告によれば、台所用スポンジたわしから抗菌剤が溶出し、そのたわしで洗った水槽の魚が死ぬという事例があったという(2001年2月6日東京都生活文化局発表)。

 第三に心身発達期における子供の菌耐性の低下である。いつも風邪をひいたような状態になっている、ケガがなかなか治りにくい、頻繁に下痢をする、そんな症状があったら耐性の低下を疑わなければならない。親心で清潔なものばかり与えていると、少々不潔な環境になったときに思わぬ病気を引き起こすことになるのだ。

 昔、あるハムメーカーが、「ワンパクでもいい、たくましく育って欲しい」というTVコマーシャルを流していたことがあった。抗菌グッズを減らし、寒風にあえて我が子をさらすことがその第一歩である。(Q)
 

<Vol.16>


「すべてのものはとどまらない」(01・12・1)                  


 
すべてのものはとどまらない

 ‘All things must pass’(すべてのものはとどまることはない)という東洋的無常観を表題にしたアルバムがある。世界の音楽シーンを変えたビートルズの数多い功績の中で、西洋的なロックミュージックに東洋的要素(とくにインド思想)を初めてとりいれたことは、特筆されるべきであろう。インドの民族楽器「シタール」がビートルズの楽曲で使われるようになり、グループの音楽的フィールドは「ロック」というジャンルを超えたとも言われた。その功労者こそ、リードギタリスト・ジョージ=ハリスンである。

 ジョン=レノン、ポール=マッカートニーという両天才ミュージシャンの影に隠れて目立たない存在だったゆえ、「クワイエット・ビートル」(静かなるビートル)と呼ばれていたが、インド思想を内面にとりいれた1967年からはめざましい成長をとげ、今やスタンダードとなった「サムシング」、輝く太陽を賛美した「ヒヤ・カムズ・ザ・ザン」、世界の神々をたたえる「マイ・スイート・ロード」など数々の名曲を生み出していく。そして1971年に彼が提唱して開かれた「バングラデッシュ難民救済コンサート」は、その後のミュージシャンによるチャリティコンサートのさきがけになった。

 彼の思想を最もよく表したのが、冒頭に紹介した2枚組のアルバム‘All thingsmust pass’である。ソロ活動を開始した直後に発表した作品で、いくつかのラブソングの間に、神々への愛を、お得意のギターを利かせたサウンドにのせて歌う名盤である。このアルバムだけでも、ジョンやポールと肩を並べる伝説のミュージシャンに仲間入りしたことは、証明されるだろう。傾倒した東洋の教え通りに、11月28日、ジョージ=ハリスンはこの世にとどまることなく、あの世に旅立った。享年58歳。訃報を聞いた直後、私は涙をこらえながら、ジョージの曲を聴きつづけた。(Q)
 

Vol.15>



「失敗から何を学ぶか−続編」(01・11・24)                  


 
失敗から何を学ぶか−続編

 前回は、かつて「一流」と呼ばれた日本企業における失敗例とそこからなにも学ばない経営者の寓を論じたが、先日ある興味深い失敗体験者の話を聞く機会があった。その人は、かつて年商5000億円を稼ぎ世界に450店舗、二万八千人の従業員を抱えるという流通王国を築いた「ヤオハン」の元会長・和田一夫氏である。

 静岡の八百屋の二代目として店を継ぎ、以後卓越した経営センスで東アジアに冠たる国際流通ネットワークを築き上げていったが、1997年2000億円の負債を抱え倒産、私財をすべて投げ打って自らは無一文になった。

 和田氏は、あの倒産劇にいくつかの教訓を見出している。まず事業が余りに広がりすぎたために、すべてに目が行き届かなくなっていたこと。さらによい情報ばかりが集まり、よくない情報が途中で握りつぶされるようになったこと。結果として対応が後手に回り、とり返しのつかない事態に立ち至ってしまった、などと振り返っている。また「悪い情報」が握りつぶされた例として、バイヤー(仕入れ担当者)に慢心が広がり、取引先との関係を悪くしてしまっていたことが、破綻してからわかったなどとも反省していた。前回挙げたいくつかの企業の失敗例と、重なる部分が多いと感じる。

 あれから3年、72歳になった和田氏は、過去の大失敗をバネに新しい事業にチャレンジしている。彼はその著書の中で、「三年の歳月を経過した今の私は、これまでの人生のいかなる時よりも、大きな幸福感に満たされています。最高に充実した日々を過ごしています」(「和田一夫の失敗に学ぶ ゼロからの経営学」)と述べ、新しい道に向かっての心境を語っている。その道とは、インターネットを利用した「国際経営塾」である。福岡県飯塚市で「アジアのシリコンバレー」を目指している若者と出会い、その熱意にほだされて移住を決意、自らの失敗経験を反面教師に、若い企業家
を育てる仕事に生きがいを見出したという。

 さすがにかつて「王国」を築いただけあるこの御仁、転んでもただでは起きないしぶとさは相当なものである。興味のある方はhttp://www.wadakazuo.comにアクセスしてみてほしい。(A)
 

<Vol.14>


「残存者利益」(01・11・17)                  



 
残存者利益

 東芝が日本語ワードプロセッサをはじめて売り出したのが、1973年のことであった。以来28年、カシオがワープロ専用機の生産・販売を中止すると先日発表したことで、その製品寿命を終えたかに見える。ウインドウズパソコンの普及と値下げ競争で、相対的に割高になったワープロ専用機の需要が減少したのが原因であろう。メーカー側も表計算やインターネットへの接続、年賀状印刷ができる機能を付加するなど巻き返しを図ったが、もはや対抗できる魅力は残っていなかった。すると国内で唯一ワープロを生産するのは、「書院」ブランドを持つシャープだけとなる。

 このようにかつては国内で盛んに生産されたものの、今や外国製品にとって代わられたり、生産されなくなった製品は数多い。例えばラジオ。多くの家電メーカーはすでに生産から撤退しているが、ソニーブランドのラジオは今でも売られている。もちろん海外生産品だろうが、いまだにソニーがこの手の製品を出していることは、新鮮でもあり驚きでもある。世界にソニーの名を広めたのがトランジスターラジオだっただけに、生産継続にこだわったのだろうと推察される。

 激しい価格競争にさらされたメーカーが次々と脱落していき、体力があるか、あるい海外生産に切り替えた数社だけが戦線に残る。そうすると、マーケットはそれほど大きくはないが、そのグループだけが安定的な利益を得ることになる。これが残存者利益である。

 ひるがえって日本語ワープロはどうだろう。たしかに日本国内でしか需要がないため、マーケットはどんどん狭まっている。しかし、中には日本語入力機能しかいらない人もいるだろうし、高齢者は余計な機能がついているパソコンは使えないだろうから、単機能に徹したワープロの需要はあるに違いない。そこに唯一のメーカー・シャープの付け入る余地がある。狭い市場(ニッチマーケット)ではあるが、少なくとも今の生産ラインを無駄にしなくても済む方法はあるだろう。(Q)

<Vol.13>


「失敗から何を学ぶか」(01・11・10)                  



 
失敗から何を学ぶか

 バブル崩壊以後、日本企業の凋落ぶりは目を覆わんばかりの状況である。ことに危機管理をおろそかにしたために、経営状況を自ら悪化させてしまった事例を数多く眼にする。巨額損失補填と粉飾決算で市場から追放された山一證券、ずさんな衛生管理で集団食中毒事件を起こした雪印、リコール隠しでユーザーの信頼を失った三菱自動車工業、長期間にわたるワンマン経営でチェック機能が働かず経営破綻に追いこまれた「そごう」と、枚挙に暇(いとま)がないほどである。

 「過去に目をふさぐものは現在にも盲目である」とは、東西統一ドイツの初代大統領・ワイツゼッカー氏の言である。これはナチスの犯罪にきちんと向き合わないものは、ファシズム到来の危機に鈍感になると、世界に警鐘を打ち鳴らしたものとしてとらえられている。

 実は危機を招いている企業も、昔同じような事件に見舞われているか、周りにそういった事例を見ているはずなのだ。例えば雪印は、昨年1万人以上の被害者を出す前にも、1955年に脱脂粉乳による食中毒患者を1900人出している。一連の検査で明らかになった衛生管理のお粗末さは、そのときの教訓が生かされていなかったことを物語っている。まさに「過去に目をふさ」いだ結果、現在の危機を見逃してしまったのである。

 人間や組織は、必ず失敗を起こす。しかし問題は、そこから何を学んで次に生かすかであろう。外務省や警察が一連の不祥事、不手際を「個人の問題」として片付けるならば、「過去に目をふさぐ」ことになると警告しておく。(A)

<Vol.12>


「30年前のテーマパーク」(01・11・3)                  



 
30年前のテーマパーク

 3月のユニバーサルスタジオジャパン(USJ)、9月には東京ディズニーランド(TDL)の隣りにディズニーシー(TDS)と、今年は大型テーマパークのオープンが相次いだ。TDL、TDSは合わせて年間2500万人の入場者を目論み、かたやUSJは800万人が目標だというから、この3つのパークだけで合計3300万人、実に4人に1人の日本人が行く計算になる。今や日本は、アメリカに次ぐ‘テーマパーク大国’になったといえるだろう。しかし今を去る30年前に、これを上回る大盛況となったテーマパークがあった。

 「人類の進歩と調和」をテーマにした日本万国博覧会は、1970年3月14日から9月13日まで大阪・千里丘陵で開かれ、日本を含め77ヵ国が参加した。会期中実に6422万人もの入場者数を記録したが、これは当時の国民10人中6人が行った計算になり、三大テーマパークの見込み入場者数のおよそ2倍という超盛況ぶりであった。激しかった宇宙開発競争を背景にして米ソが威信をかけて大パビリオンを出展し、特にアメリカが出品した「月の石」を一目見ようと、3時間4時間待ちも出たくらいの大変な騒ぎだった。日本人のテーマパーク好きは、この頃から始まったのかもしれない。今や千里丘陵の跡地は公園となり、岡本太郎がデザインした「太陽の塔」が当時の面影のまま残されているにすぎない。

 昨年のテーマパーク市場規模は、前年比で2.3%減少して4730億円にとどまったという(財団法人「自由時間デザイン協会」発行・レジャー白書)。宮崎シーガイヤは経営困難に陥っているし、長崎のハウステンボスや志摩スペイン村といった地方テーマパークは軒並み入場者数を減らしている。バブル期に相次いで作られた中小テーマパークは、リピーターも少なく閉鎖を余儀なくされている。今後は、アメリカ仕込みの大がかりな仕掛けモノと万人に人気があるキャラクターの演出で、東西二強のテーマパークがダントツの入場者数を記録するのであろう。(Q)

<Vol.11>


「You say民営化?」(01・10・27)                  



 

You say民営化?

 全国に2万4000ヶ所もの拠点を構え、250兆円の預金高に120兆円の保険金額を誇る世界最大の金融機関が、郵便局である。これが国営なのだから、やはり日本は社会主義国なのだと納得してしまう。これだけ巨額の権益が目の前にあれば、当然郵政関係者と郵政官僚、それにつながる政治家は「民営化絶対反対」の大合唱をすることになる。

 一口に郵便局といっても郵政事業庁‘直営局’と、地方の名士が局長になっている「特定局」、このほかに「簡易局」というのもある。この特定局長1万8800人余りが公務員扱いになっていながら、‘半世襲’という前近代的な制度が温存されているという。ただ一応採用試験はあるらしいのだが、一般人が応募要綱を目にすることは難しい上に公表されないという不透明さもただよう。営業促進や地域交際費などに充てられるという「渡切費」が年間900数十億円予算化されているが、使途を明らかにしなくてもよいというのも腑に落ちない。

 先の参議院選で48万票を獲得し、自民党で高位当選を果たした元郵政官僚(その後辞任)のほぼ100%が、全特(全国特定郵便局長会)の組織票であろう。当初全特は「100万票獲得」の大号令をかけたにもかかわらず、結果はその半分にも届かなかった。現役官僚を中心に大量の選挙違反者を出した背景には、このように組織力にかげりが見
られていたことからくる「あせり」があったのだろう。郵政民営化を唱える小泉内閣に何としてもくさびを打ち込みたいという目論見は、もろくも崩れ去ったかに見える。

 旧国鉄がJRに分割民営化されるときも、大変な抵抗があった。あのときの反対の論理も「地方の足が切り捨てられる」であった。確かに地方赤字路線は廃止されたが、その代替手段は確保され、しかもサービスが格段によくなるというプラス面が見られた。おそらく郵政が民営化されてもサービスの質は落ちないだろうし、逆に新たなアイディアが生れて事業が活性化するはずである。何事も改革の抵抗者は、既得権の受益者であり、自分の地位を失いたくない者である。例えそれが時代にそぐわなくなったとしても。(A)

<Vol.10>


「サムライの語学力」(01・10・20)                  



 
 サムライの語学力

 大リーグのイチローや佐々木、新庄、サッカーの中田や小野といったスポーツエリートが世界を舞台に大活躍している。活躍すればするほど地元からの取材が殺到し、記者とのやり取りも活発になる。多くの場合は通訳を介してのインタビューになるが、世界トップレベルの選手が集まるイタリア・セリエAの中で戦っている中田は、堂々とイタリア語で答えている。

 中田は高校生の頃から、「国立大学合格間違いなし」といわれていたくらい頭脳明晰であった。しかしそれがベースにあったとしても、それですぐにイタリア語がペラペラとはいかないだろう。世界最高のレベルで戦い続けるには、試合中でも試合が終わった後でもコミュニケーションが決定的に重要であることを彼は知っている。それはチーム内だけでなく、マスコミにも、そしてファンに対しても自らの考えやプレーを説明するのが義務となっているからなのだ。それには通訳を介さずに、自分の言葉で直に伝えるべきというのが、中田のポリシーなのだろう。その証拠に、彼は独自の
ホームページを持っており(http://nakata.net/jp/index.htm)、直接日本のファンに近況を伝えている。彼はポリシーを貫徹するため、サッカーの技能を磨きつつ、人知れずイタリア語取得に時間を割いていたに違いない。それこそ一流人の鑑(かがみ)といえる。

 このほかにも大リーグ・エンゼルスの長谷川滋利投手の英語もなかなかのものだし、日本人女子で初めて世界ランク一ケタ入りした伊達公子も、日本の女子マラソンを世界トップレベルに引き上げた有森裕子も、英語のコミュニケーションにはまったく問題がなかった。日本のスポーツレベルが世界基準に上がった今、あとは語学力でも世界にアピールすることが求められている。シンジョーが英語でジョークを言っている姿なんて、最高だと思うのだが。(J)

<Vol.9>


「たった1人の勇気」(01・10・13)                  



 
 たった1人の‘勇気’
 アメリカで発生した同時多発テロに対抗するため、ブッシュ大統領に武力行使の権限を与える決議を上下両院が可決したのは、9月14日のことである。テロが起きたのが11日のことだったから、わずか三日後のスピード可決であっ
た。上院は全会一致だったが、下院ではたった一人反対者が出た。反対票を投じたカリフォルニア州選出のバーバラ・リー議員(女性)は、「『だれかが抑制を利かせねばならない。決議の意味をじっくり考えるべきだ』と、武力行使が世界的に暴力の悪循環を生みかねないとの懸念を示した」という(9月16日付「朝日」)。

 個人的な話。あるサークルで知り合ったアメリカ人女性(仮に名前を‘ジャネット’としておこう)は、アメリカは軍事報復をすべきかどうかという話になった中で、「なぜそんなことをしなければならないのか。砲弾の落ちる所にいる女子供にどんな責任があるのでしょう」と、涙ながらに報復攻撃の理不尽さを説いていた。もちろんジャネット自身もアメリカの世論がどんなものであるかは十分に知っている。しかし、さらに多くの犠牲者を出すかもしれない報復攻撃は、結局のところ何の解決にもならないとの信念は変えられない。

 今アメリカ国内では、報復攻撃を思いとどまるよう訴える市民のデモが、少数とはいえ起きているという。世論が圧倒的に報復措置を支持している中での反対行動では、風車に向かって突進するドン・キ・ホーテの心境にもなろう。だが、筆者はバーバラ・リー議員にも、ジャネットにも、‘逆風’の中で平和デモを繰り広げる市民にも、アメリカという国のフトコロの広さ、奥深さ、価値観の多様性を見ると共に、個人的信念の強さに尊敬の念を覚える。

 テロ犯人には、烈火のような怒りを持ちつづけよう。だが、その反動としての軍事報復には、諸手を挙げて歓迎するのはつつしもう。(Q)

 【追記】10月8日未明、テロ首謀者と目されるビンラディンとアフガン・タリバンに対して、米軍を中心とする報復攻撃が開始された。国際社会は、再び報復テロの恐怖、すなわち「暴力の悪循環」と戦わねばならなくなった。
 

<Vol.8>

「日本野球の発展を阻害するもの」                  



 
  近鉄バッファローズの‘タフィ‘・ローズが、ついに‘世界の王’のシーズンホームラン記録を超えるかと期待されて迎えた9月30日のダイエー戦は、「やっぱり」と思わせる結果となった。ダイエー投手陣はことごとくローズとの勝負を避け、‘ボール攻め’に徹した。いらだったローズは、ボール球にあえて手を出して‘抗議’の意を示す。ダイエー監督はもちろん王貞治その人であり、その面前での記録更新を避けたいとする選手、コーチの気持ちはわからないではない。あるコーチが「55本の記録は、日本プロ野球の象徴として取っておくべきだ」と話しているから、チームの雰囲気はある程度わかる。しかし、である。そういった狭い見識と閉鎖性が、日本野球をつまらなくし、発展を阻害している原因だとそろそろ気づくべきであろう。

 1985年、阪神タイガースに在籍し「最強の助っ人」と呼ばれたRバースが54本のホームランを打って王の記録に挑戦して迎えたのが、巨人戦であった。そして何の因果か、当時の巨人軍監督は、王氏であった。結果、バースは2試合ともまともに勝負させてもらえず、そのままシーズン終了。のちに彼は「オレがガイジンだったからか」と述懐している。

 イチローがマリナーズに移籍した今シーズン、Jジャクソンが持つ新人の最多安打記録を更新したニュースは、日本人を大いに勇気づけた。もしアメリカの投手が「東洋からきたガイジンには記録は作らせない」と、敬遠攻めにしたらどうだろう。「人種差別」として大変な批判にさらされただろう。しかしあえて勝負にで、イチローは打ち返した。「精一杯投げた結果として打たれるなら、それは仕方がない。問題は勝負を避けることの不名誉だ」と、大リーガーはプライドを持って言うに違いない。そしてその割切りのよさが、力の対決でファンに夢を与える大リーグの発展を支えてきたので
はないだろうか。

 川島広守コミッショナーは今回の事態に対して、「フェアプレーを至上の価値とする野球の本質からまったく外れている。ファンの前で堂々と胸を張れる試合をすることを強く望む」との声明を出したが、私はこれを断固支持する。

 日本球界の閉鎖性、排他性は今も続いており、85年と今年2度も勝負を避けたために、日本の野球を少なくとも10年は遅れさせた王氏自身の責任は大きい。「そうして守られた記録は、その記録ばかりか記録を達成した選手の人格をもケガすことになる」とのコミッショナーの言葉を、王氏はどう聞いただろうか。(J)
 

<Vol.7>


「見上げればただ『空』」                  



 
 見上げればただ「空」
 突然だが、クイズ。JFケネディ、シャルル・ド・ゴール、レオナルド・ダ・ヴィンチー・・・これら歴史上偉大な人物に共通するものは?答えは、どれも空港名になっている、である。さてその「偉大なる人物」の仲間に、あるミュージシャンが加わることになった。来年春に新装オープンする予定のイギリス・リバプール空港に、ジョン・レノンの名前が冠されることになった。

 1940年、イギリスの寂れかけた港町リバプールに生を受けたレノンは、頭は良かったが、勉強嫌いが高じてロックにのめり込んでしまう。やがてポール・マッカートニーと出会いビートルズを結成、ロックミュージック界に数々の金字塔をうち立てる。グループ解散後は小野洋子夫人とともに平和運動に尽力すると共に、ソロ活動でも数々の名曲を生み出していく。子供が産まれてしばらく「主夫生活」を送った後、カムバックした矢先の1980年、ニューヨークの自宅前で熱狂的ファンに暗殺された。しかし、その後も多大な影響を与え続け、昨年にはさいたま市に世界で唯一「ジョン・レノン・ミュージアム」がオープンしている。

 リバプール空港のジョンのモニュメントには、ジョン自筆による自分の似顔絵の他に、「見上げればそこにあるのはただ空」という文言が刻まれることになっている。これはジョンの代表曲「イマジン」からとられた一節である。小野洋子夫人は新空港の命名発表会の席上、こう言ったという。「ジョンの思い出と彼を愛する気持ちから、彼の名前をつけてくれることに心から深く感謝します。このようなかたちで、リバプール市がジョンに栄誉を与えてくれたことに喜んでいます。この空港が世界中にすばらしいメッセージを運んでくれることを望んでいます。ジョンが人間には上下がないと言っていたように、私たちの上にあるのは、空だけです」。彼女はこの街に来るたびに、空にいるジョン・レノンに見守られながら、夫の名前が付いた空港を使うことになるのだろう。(J)

 【追記】9月25日付ニューヨクタイムズ紙に、「Imagine all the people living life in peace(人々が平和に暮らすことを想像しよう)」という一行の詞だけ印刷された全面広告が、掲載された。掲載主の名前はなかったが、もちろん、小野洋子さんの今回のテロ事件に関するメッセージであることは疑いがない。

<Vol.6>


「金がないトップの人心掌握術」                  



 
 金がないトップの人心掌握術

 世知辛い世の中、何事も金銭的指標で語られる風潮があり、「成果配分は金でくれ」と主張する社員が多い。しかし昨今の厳しい経済状況においては、社員が華々しい成果を上げてもなかなかそれに報いることができない会社が圧倒的に多いに違いない。かといって、何も報いなければ社員は辞めていってしまう。そんなジレンマを抱えている社長
さん、こんな報い方もありますよ。
     
 戦国の武将・蒲生氏郷(がもううじさと)は、幼い頃織田信長に仕えて帝王学を仕込まれ、その人心掌握術には長けていた。彼の封じられた領地はさほど恵まれたところとは言えなかったが、家臣の忠誠心は他の有名武将に比べて勝るとも劣るものではなかった。ひっ迫した財政状況の中で、手柄があっても十分な恩賞を与えてやれなかった氏郷は、ある日酒を振舞うと部下を屋敷に呼んだ。

 「過日の獅子奮迅の活躍は見事であった。何もしてやれないが、酒食は存分に出そうぞ。まあその前に、風呂でも浴びて汗を流してこないか」と言ったであろう、「身に余るお言葉、ありがたき幸せでござる」と部下は風呂に行って湯船につかったと推察される。しかしややヌルい。すると外では何やら薪を切る音がする。やがて火がたかれる音がして、次第に湯の温度が上がってきた。ちょうどいい湯加減になった頃、突然「湯の具合はどうじゃ」と尋ねる声が、かまどの方から聞こえる。それはまごうことなく主君・氏郷の声である。ビックリした部下は、あせりながら「結構な湯加減でござる」と答えるのが精一杯であったに違いない。「俺にはカネはないが、薪はいくらでもある。ぬるかったら遠慮なく言え」という主君の言葉に、部下には熱いものがこみ上げていた。これが有名な「蒲生風呂」である。その話が広まり、家臣はその「蒲生風呂」の栄誉に浴すべく、いっそう忠誠を尽くしたという。(Q)

<Vol.5>


「官僚主義も死なず?」                  



 
 官僚主義も死なず?

 社会主義といえば「官僚主義」が跋扈(ばっこ)するというのが相場だが、その観点から言えば我が‘エセ資本主義国’ニッポンも相当な官僚主義が蔓延している。日本は戦後長らく「政低官高」という風潮が続いていた。高度経済成長を実現していた時代ではそのやり方が効率的であったし、政治家は公共事業による利益還元のおこぼれで選挙区での票を確保してきた。その結果情報や利権が政官財に集中し、特にその要となっていた官僚機構が自己増殖を果たしたのである。百を超える政府系特殊法人がその代表であろう。そこに税金を使って事業を確保すると同時に、役人の天下り先として第二の人生を送る場所を自らつくったのである。これが官僚主導国家・ニッポンの面目躍如たる所以である。

 一方で、「官僚に任せれば、とりあえず国は回る」と、自らの頭と行動力で名を成す政治家が育たず、政治屋あって政治家不在の状況が続いてきた。演出家の和田勉は、こんな日本を称して「官立国家」と規定した。

 官僚やお役人に決定的に不足しているのは、「危機感」であり「利用者優先の思考」である。日本TV系の「雷波少年」というバラエティ番組で、ゴミ処理をしながら全国を回っている若手お笑い芸人が岩手県でゴミ処理をしているとき、その処理方法を相談しに訪れた県庁で、「たらい回し」された上「ボランティアは歓迎だが有料」という古典的なお役所的対応に遭った場面が放映された。すると即時に全国から岩手県庁に抗議が殺到し、県知事が謝罪の記者会見をした。また田中康夫長野県知事が、就任の挨拶回りで訪れたある課で、幹部職員に名刺を折り曲げられた一件はあまりに有名になった。

 例えば民間企業で、要望を言いに訪れた顧客をたらい回しにしたら、客は2度とそこを利用しなくなるだろう。せっかく社長が着任の挨拶に来たのに、その名刺を目前で折り曲げたらすぐ首になるだろう。民間は、会社存亡の危機に絶えずさらされつづけているのであるが、お役人は「役所は絶対つぶれない」と思いこみ、危機感のかけらすら持たないし、自らの行動規範を唯我独尊として保持し続ける。「官立国家」日本は、永久に不滅です?(A)
 

<Vol.4>


「もう一つの野球」                  



 
  セ・リーグのペナントレースは、どうやらヤクルト・スワローズがそのままゴールまで行きそうな可能性が強くなってきた。豊富な資金にモノをいわせて有力選手をかき集めたジャイアンツは、昨年こそブッちぎり優勝したものの、今シーズンは投手力不振が響いてスワローズの後塵を拝しているだけでなく、TV視聴率が10%代前半に低迷するというダブルパンチに見舞われている。ようやく日本のファンにも「野球を見る眼」が出てきたというべきで、喜ばしい事態であろう。ジャイアンツの野球をうさん臭く感じる人が増えたからである。

 「地球の裏側にもう一つのベースボールがあった」と日本野球を喝破したのは、かつてスワローズ(当時アトムズ)に在籍した元大リーガー・ボブ=ホーナーであったが、その「もう一つのベースボール」=型にはめて管理する日本型野球を見事なまでに体現したのが、‘盟主’と自他共に認める読売巨人軍だった。その巨人(もっと具体的にいえばオー
ナーの渡辺恒雄氏)が主導権を握る日本のプロ野球の将来に見切りをつけ、力と力の勝負ができる場所を求め海を渡ったのが野茂英雄(現・レッドソックス)である。彼が大成功を収めると次々に大リーグに飛び出す選手が増えていき、「大魔人」佐々木や「天才」イチロー、「宇宙人」新庄といったスター選手までが今やアメリカの地で堂々とプレーしているのはご存知の通りであろう。かくしてメジャーリーグという本物のベースボールを見てしまったファンは、「もう一つの野球」との違いを見抜いてしまうのである。

 「奢れるものは久しからず、ただ春の夢の如し」と世の無常さ、人が「性(さが)」として陥ってしまう傲慢さを綿々とつづる13世紀の平家物語を、21世紀の今、束の間の繁栄を見た巨人軍フロントがもっとも読むべき文献としてお薦めしておこう。
(J)
 


 
 

<Vol.3>


「社会主義は死なず?」                  



 
  1917年、レーニン率いるロシア・ボルシェヴィキが政権を奪取、世界史上はじめて社会主義政権が誕生した。この事件は20世紀の中でも特筆されるべき出来事であったが、以来70余年、1991年にソビエト社会主義共和国連邦が崩壊して社会主義が、21世紀を待たずして歴史的役割を終えたかに思われた。とは言うものの、いまだに世界の中では「社会主義」を国是とする国がいくつか散見されるので、完全に世界地図上から消え去ったわけではない。

 かつて東西冷戦華やかし頃、ソ連高官が「その国」を視察に訪れた際、そのありさまに大変ビックリしてこうもらしたという。「なんということだ。ここはわが国が目指す国づくりをもうやってしまっている!」そう、「その国」こそ日本だったのだ。

 この小話が示すように、日本は、特に60、70年代を、高度な消費社会と規律ある国造りを目指してガムシャラに働き続け、成功を収めたのである。

 80年代後半から、勢いに乗った日本は今度はバブル景気に沸いた。「ジャパン・アズ、ナンバー1」などと持ち上げられ、土地と株で沸いたようにあふれ出たジャパン・マネーで世界中の土地と企業と美術品を買い漁った。「日本型経営こそ普遍」などともてはやされたのが、ついこの前である。しかし90年代に入ってバブルは崩壊、すべてが元の木阿弥に戻るどころか、戦後最長という不景気に突入した。まさに天国と地獄を短期間に見たのである。

 バブルに踊った企業は、当然その責任をとる格好で市場から消えていったが、なぜか銀行だけは特別扱いを受ける。つぶれかかった銀行を「公的資金」という国民の税金を注入して救うという‘社会主義政策’が実行されたのである。資本主義の論理に従えば、経営破綻した企業は市場から消えなければならないのだが、自由社会の‘守護神’を自負する自由民主党が強硬に「公的資金投入」を主張し、社会主義実現を是とする日本共産党が反対するという「奇妙な逆転現象」もあった。私たちの住む国が、実は資本主義を名乗っていながら社会主義を堂々とやっているとは、ビックリ。(A)
 


 

<Vol.2>


「成田の決意」                  



 
 「成田離婚」という言葉が流行ったのはもう10年以上前のことになろうか。何でも最近は「成田決意」という言葉が流行っているという。といっても離婚を撤回して結婚を継続する決意を固める、という意味ではないらしい。海外旅行に行った旅行者が現地でうまくコミュニケーションがとれなくて、「英語を絶対マスターしてやる」と決意して英会話学校に通うようになる現象を指すのだそうだ。でも考えてみれば、ほとんどの日本人は中学・高校と少なくとも6年間英語を勉強している。しかし読めたり書けたりする人はそこそこいるが(それも受験があるから)、話せるという人はそんなに多くない。話せるようになるためには、あらためて英会話学校に行くか、語学留学するしかない。この現象は諸外国からいわせれば「アンビリーバボー」である。

 日産やマツダをはじめ外国人が社長になっている会社はそれほど珍しくなくなったし、インターネットの世界はその9割が英語によるサイトだといわれている。政治、経済、学術はいわずもがな、社会全般がグローバル化なくして発展はない。だから英語が重要性を増しこそすれ、衰えることはないであろう。政府が2002年度から英語を小学校から習わせようとする意図はわからないではない。しかし、である。

 6年間勉強するものを1年前倒ししたとしても、結果は同じになる可能性がある。なぜなら、英語を日常の道具として使う環境が今の日本にはないからである。ヨーロッパの人々が平気で2カ国語、3カ国語を操れるのは、国が地続きになっているため、必然的に外国語を覚えなければならないという環境にあるからであろう。四方を海に囲まれた日本は、日本語ですべてが事足りてしまう。かくして成田で「決意」を固めたOLによる英会話学校の混雑は続くのである。(Q)

<Vol.1>


「吉野家」の策略                      



 
 
 
 吉野家には、よく行く。そう、あの牛丼の大手チェーン店である。若い頃は平気で大盛りを食べていたが、今は「並」が精一杯。あとはみそ汁を追加すれば十分である。(大盛りが食べられなくなったとき、これでオレの青春も終わったと実感しました、ハイ)
 8月1日から吉野家ディー&シーは、西日本地域に続いて東日本地域の価格を一斉に下げた。「並」が400円から280円という、時流子にとってはうれしい価格改定になった。ただなぜか、大盛りは500円が440円に、特盛りは600円が540円と「並」よりも引き下げ幅が小さい。
 店内の動きを見て「なるほど」と思った。大盛り(特盛り含む)が2人に一人ぐらいの割合なのだ(あくまでも時流子が店内にいた時間に限る)。注文全体のおよそ半分を占める「大盛り」の値下げ幅を少なくして、売上高ダウンを最小限に押さえ、「オジさん」向け並の値下げを大きく宣伝して来客増加を狙う。果たせるかな、実際に来客数は2.2倍、売上高は1.6倍になったという(8月18日付各紙)。吉野家、おぬしも「ワル」よのう。(A)

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