バックナンバー vol.11〜20


<Vol.20> 「投手をダメにする高校野球」(01・12・30)


 

投手をダメにする高校野球(vol.20)

 日本でも人気が高い大リーグ・ダイヤモンドバックスの左腕エースRジョンソンは、2メートルを越える長身から160キロ近い剛速球を投げ込み、今シーズン21勝をマークするとともにナショナルリーグの奪三振王となった。彼は御年38歳であるが、今年のメジャーでは38歳を越えて20勝を上げた投手が彼を含めて3人いる。一方日本の38歳の投手はどれだけの活躍を残しているのだろうか。

 前人未到の400勝投手金田正一や、‘マサカリ投法’で名を知られる村田兆治のようにまれに40歳近くまで現役を続けた投手もいたが、ことし38歳だった巨人の槙原は二軍生活ののちに引退し、同じ年齢の工藤はケガでまったく活躍できなかった。36歳のベイスターズの小宮山(来季はメッツに移籍)が、かろうじて12勝を上げたくらいである。このように日米で‘高齢ピッチャー’の活躍ぶりに差が出るのは、いくつか原因があげられる。体力、トレーニング方法、チームの起用法、野球システムの違いなどがあげられるものの、若い頃、特に高校時代の過ごし方が寿命を左右するという説が根強くある。

 ここで思い出すのが、甲子園大会で活躍した太田幸司投手である。青森の弱小チームだった三沢高校を率いて春夏3回甲子園出場を果たし、特に昭和44年夏に松山商業と繰り広げた決勝戦、延長18回引き分け再試合の死闘は、今でも語り草になっている。太田は全試合を1人で投げぬいたが、そのときにこうむったダメージは、確実に彼の肉体から‘何か’を奪い去ったのではないだろうか。その後太田はプロ入りしたものの、通算で58勝しかあげることができなかった。彼の天賦の才能は、あの甲子園でつぶされたと断じるのは早計だろうか。

 西武ライオンズの松坂大輔投手も、同様に甲子園で相当な投球数を記録している。今のところ彼は3年連続の最多勝投手として活躍しているが、そのときのダメージがどれほどののものかは今のところ予測はできないし、その影響があったのかどうかも未来にならないとわからない。しかし成長期にしてしまった無理な投球は、確実にその後の投手生命に影響を及ぼすと主張する専門家は多い。日本でもジョンソン並の選手生命を保とうとすれば、高校野球の改革を考えなければならないだろう。(J)
 


<Vol.19>「アナログオーディオ時代の終焉」(01・12・22)


 

アナログオーディオ時代の終焉(vol.19)

 FM雑誌「FMfan」が、12月5日発売号で休刊した。70〜80年代に4誌が売り上げを競ったFM雑誌は、これですべて姿を消してしまった。同時代を‘オーディオ小僧’を自称してエアチェック(※)と、オーディオコンポの更新に励んだ筆者にとっては、何か一つ柱を失ったような気持ちがしてならない。

 ラジオあるいはオーディオは映像がない分、聴取者の想像をかきたてる。スピーカから流れてくる音に耳を傾けながら、お気に入りのミュージシャンが、どんな姿格好で演奏し歌っているのか、どんな背景で曲作りをしているのか、他に参加したミュージシャンは誰かなど、こういった雑誌によってあとづけの知識を得ることで、音の世界を深めていくのが王道だった(と、筆者は今でも思っている)。そして、音を再生する機器にも凝った。オーディオマニアの間では‘神様’とまで呼ばれた評論家・長岡鉄夫氏の辛口論評を参考にしながら、「このスピーカーの高音は繊細さに欠ける」とか「アンプとの相性が悪いね」などと、マニアックな会話に興じるのもまた楽しい思い出になっている。その長岡氏は、惜しくも昨年5月に亡くなられた。

 今でも細々とレコードプレーヤーは生産・販売されているが、その音質や操作性をプロの目から解説する人はもういない。そして今回のFMfanの休刊。アナログオーディオの時代は、完全なる終焉を迎えた。(J)

※エアチェック=音楽ライブラリーを作るため、FMラジオの音楽番組をカセットテープに録音すること
 



<Vol.18> 「ラグビーの復権に期待する」(01・12・15)


 

ラグビーの復権に期待する
 1970年代後半から80年代前半に‘北の鉄人’新日鉄釜石がV7を達成し、80年代後半から90年代前半にかけて神戸製鋼が華麗なラグビーを展開して釜石の記録に並んだ頃が、ラグビー人気の絶頂にあった。釜石の森重隆、松尾雄二、神戸の平尾誠二、大八木敦といったスター選手のプレーが観客を魅了した。ところが、サッカー人気に押さ
れたうえに「きつい」「汚い」「苦しい」の3Kが嫌われたせいか、人気は下降線をたどっている。高校では部員が15名集まらず、助っ人を借りてようやく試合をしているところも少なくないらしい。1995年の第3回ワールドカップで、日本代表が‘王国’ニュージーランド・オールブラックスに17対145という歴史的な大敗を喫してから、特にその傾向が顕著になったような気がする。世界との実力差は歴然としており、W杯に過去4回出場して12試合戦った代表の結果は、1勝11敗の惨敗ぶりである。

 体格や体力では、明らかにオセアニアやヨーロッパの強豪国より劣っているし、「ラグビー」という文化に対する考え方もちがう。近年進むプロ化の波に遅れてしまったことも、弱体化の原因に挙げられるだろう。今のままでは世界に伍するような実力は得られそうもないが、道はなきにしもあらず。

 まず、大学の「対抗戦」グループと「リーグ戦」グループを統一する。早慶明の人気におんぶにだっこで、大学チーム全体のレベルアップになるようなリーグ編成になっていないからである。企業チームから脱したクラブチームへの再編も重要である。釜石はことし、新日鉄を離れて「シーウエーブス」というクラブチームに生まれ変わった。企業に属さなくても、実力がある者なら誰でも参加できるオープンなチーム組織である。そして3番目にプロ化をいっそう進めること、最後に競技人口の裾野を広げるために、スポーツ少年団と女子チームを組織化することである。筆者は、ラグビー
ウオッチャーとして強いジャパンを見たい。(J)
 


<Vol.17>「抗菌天国バイキン地獄」(01・12・8)


 

抗菌天国バイキン地獄

 抗菌グッズが、依然として大流行りだ。肌着や靴下、子供が手に取るおもちゃ、スポンジやたわしといった台所用品、果ては文房具やカー用品にまで「抗菌」と称した商品が氾らんしている。抗菌になる物質は「ジンクピリチオン(zpt)」という亜鉛の化合物である。フケ防止のシャンプーにも含まれていて、カビ防止剤や防菌剤としてはポピュラーなものだ。

 しかし「清潔大国」ニッポンを象徴するようなこの物質には、実はいくつもの落とし穴がある。第一に、環境ホルモンの疑いがある。国立環境研究所の実験によると、25種類のシャンプーのうち、2種類の「ふけ用シャンプー」を混ぜた水で、卵から育てた魚に奇形が発生し、これらのふけ用シャンプーに共通して配合されているzptが、奇形発生の原因だと推定されている。さらにzptは、環境省が「環境リスクに関する知見の集積が必要な水環境中の物質」として指定した「要調査項目」の300物質の中に入っている。

 第二に、弱小生物に対する影響である。東京都消費生活総合センターの報告によれば、台所用スポンジたわしから抗菌剤が溶出し、そのたわしで洗った水槽の魚が死ぬという事例があったという(2001年2月6日東京都生活文化局発表)。

 第三に心身発達期における子供の菌耐性の低下である。いつも風邪をひいたような状態になっている、ケガがなかなか治りにくい、頻繁に下痢をする、そんな症状があったら耐性の低下を疑わなければならない。親心で清潔なものばかり与えていると、少々不潔な環境になったときに思わぬ病気を引き起こすことになるのだ。

 昔、あるハムメーカーが、「ワンパクでもいい、たくましく育って欲しい」というTVコマーシャルを流していたことがあった。抗菌グッズを減らし、寒風にあえて我が子をさらすことがその第一歩である。(Q)
 

 


<Vol.16> 「すべてのものはとどまらない」(01・12・1)


 

すべてのものはとどまらない

 ‘All things must pass’(すべてのものはとどまることはない)という東洋的無常観を表題にしたアルバムがある。世界の音楽シーンを変えたビートルズの数多い功績の中で、西洋的なロックミュージックに東洋的要素(とくにインド思想)を初めてとりいれたことは、特筆されるべきであろう。インドの民族楽器「シタール」がビートルズの楽曲で使われるようになり、グループの音楽的フィールドは「ロック」というジャンルを超えたとも言われた。その功労者こそ、リードギタリスト・ジョージ=ハリスンである。

 ジョン=レノン、ポール=マッカートニーという両天才ミュージシャンの影に隠れて目立たない存在だったゆえ、「クワイエット・ビートル」(静かなるビートル)と呼ばれていたが、インド思想を内面にとりいれた1967年からはめざましい成長をとげ、今やスタンダードとなった「サムシング」、輝く太陽を賛美した「ヒヤ・カムズ・ザ・ザン」、世界の神々をたたえる「マイ・スイート・ロード」など数々の名曲を生み出していく。そして1971年に彼が提唱して開かれた「バングラデッシュ難民救済コンサート」は、その後のミュージシャンによるチャリティコンサートのさきがけになった。

 彼の思想を最もよく表したのが、冒頭に紹介した2枚組のアルバム‘All thingsmust pass’である。ソロ活動を開始した直後に発表した作品で、いくつかのラブソングの間に、神々への愛を、お得意のギターを利かせたサウンドにのせて歌う名盤である。このアルバムだけでも、ジョンやポールと肩を並べる伝説のミュージシャンに仲間入りしたことは、証明されるだろう。傾倒した東洋の教え通りに、11月28日、ジョージ=ハリスンはこの世にとどまることなく、あの世に旅立った。享年58歳。訃報を聞いた直後、私は涙をこらえながら、ジョージの曲を聴きつづけた。(Q)
 



Vol.15> 「失敗から何を学ぶか−続編」(01・11・24)


 

失敗から何を学ぶか−続編

 前回は、かつて「一流」と呼ばれた日本企業における失敗例とそこからなにも学ばない経営者の寓を論じたが、先日ある興味深い失敗体験者の話を聞く機会があった。その人は、かつて年商5000億円を稼ぎ世界に450店舗、二万八千人の従業員を抱えるという流通王国を築いた「ヤオハン」の元会長・和田一夫氏である。

 静岡の八百屋の二代目として店を継ぎ、以後卓越した経営センスで東アジアに冠たる国際流通ネットワークを築き上げていったが、1997年2000億円の負債を抱え倒産、私財をすべて投げ打って自らは無一文になった。

 和田氏は、あの倒産劇にいくつかの教訓を見出している。まず事業が余りに広がりすぎたために、すべてに目が行き届かなくなっていたこと。さらによい情報ばかりが集まり、よくない情報が途中で握りつぶされるようになったこと。結果として対応が後手に回り、とり返しのつかない事態に立ち至ってしまった、などと振り返っている。また「悪い情報」が握りつぶされた例として、バイヤー(仕入れ担当者)に慢心が広がり、取引先との関係を悪くしてしまっていたことが、破綻してからわかったなどとも反省していた。前回挙げたいくつかの企業の失敗例と、重なる部分が多いと感じる。

 あれから3年、72歳になった和田氏は、過去の大失敗をバネに新しい事業にチャレンジしている。彼はその著書の中で、「三年の歳月を経過した今の私は、これまでの人生のいかなる時よりも、大きな幸福感に満たされています。最高に充実した日々を過ごしています」(「和田一夫の失敗に学ぶ ゼロからの経営学」)と述べ、新しい道に向かっての心境を語っている。その道とは、インターネットを利用した「国際経営塾」である。福岡県飯塚市で「アジアのシリコンバレー」を目指している若者と出会い、その熱意にほだされて移住を決意、自らの失敗経験を反面教師に、若い企業家
を育てる仕事に生きがいを見出したという。

 さすがにかつて「王国」を築いただけあるこの御仁、転んでもただでは起きないしぶとさは相当なものである。興味のある方はhttp://www.wadakazuo.com/にアクセスしてみてほしい。(A)
 



<Vol.14> 「残存者利益」(01・11・17)


 

残存者利益

 東芝が日本語ワードプロセッサをはじめて売り出したのが、1973年のことであった。以来28年、カシオがワープロ専用機の生産・販売を中止すると先日発表したことで、その製品寿命を終えたかに見える。ウインドウズパソコンの普及と値下げ競争で、相対的に割高になったワープロ専用機の需要が減少したのが原因であろう。メーカー側も表計算やインターネットへの接続、年賀状印刷ができる機能を付加するなど巻き返しを図ったが、もはや対抗できる魅力は残っていなかった。すると国内で唯一ワープロを生産するのは、「書院」ブランドを持つシャープだけとなる。

 このようにかつては国内で盛んに生産されたものの、今や外国製品にとって代わられたり、生産されなくなった製品は数多い。例えばラジオ。多くの家電メーカーはすでに生産から撤退しているが、ソニーブランドのラジオは今でも売られている。もちろん海外生産品だろうが、いまだにソニーがこの手の製品を出していることは、新鮮でもあり驚きでもある。世界にソニーの名を広めたのがトランジスターラジオだっただけに、生産継続にこだわったのだろうと推察される。

 激しい価格競争にさらされたメーカーが次々と脱落していき、体力があるか、あるい海外生産に切り替えた数社だけが戦線に残る。そうすると、マーケットはそれほど大きくはないが、そのグループだけが安定的な利益を得ることになる。これが残存者利益である。

 ひるがえって日本語ワープロはどうだろう。たしかに日本国内でしか需要がないため、マーケットはどんどん狭まっている。しかし、中には日本語入力機能しかいらない人もいるだろうし、高齢者は余計な機能がついているパソコンは使えないだろうから、単機能に徹したワープロの需要はあるに違いない。そこに唯一のメーカー・シャープの付け入る余地がある。狭い市場(ニッチマーケット)ではあるが、少なくとも今の生産ラインを無駄にしなくても済む方法はあるだろう。(Q)



<Vol.13> 「失敗から何を学ぶか」(01・11・10)


 

失敗から何を学ぶか

 バブル崩壊以後、日本企業の凋落ぶりは目を覆わんばかりの状況である。ことに危機管理をおろそかにしたために、経営状況を自ら悪化させてしまった事例を数多く眼にする。巨額損失補填と粉飾決算で市場から追放された山一證券、ずさんな衛生管理で集団食中毒事件を起こした雪印、リコール隠しでユーザーの信頼を失った三菱自動車工業、長期間にわたるワンマン経営でチェック機能が働かず経営破綻に追いこまれた「そごう」と、枚挙に暇(いとま)がないほどである。

 「過去に目をふさぐものは現在にも盲目である」とは、東西統一ドイツの初代大統領・ワイツゼッカー氏の言である。これはナチスの犯罪にきちんと向き合わないものは、ファシズム到来の危機に鈍感になると、世界に警鐘を打ち鳴らしたものとしてとらえられている。

 実は危機を招いている企業も、昔同じような事件に見舞われているか、周りにそういった事例を見ているはずなのだ。例えば雪印は、昨年1万人以上の被害者を出す前にも、1955年に脱脂粉乳による食中毒患者を1900人出している。一連の検査で明らかになった衛生管理のお粗末さは、そのときの教訓が生かされていなかったことを物語っている。まさに「過去に目をふさ」いだ結果、現在の危機を見逃してしまったのである。

 人間や組織は、必ず失敗を起こす。しかし問題は、そこから何を学んで次に生かすかであろう。外務省や警察が一連の不祥事、不手際を「個人の問題」として片付けるならば、「過去に目をふさぐ」ことになると警告しておく。(A)



<Vol.12> 「30年前のテーマパーク」(01・11・3)


 

30年前のテーマパーク

 3月のユニバーサルスタジオジャパン(USJ)、9月には東京ディズニーランド(TDL)の隣りにディズニーシー(TDS)と、今年は大型テーマパークのオープンが相次いだ。TDL、TDSは合わせて年間2500万人の入場者を目論み、かたやUSJは800万人が目標だというから、この3つのパークだけで合計3300万人、実に4人に1人の日本人が行く計算になる。今や日本は、アメリカに次ぐ‘テーマパーク大国’になったといえるだろう。しかし今を去る30年前に、これを上回る大盛況となったテーマパークがあった。

 「人類の進歩と調和」をテーマにした日本万国博覧会は、1970年3月14日から9月13日まで大阪・千里丘陵で開かれ、日本を含め77ヵ国が参加した。会期中実に6422万人もの入場者数を記録したが、これは当時の国民10人中6人が行った計算になり、三大テーマパークの見込み入場者数のおよそ2倍という超盛況ぶりであった。激しかった宇宙開発競争を背景にして米ソが威信をかけて大パビリオンを出展し、特にアメリカが出品した「月の石」を一目見ようと、3時間4時間待ちも出たくらいの大変な騒ぎだった。日本人のテーマパーク好きは、この頃から始まったのかもしれない。今や千里丘陵の跡地は公園となり、岡本太郎がデザインした「太陽の塔」が当時の面影のまま残されているにすぎない。

 昨年のテーマパーク市場規模は、前年比で2.3%減少して4730億円にとどまったという(財団法人「自由時間デザイン協会」発行・レジャー白書)。宮崎シーガイヤは経営困難に陥っているし、長崎のハウステンボスや志摩スペイン村といった地方テーマパークは軒並み入場者数を減らしている。バブル期に相次いで作られた中小テーマパークは、リピーターも少なく閉鎖を余儀なくされている。今後は、アメリカ仕込みの大がかりな仕掛けモノと万人に人気があるキャラクターの演出で、東西二強のテーマパークがダントツの入場者数を記録するのであろう。(Q)



<Vol.11> 「You say民営化?」(01・10・27)


 


You say民営化?

 全国に2万4000ヶ所もの拠点を構え、250兆円の預金高に120兆円の保険金額を誇る世界最大の金融機関が、郵便局である。これが国営なのだから、やはり日本は社会主義国なのだと納得してしまう。これだけ巨額の権益が目の前にあれば、当然郵政関係者と郵政官僚、それにつながる政治家は「民営化絶対反対」の大合唱をすることになる。

 一口に郵便局といっても郵政事業庁‘直営局’と、地方の名士が局長になっている「特定局」、このほかに「簡易局」というのもある。この特定局長1万8800人余りが公務員扱いになっていながら、‘半世襲’という前近代的な制度が温存されているという。ただ一応採用試験はあるらしいのだが、一般人が応募要綱を目にすることは難しい上に公表されないという不透明さもただよう。営業促進や地域交際費などに充てられるという「渡切費」が年間900数十億円予算化されているが、使途を明らかにしなくてもよいというのも腑に落ちない。

 先の参議院選で48万票を獲得し、自民党で高位当選を果たした元郵政官僚(その後辞任)のほぼ100%が、全特(全国特定郵便局長会)の組織票であろう。当初全特は「100万票獲得」の大号令をかけたにもかかわらず、結果はその半分にも届かなかった。現役官僚を中心に大量の選挙違反者を出した背景には、このように組織力にかげりが見
られていたことからくる「あせり」があったのだろう。郵政民営化を唱える小泉内閣に何としてもくさびを打ち込みたいという目論見は、もろくも崩れ去ったかに見える。

 旧国鉄がJRに分割民営化されるときも、大変な抵抗があった。あのときの反対の論理も「地方の足が切り捨てられる」であった。確かに地方赤字路線は廃止されたが、その代替手段は確保され、しかもサービスが格段によくなるというプラス面が見られた。おそらく郵政が民営化されてもサービスの質は落ちないだろうし、逆に新たなアイディアが生れて事業が活性化するはずである。何事も改革の抵抗者は、既得権の受益者であり、自分の地位を失いたくない者である。例えそれが時代にそぐわなくなったとしても。(A)