こちら編集室「子供たちからの手紙」(1月25日)

 昨年暮れのことだが、大曲市角間川小学校の5年生の子供たち5人から「新聞制作と取材」をテーマに話をしたことへのお礼の手紙をいただいた。伊藤孝之校長の礼状を添え、5人の子供たちが一枚の便箋に鉛筆書きの丁寧な文字で、しかもとても心のこもった内容の手紙だった。5通のうち4通までは前書きが「12月15日には取材の仕方などをいろいろ、教えて下さり、ありがとうございました」とほぼ同じだったが、面白いと思ったのは絢那ちゃんという女の子からの1通である。思いっきり自己主張をしているのである。「新聞記者の伊藤さんへ。このたびはありがとうございました。私は真ん中のつくえの前(伊藤さんから見てまっしょうめんの前の席)にいた子です」とあったからだ。

 これを読んで「ああ。あの子か」とすぐに眼に浮かんできた。大きな瞳が特徴的で、懸命に自分の話す内容を聴き取り、ノートにメモしていた。そしてなぜか2回か、3回、消しゴムと鉛筆を机から落とし、立ち上がっては拾っていた。絢那ちゃんのこの自分の存在感を知ってほしいと言わんばかりのその個性がどう伸びるか。手紙を読みながら思わずクスクスと笑い、明るく伸び伸びと成長してほしいと願った。

 自宅近くの横手川で絢那ちゃんからはさらに「あのときは5年生のみんなにくわしく文を読んでくれたり、自分のホームページをみせてくれたりしてとても楽しく、勉強できました」とあった。  もう一人の有香ちゃんは前文の後に「さっそくパソコンで伊藤さんのホームページを開き、見てみると、とってもすばらしいページでした。また12月19日にはABS秋田放送局に行って、伊藤さんにならった『5W1H』を大切にして、インタビューしてきたいと思います。帰って来て、新聞を作る時、うまく作りたいと思います。15日はおいそがしい所、5年生に上手に教えてくださり、本当にありがとうございました」と書いてあった。

 女の子らしい優しい心遣いの手紙に思わず眼がうるんだ。訪ねた先の秋田市のテレビ局ではうまくインタビュー出来ただろうか。宿題の新聞はいいのが作れただろうか。有香ちゃんのその後が気になった。 

 光翼君からは「伊藤さんのわかりやすい説明のおかげで、とてもよく分かりました。ぼくは将来、新聞記者かテレビ局で働きたいと思ってます。もし、本当にその仕事につけたら、伊藤さんから教わった『5W1H』を思い出して、がんばっていきたいです」とあった。

 この手紙を読んで「そうか。子供たちに夢を与えることが出来たんだ」ととても感激した。「光翼君、その夢を大切にして頑張れよ」と声援を送りたくなった。

 美咲ちゃんは「私は新聞は読まない方で、そのかわり、私の弟はとても読む方でした。でも伊藤さんのおかげで、新聞の楽しさも私は分かってきて、新聞っていいなと思うようになりました。本当にありがとうございました」とあった。

 美咲ちゃんは正直な女の子だと思った。新聞は読まない方だったという美咲ちゃん。なのに自分の拙い話を聞いて「新聞っていいなと思うようになった」と言うから、子供たちの前で話して本当に良かったと心底思った。

 友理ちゃんからは「新聞のことや、ニュースのことがいろいろ分かりました。『いつ』『どこで』『なにをしたか』ということが分かりました。それから取材をするとき、気をつけることが分かりました」とあった。

 この子の素直な気持ちが伝わって、心温まる思いだった。

 角間川小学校5年生は確か30人ほどのこじんまりした学級だった。自分を前にコの字型に並べた机、小さな椅子に座っての「総合学習」だった。今もその子たちの表情が生き生きと浮かんで来る。絢那ちゃんのように真っ正面に座って大きな瞳を輝かせ、メモを取ったり、消しゴム、鉛筆を落とした子もいた。新聞を手にとって「前文」「本文」の説明をしたら懸命に首を伸ばして、自分が指で示した「前文」を眼に焼き付けようとした子もいた。持って行ったパソコンを開いて「秋田県南日々新聞」を子供たちに見せたら、海外からも含め、いろんな方がメールを下さっているのに「ワーッ」と驚きの声を上げた子もいた。子供たちの学ぼう、知ろうとする好奇心いっぱいの眼がとても輝いていた。

 校長先生、子供たちから頂いた手紙はその後、宝物のように家に保存している。自分の話を聞いて将来、新聞記者かテレビ局で働きたいと書いてくれた光翼君。「伊藤さんから見て真っ正面の前の席にいた子です」と自己主張をした絢那ちゃん。優しい心遣いを示してくれた有香ちゃん。「私は新聞は読まない方で、そのかわり私の弟はとても読む方でした」と正直に書いてくれた美咲ちゃん。素直な気持ちをそのまま手紙に書いてくれた友理ちゃん。みんなみんなありがとう。きっと30人のクラスを代表して君たち5人が頭をひねり、一生懸命に考えて書いてくれたんだね。ありがとう。そしてそこまで配慮して下さった伊藤校長先生へもお礼を述べたい。ありがとうございました。

 こうして角間川小学校の子供たちを思い浮かべながら、23日の朝刊に眼を通していたら、思わず涙を落としてしまった。新潟県柏崎市で21歳の女性を9年間にわたって監禁し、未成年者略取・逮捕監禁致傷などの罪で懲役14年の刑を受けたあの男への涙ではない。男が連れ去って9年間もの間、想像を絶するような監禁生活を強いられた女性への悲しみと同情で胸がふさぎ、涙が落ちたものだった。

 女性は角間川小学校の子供たちよりもさらに1学年下の4年生、9歳の時に男に連れ去られ、狭い部屋に監禁され、暴力と恐怖に支配された生活を強いられた。まだまだ親の愛情が欲しい年ごろのはずだった。まだまだ親に甘えたかった年ごろのはずだった。そして小学校で人間としての基礎を学び、人格を形成するための最も大切な教育を受けなければならない年ごろのはずだった。他人を思いやり、いたわること、悲しみに耐えること、優しさを学び、痛みを乗り越える強さを学ばなければならなかったはずだ。時には辛いことがあっても、小学校から、中学、高校時代は人生で最も楽しく、輝かしい年ごろのはずだった。なのに男は自分の身勝手な、余りにも自己中心的な欲望から女の子の最も大切な時間を奪ってしまった。

 男が受けた懲役14年と言う刑。これが重過ぎるのか軽いのか。長過ぎるのか短過ぎるのか。妥当なのかどうか。そんなことよりも被害女性とそのご両親は男がどんな刑を受けようと、心の傷は癒えず、そして刑期が終えると社会に出てくる事を思えば、男への怒りと恐れは生涯つきまとうことになるだろう。

 新聞に眼を通していて女性が車の免許を取得したと言う朗報に涙し、弱った脚も縄跳びができるまで回復したと言う記事に喜び、母親から和裁を習い、お父さんに連れられてサッカーの応援で、新潟や仙台市を訪れたという記事に喜びの涙を流した。そして家族に話したというその女の子の「20歳になっても(私の)頭の中は小学4年生のまま」という言葉には思わず「ウッ」とこみ上げてしまった。9年間もの永き間、教育も受けず、親の愛も受けず、友人と心を許した会話もなく、ただ恐怖に支配された女性の心と体の傷み。それを思うと涙がこぼれるだけだった。そして父親の「失われた時間の長さ、重さがのしかかり、判決の是非を判断はできない」と言うコメントにも眼を濡らしてしまった。

 失われた時間は取り戻すことはできないが、被害女性にはこれから手に余るほどいっぱいの幸せが神さまから贈られるよう祈りたい。だれよりも幸せを実感できるような時が訪れるよう心から祈りたい。英会話やパソコンも習い始めたと言う。想像を絶する凄惨な体験をしたとはいえ、前向きな人のようだ。ごく普通の平凡な生活。それが一番、望める幸せかもしれない。そのためにもご両親、そして多くの人の支援、愛を受けてもらいたい。角間川小学校5年生の子供たちからの手紙を読み返して改めてそう思った。