美しい詩と出会った時は嬉しい。美しい言葉と出会った時も嬉しい。風が体を通り抜けていくような清涼感が広がる。「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった」。聖書の中のヨハネによる福音書はこう切り出している。聖書の中でもこの出だしが好きだ。「言(ことば)は神であった」という表現がいい。言葉の力強さが感じられる。言葉の美しさ、神秘さが感じられる。この言とは人間が話す言葉ではなく、「言」そのものが神の言葉だったと理解すべきだと教えられた。聖書の中には無数に美しい言葉が散りばめられている。
たといわたしが、人びとの言葉や御使(みつかい)たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。たといまた、わたしに予言する力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
愛は寛容であり、愛は情深い。またねたむことをしない。愛は高ぶらない。誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない(コリント人への第一の手紙 第13章)。
聖書の中のこの愛の言葉も好きだ。聖書の言葉を素直に信じられる人はうらやましい。なぜなら救われるからだ。聖書の言葉をそのまま素直に受け入れられる人をうらやましいと思う。苦しみから救われるからだ。自分は聖書の言葉を単なる読み物として目を通したに過ぎない。理解もしなかったし、受け入れようと努力もしなかった。
「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」。
こうした言葉の美しさ、優しさに感動し、心引かれながらも、右の頬を打たれて、わざわざ左の頬を差し出したことは一度だってない。肉体の痛みからも、心の痛みからも常に逃げてきた。平凡に生きてきた。
それでも時々、思うことがある。神さまが本当にこの世にいるのなら、朝夕毎日、心から祈りたいと。心から愛を込めて祈りたいと。仏さまが本当にこの世にいるのなら、朝夕毎日、心から祈りたいと。心から愛を込めて祈りたいと。
神さまはいるのか、いないのか。仏さまはいるのか、いないのか。さまよえる小羊は神さまの存在や、仏さまの存在を知りたくて時々、子どものように悩む。このような事を書いたら、熱心なキリスト教信者や神社の信徒、仏教信者に叱られそうだ。それでも教会に行けば、心静かに手を合わせ祈ったし、神社に行けば厳かに柏手を打った。そしてお寺を訪ねれば両手を合わせ、亡くなった方の冥福を静かに祈った。
神はいるのか、いないのか。アメリカの宇宙飛行士が宇宙に飛び立って、その神秘的な世界に身を置いた時、初めて神の存在を悟り、地球に戻ってからは科学者であることを辞め、熱心なキリスト教信者となり、神の道を伝え歩いているとの話を何かの本で読んだことがある。やはり神は宇宙の果てにいるのかもしれない。
美しい詩と出会った時は嬉しいと書いた。嬉しさより、このような言葉を紡ぎ出せる力を持ったその詩人の存在にただビックリしたものだった。すごい人もいるものだと驚いたのだ。フランシス・ジャム「私は苦しみ、私は愛します」である。
神さま、
あなたは私を人界に呼び出しなされた。
それで私は参りました。
私は苦しみ、私は愛します。
あなたが下さった声で私は語りました。
あなたが私の父と母にお教えになり
両親が私に伝えた文字で私は書きました。
私は私の道を行きます
子供達に冷笑されながら、
頭を下げて通る重荷を背負った驢馬(ろば)のように。
あなたの御都合のよい時
私はあなたのみ心のままの処へ参ります。
寺の鐘が鳴りまする。
この一編の詩には涙がこぼれ落ちるような感動が沸いたものだった。むしろ衝撃でもあった。これこそ神の言葉ではないかとさえ思ったものだった。「私は苦しみ、私は愛します」。「あなたが下さった声で私は語りました」。「あなたの御都合のよい時 私はあなたのみ心のままの処へ参ります」。
自分の死をこうもさりげなく迎え入れたジャムと言う詩人の心の強さは、やはり神を信じた強さから生れたものだろう。それにしてもこの詩に散りばめられている美しい言葉は宝石のようでもあった。言葉は力であり、言葉は偉大であり、言葉は慈悲である。言葉は勇気を与え、言葉は慰めを与え、言葉は優しさを育み、言葉は愛を育む。そしてやはり言葉は神であるかもしれないとも思った。
いつも詩集に目を通しているわけではない。石川啄木のような悲しい歌を愛誦しているわけでもない。むしろ、日ごろの無聊を慰めるためには小説の世界に没頭している。小説の中に自分自身の生きる道を見いだしたいと思っている。だが、悲しいことに「これだ」とその道を見つけ出しても、そのように生きた試しはない。いつも寄り道ばかりして、半世紀以上の人生を刻んだ。
夕べもそうだ。飲み会があった。一次会で「はいさようなら」と帰ればいいものを、夜の粘つくような甘さに誘われ、美しさを求めて歩いた。「あら!。伊藤さん、久しぶり。嬉しいわ。忘れてなかったのね」。その人は黒い瞳を妖しく燃やし、抱きかかえるように迎えた。ああその言葉の何と優しいことか。バレンタインディーに頂いた義理チョコの甘さとは比較にもならない甘さだ。隣に座ったその人のお尻の丸み、膨らんだ胸、耳をくすぐる甘い声。水に濡れて、氷のように冷たくなった手の柔らかさ。
その甘い雰囲気に「今夜も苦労するな」と思った。堅苦しい言葉を借りればまさに「意馬心猿(いばしんえん)」の心境である。「それでもいいさ」と気持ちも大きくなった。誰もお客さんがいなかった。カウンターの向こうには美しい人が2人。そして隣にママさん。「みんなも好きなのを飲んで」とご機嫌を取った。「ママさんはいつもきれいだ。その瞳に俺は苦しんできた」。アルコールに染まった脳みそは口を饒舌にさせた。こちらの左手を握った手に力がこもった。アバンチュールで危険な夢が広がって、目覚めたら弾けていた。言葉の美しさ、優しさに酔った夜だった。