こちら編集室「先生」(3月2日)

 日曜日の朝、窓際の椅子に座ってお茶を飲みながら新聞に目を通す時ほど解放感と幸福感にひたれるものはない。新聞記事の内容がどうのこうのとか考えるのでもなく、小泉内閣の支持率が落ちたとか、自民党の鈴木宗男代議士がどうしたとかも関係なく、ただ時間の流れに身を置いて、ユッタリと活字を目で追える時間がとても至福なのだ。

 以前は仕事柄、日曜日も取材に出かけることも多かった。それが年々、億劫になり、体が言うことを聞かなくなった。何か行事があっても見送り、家に引きこもる日がこのごろでは多い。ましてやこの冬期間は外の雪寄せもあって、ますます日曜日の仕事は億劫になるばかりだ。退職したら毎日が日曜日。それがむしろ待ち遠しいような気もする。

 しかし、市役所や県庁を定年で退職した多くの人も、また会社を退職した人もそれなりに何か新しい仕事を求め、第一線で現役として活躍している人も多い。人は生涯、仕事と時間に追われているのが幸せなのか、それとものんびりと家でブラブラ過ごすのがいいものなのか。いずれ自分もその結論を見いだす日が来ることだろう。まあ、退職後も何かを取材し、書く仕事が続くのかどうかは分からないが、今はなぜか気ままに過ごせる「毎日が日曜日」に憧れる。これもまだ職場に縛られているからこそ抱くちょっとぜいたくな夢であって、実際に退職して何もすることがなくなったら、あるいはその日、その日の無聊をどう慰めたらいいのかと、いらだつかもしれない。

 高校時代の担任で、国語の先生だった人はとうに定年で教職を去った。高校生の目から見ても、スラリとした背丈の好男子だった。教えるということにとても愛情を示した人だった。国語と古典の授業が専門だった。古典では清少納言の「枕草子」や鴨長明の「方丈記」などを朗読して聞かせたものだった。

 「春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる」。

 こうした古典文学を朗々と読み聞かせ、聞いている生徒たちをとりこにさせたものだった。

 朝焼けの光景「秋は夕暮れ。夕日のさして山のはいとちかうなりたるに、からすのねどころへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあはれなり」。

 先生はこの「みつよつ、ふたつみつ」の数え方が「枕草子」の中でも見事な表現力だと語ったのを覚えている。なぜ「みつよつ、ふたつみつ」がそれほど見事な表現力かと言うと、普通なら数の少ない「ふたつみつ、よつ」と順番に数えればいいのだが、清少納言はそれを逆にしてカラスの飛ぶ様子とその数を読み手に実感として伝わるようにしたと語った。なるほどと感心したものだった。あちらに3羽、向こうに4羽、そしてまた2羽、3羽とカラスがねぐらを目指して飛んでいく。その姿が目に浮かんで来るようだと先生の説明に納得したものだった。

 鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし」。

 先生の朗読には独特のリズム感があった。教室いっぱいにその声が響いたものだった。その音楽のようなリズム感に聞きほれて、国語と古典の時間が楽しみでもあった。

 漢詩でもそうだった。杜甫の「春望」。「国破れて山河あり 城春にして草木深し 時に感じて花にも涙をそそぎ」などを感情を込めて読んだ人だった。英語や数学、物理、それに工業高校だったので機械工学など専門学もあって、これらはよくさぼったが、先生の国語と古典、それに担当は違ったが倫理社会の中の哲学の話題などはむしろ楽しみにしてその授業の来るのを待ったものだった。授業の3時間目当たりが終わると、悪友を誘って弁当を手に自転車で西山へと向かい、山の中で弁当を広げ、そして午後から古典や国語、それに倫理社会の授業があると学校にこっそりと戻ったものだった。

 先生はさぼったのを知っていて、学校に戻ると「マサオ、あんまり俺を困らせるようなことはするなよ」とこっそりと諭した。生徒が授業をさぼって、学校から抜け出したのが知られると職員会議などで「指導力が足りない」と注意を受けたためだったろう。男子校だけに殴ったり、大声で怒鳴ったりする先生もいたが、担任のその先生は決して大声を出して怒る人ではなく、また生徒を叩くこともなく、ただ眉間に悲しそうなしわを寄せ「あんまり担任を困らせないで来れよ」と言うだけだった。そのひと言がとても心に響いたものだった。その言葉に「もうさぼることは止めよう」と決意したが、春先や秋になって温かい陽気に誘われるといても立ってもいられず、悪友を誘って山へ出かけたものだった。

 高校を卒業してから何度か開いた同期会にその先生も顔を出した。「マサオ、元気でやってるか」。先生の笑顔は昔と変わらぬ優しいものだった。「おれもそろそろ定年を迎えるよ」。先生のその言葉には少し寂しさがこもっていたが、「まあ退職したら中国をゆっくりと旅してみたい。漢詩を生んだ中国をこの目で見るのが楽しみだ」と語ったものだった。やはり先生は漢詩や論語、古典文学をこよなく愛していたんだと思った。

 先生とはその後、しばらく会ってはいないが、同僚だった先生から聞いた話ではやはり退職後は中国へ旅し、今は自宅で悠々自適の生活を楽しんでいるとか。あの先生ならきっと今でも万葉集や紀貫之の「土佐日記」、源氏物語などに目を通し、ゆっくりと流れる時間を楽しんでいるかもしれない。

 高校時代、無事に卒業できたのもあるいは先生を困らせたくなかったという密やかな愛情もあったのかもしれない。タバコも酒も高校生の時に覚えながらも、ほどほどに授業に顔を出し、ほどほどの成績を修め、目立たず、さぼる以外は手を焼かせず、無事に乗り越えた3年間は先生に対する密かな愛だったかもしれない。特別に先生から可愛がられた記憶はないが、国語の時間に出会った美しい日本語、古典や漢詩の魅力、学ぶ喜びを先生からは教えられた。

 高校を卒業すると同時に高校で使った教科書は「もう縁がない」と一気に捨ててしまった。まるで学校に怨みがあるように一気に投げ捨てた。新聞記者になってから、高校時代に使った国語の教科書、古典や倫理社会の教科書を失ったことにとても後悔したものだった。モノを書くと言う仕事には知識が必要だった。その知識を捨てたのだと後悔したものだった。今日から3月。春が始まる。

 子曰く、学びて時にこれを習う、また説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)有り遠方より来る、また楽しからずや。人知らずしていからず、また君子ならずや。

 学ぶと言う道をこれからも歩み続けよう。人との出会いも学びであり、本との出会いも学びである。「春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる」。春のあけぼのは、次第に空が白み、山の稜線に紫の雲がなびくのがよいと語った清少納言。今朝もそうした夜明けの空を見た。紫色の雲をやがてはピンク色に染め、太陽が昇った。新しい朝の空気を吸って、少しずつ歩く距離を延ばしはじめた柴犬のアキと朝焼けの空を眺めながら歩いた。アキも少しだけ元気になってきた。小犬のパピヨンは相変わらず家の中を駆けずり回り、キャンキャンと愛嬌を振りまいている。平和な日々が続いている。