久しぶりの青空に仙北郡内の山沿いの道をぶらりとドライブした。田んぼからは雪も消え、農家の人たちが田んぼや畑に出て農作業の準備に取りかかっていた。山の斜面にはまだ雪が残っていたが、木の根元だけは雪も消え、月の表面のようなまん丸いクレーター状となっていた。山沿いの道で車を停めると、チョロチョロと雪解け水が流れる音がかすかに耳に響いた。絵になる風景を求めてのドライブだったが、この季節、残雪は黒ずみ、山の木々もまだ灰色の姿をなしたまま眠っていて、探し求めたかった風景との出会いにはならなかった。
高校生のころ、遥か遠く、小さな明りが灯るあの町には眼には見えないけれど、自分と赤い糸で結ばれている女の人がいるような気がして、夜の道をブラブラと歩いたことがあった。歩いても歩いても、その小さな明りを灯す町にはたどり着かず、気がついたら夜明けとなっていた。自宅から30キロ以上も歩いていた。一晩中歩いたため、足の痛みでもはや歩ける状態ではなかった。バスに乗るお金も持たずに家を出たので、帰りはどうしたらいいものかと無計画な夜の歩行にひどく後悔したものだった。幸いトラックが一台走ってきたので手を挙げたら「大曲ならこれから向かうのだから乗せてやろう。それにしても大曲から歩いて来るとは」とあきれた表情で笑い、親切に乗せてくれ、無事に家に帰ることができた。
今日のドライブはそんな気持ち似た、少し寂しく、少しセンチメンタルなドライブだった。幸い自分の足で歩くのとは違って、車だからどこへでも向かうことが出来る。気持ちがいくぶん湿っていたが、青空を眺め、峨々として屏風のように目の前にそびえる奥羽山脈を眺め、空を流れる白い雲を見つめていると「ああ。春なんだなー」と気分は次第に明るくなった。春を求めてのドライブだった。
気持ちが湿っていると書いたが、カゼを引いて以来、もう1カ月近くにもなるというのにまだ本調子ではないらしく、少しでも寒さにあたると体が怯え、骨にまで寒さがしみ込む。疲れも鉛のように重く、体の底にたまってしまう。先週の土曜日も午後から南外村で仕事があり、夕方まで村の公民館で過ごした。「ひよこママのためのインターネット講習会」。女性たちのインターネットサークル「ミックスサラダ」の人たちが、ボランティアで小さな子を持つママさんたちのために開いたインターネット講習会だった。その取材そのものは楽しかったが、公民館は暖房が効いていても体は寒さへの抵抗力を失っていて震えた。その上、南外村での取材を終えてから、「新作花火コレクション」の取材もあり、夜の冷え込みがさらに疲れを増幅させた。花火が打ち上げられるまでの2時間余り、外で立ちっぱなしで過ごしたせいもあった。加えて日曜日も「酒遊サミット」の取材を兼ねた楽しみ会もあって出かけたせいか、翌日の月曜日は気力も体力も限界となって、歩くのさえ辛い体となっていた。
体力が落ちると気力も消耗してしまう。いつまで自分はこの仕事を続けていられるだろうかと落ち込み、滅入ってしまう。ましてや空を見上げると曇り空の日々か雨。青空が見られないのも、憂鬱な気分をより重くさせた。そうした弱った心を抱いてのドライブだった。青空が元気を与えてくれる。山の風景が気分を変えてくれる。そうしたことに期待した。
車を走らせ、山を眺めながら考えた。このごろの政界の騒動は一体、何だろう。政治家の不正や疑惑は昔から繰り返されたが、今回の騒動の中心となった鈴木宗男代議士と加藤紘一元幹事長の自民党離党、そして両氏への議員辞職を求める声はまあ当然としても、彼らの疑惑追及の最前線に立っていた社民党の辻元清美代議士までもがカネでつまずいてしまったのには参った。政策秘書の給与を不正に流用していたとの疑惑のようだが、これではもう日本の政界は誰を信じたらいいのか。あのムネオ先生に向かって「うそつき!」と大見得を張って、疑惑追及した辻元代議士の堂々とした態度、切り口の回転の良さ、頭の良さには感心していた。日本にもこのような女性代議士がいるんだと少しは買っていた。それだけに清廉潔白な人だろうと信じていたのだが、この人までもがお金で汚染されていたのかと思うと残念である。
辻元さんを直に見たのは昨年7月の参院選で、社民党の新人候補応援のため大曲市入りした時だった。「ソーリ、ソーリ、ソーリ」と小泉首相と堂々と渡り合い、その歯切れの良い連呼の姿、論点の切り口の鋭さがテレビに流され、一躍有名になった。政界のスターとなった。大曲市での演説内容はどのようなものだったかもはや記憶にないが、挑発的で理知的な眼がとても印象に残っている。落ち目の社民党の看板娘として活躍を期待していたのだが、ムネオ疑惑のウソを追及した結果、自らもウソで塗り固めた言い逃れで議員辞職へと追い込まれた。
春うららかな山の空気を吸いながら、政治の世界の欲と陰謀が渦巻く醜さ、摩訶不思議さにはあきれるばかりだったが、辻元さんもかと思うといくぶん、寂しさが募った。「政界の一寸先は闇」とは昔から言ったものだが、確かに政治の世界の明日は分からない。ただ、ちょっと悲しいのはせめても野党、特に土井社民党にだけはそうした政界の魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした世界とは縁のないクリーンな政党、クリーンな政治家の集まりであってもらいたいと思うからである。
辻元さんの場合、26日夜の議員辞職記者会見を開くまでの迷走や言い訳を聞いているとまだ「大人になりきっていないな」と思わせる面が多々あった。相手をやり込める言葉の鋭さ、表現力のうまさはそれこそ“言葉の総合商社”ばりで見事だが、自身が追い込まれてしまうと何をどうしたらいいかも分からず、子どものように駄々をこねた。揉まれた経験のない弱さなんだろうと思った。気の毒に、記者団に追われ、怯えたように光る彼女の眼が哀れだった。厳しい追及の言葉を次々と生み出した彼女の唇が寂しかった。
しかし、25日夜の記者会見での姿は立派だった。「国民のみなさまに謝罪したい」との言葉もあった。「私を信頼し、期待を寄せてくれたみなさんには申し訳ない」という言葉もあった。追い込まれていた時のあの怯えたような目は消え、まだぎこちないものの目の輝きはいくぶん戻ったような気がした。大曲市で初めて見た時のあの挑発的で理知的な眼の鋭さがなくなり、少し気弱で控え目な眼になったような気がした。苦しんだ分、成長したし、きれいになったようにも思えた。
疑惑の解明には至らなかったものの、自民党を離党し、後は嵐が止むまで雪室にこもっていれば冷たい北風は止むだろうと国会に居すわるムネオさん、加藤元幹事長よりは少なくとも潔いし、立派だった。その加藤さんはまた新たな疑惑で満身創痍となってさらに信頼を落としてしまった。もはや議員辞職は避けられない見通しのようだ。辻元さん、またの出番を待ちたい。いや、これ以上の疑惑にまみれてないことを望みたい。せめても土井社民党にだけはもう少し、クリーンな政党であってもらいたい。山を眺め、春の空気を吸いながら、早春のドライブは終わった。