こちら編集室「色の名前事典」(4月5日)

 太陽が真っ赤に燃えて西山に沈んでいくのを見た。横たわるように浮かんでいた白い雲が茜色に染まり、そして次第に薄紫色へと変わり、それからゆっくりと夜の闇が訪れた。闇が深くなると同時に星たちが主役となってキラキラと輝き出した。太陽が沈む光景も、夜の闇がゆっくりと訪れる時間も、とても愛(いと)しいと思った。雪が風景の主役をなしていた時は一日一日が長く、暗くなると「ああやっと終わったか」と暮れなずむ空を見上げてホッとした安堵感に浸ったものだが、今は一日一日がとてももったいないような気がする。一日一日がとても貴重で大事な感じがするのだ。そのような年代に達したのかとこのごろ思う。時の流れが早過ぎるのである。これからは小さくてもいい。希望があったら我慢せず、それを満たして行こう。

 欲しかった本がやっと手に入った。「色の名前事典」である。図書館にはあって、色の名前が分からない時は図書館に走って、良く利用させてもらっていた。それだけにできれば手元に置きたい本だった。書店を巡ってはその本を探したが見つからなかった。店員に相談し、書店備え付けのパソコンで調べてもらったこともある。その結果、その本は既に「絶版」になっているとのことで諦めていた。それが「主婦の友社」から再び発行され、書店に並んでいた。早速、買い求め車の後部座席に置いている。自分の車の後部座席はまるで物置だ。聖書あり、図書館から借りた本あり、そしてカメラに、取材用のノートとデジタルレコーダー、それに雨に備えてのコートとコウモリ傘に双眼鏡と雑多だ。その中に先日買い求めた「空の名前」と「色の名前事典」も加わった。

 事典は持ち運びに便利なハンドブックサイズとなっている。欲しかったのは色の名前の判断がつかない時にどうしたらいいかと何度も困った経験からだった。取材でお会いした方の着ている洋服の色、道端で見かけた草花の色、住宅の壁の色、木肌の色、山の色、湖の色、ネオンの色、車の色。とにかくこの世は様々な色であふれている。おまけにこのごろでは髪の毛の色まで赤くなったり、茶色になったり、金色になったりと複雑だ。美しい黒髪は廃れるのかとさえ思ったりする。あふれるばかりのそうした一つひとつの色の名前はとても覚えきれるものでないし、表現しようとすれば言葉も名前も浮かんで来ない。取材用のハンドブックとして欲しいものだと思っていた。

 それにしてもページをめくってみると、本当に多種多様の色があるものだと驚く。同じピンク系でも「一斤染(いっこんぞめ)」「さくら色」「鴇(とき)色」「撫子(なでしこ)色」、はては「オーロラ」「珊瑚(さんご)色」「東雲(しののめ)色」「薄紅(うすくれない)色」と様々だ。これもピンク系の仲間に入るのかと首を傾げたくなる色もある。「梅鼠(うめねず)」だ。ピンク系というよりも茶系と言っていい。

 随分昔のことだが、バラ園を歩いた時、同行したご婦人から「伊藤さんはどんな色が好き」と問われた。そこには赤やピンク、ワインカラー、紫、藍色、白、黄色と様々な色の花が咲いていた。さてどんな色が好きと答えたらいいのか。目にあふれるばかりのバラの花を前にして、一つだけ好きな色を選び出すのには困った。たまたま目の前にあったのが黄色だったので、とっさに「黄色」と答えたら「あらとてもロマンチックね」とそのご婦人は色っぽくほほえんだ。なぜ黄色がロマンチックな色なのかは今もって分からないが、今もその花の色だけは鮮明に覚えている。目の覚めるようなとても鮮やかな黄色だった。手元の「色の名前事典」で調べてみると「レモンいろ」か「カナリアいろ」に当たるようだ。

 そのご婦人は黄色いバラの花の香りを嗅ごうと口づけでもするようなしぐさで顔をそっと近づけた。その横顔がとても妖しく、美しかった。5歳年上の憧れのママさんだった。いつもあでやかな服装で、それでいて品があって、こちらはその姿を見ているだけで楽しかった。40代後半に味わったほのかな恋だった。コーヒーを飲み、会話を楽しむだけの恋だった。

 甘いものが好きで、喫茶店に入るといつもコーヒーと一緒にケーキも注文し、スプーンで掬ってはまず自分の口に運び入れ、それから「はい。伊藤さん。間接キッスよ」とそのスプーンにケーキを掬って食べさせるのが好きな人だった。明るく、黒い大きな瞳がキラキラと輝く人で、妖艶な色気が漂っていた。「伊藤さんは私の事をお母さんだと思っているのでしょう」。その人は口癖のようにそう言っては少し寂しく、少し悲しそうな笑顔を見せた。優しく包み込むような笑顔でもあった。あれから7年の月日が過ぎたが、甘く切なく、そして幸せな思い出は今も心の中でバラ色に輝いている。

 この人と付き合いはママさんが指摘したように「伊藤さんは、私のことをお母さんのように思っているのでしょう」だった。甘えだけだった。年寄りの子として生れたせいか、自分の母は常に悲しく、哀れな存在だった。子どもとして母に甘えるよりも、いたわってやらなければならない存在だった。同年代の子どもたちの母は若く、美しく見えたものだったが、自分の母だけは「昔むかしの物語」に登場する哀れなおばあさんにしか見えなかった。ママさんに恋したのは小さいころの憧れだった同年代の子たちの若く、美しい母たちへの憧れの延長だったのかもしれない。

 買い求めた「色の名前事典」はページをめくるといろんな楽しみを運んで来る。見ていて幸せな気分にさせるのはやはりピンク系や赤系、黄色系だ。ピンク系と言うと桃色、桜色に代表されるが、どうもピンク系はエッチなイメージにもつながるから表現がやっかいだ。桃色遊戯と言う言葉もあるように男女間の情事につながる色のようだが「色の名前事典」の解説によれば「そうした性的な連想につながるのは、どうやら日本特有の現象らしい」とか。

 赤系では「紅(くれない)色」の個性的で、主張の強い赤が好きだし「ワインカラー」の上品さもいい。オレンジ系では「肌色」が好きだし、茶系の色では「利休茶」が落ち着いた渋みがあっていい。さすが利休が好んだ色だ。黄系では「蒲公英(たんぽぽ)色」や「レモン色」がスッキリとした主張があって好きだ。緑系では「若葉色」や「若草色」が何と言っても引きつけられる。「深緑」も吸い込まれるような味わいがあって、とても神秘的だ。青系の色となるとこれはもう見ていて心寒くなる色もあれば、このような色の洋服が似合う女の人と出会ってみたいと夢を抱くのもある。「茄子紺(なすこん)」や「鉄紺(てつこん)」「藍色」などである。紫系では「江戸紫」や「京紫」「似紫(にせむらさき)」などは日本的な情緒を感じる。「色の名前事典」の最後は「白・灰・黒系」で締めくくられている。

 気がかりな色があった。高村光太郎の智恵子抄に登場する「レモン哀歌」の中の「トパーズ色」である。

 そんなにもあなたはレモンを待っていた

 かなしく白くあかるい死の床で

 わたしの手からとった一つのレモンを

 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

 トパァズいろの香気が立つ

 その数滴の天のものなるレモンの汁は

 ぱっとあなたの意識を正常にした

 あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

 わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

 あなたの咽喉に嵐はあるが

 こういふ命の瀬戸ぎはに

 智恵子はもとの智恵子となり

 生涯の愛を一瞬にかたむけた

 それからひと時

 昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして

 あなたの機関はそれなり止まった

 写真の前に挿した櫻の花かげに

 すずしく光るレモンを今日も置かう

 この中に登場する「トパーズ色」が分からなかった。「色の名前事典」でトパーズはオレンジ系の仲間に分類されているが、実際は黄褐色の地味な色だ。宝石の一種で「黄玉」を例えたものだが、光太郎はレモンの色を表現するためどんな言葉を選ぼうかと思考を巡らした結果、「トパーズ色」という言葉の響きを大事にしたのだと思った。さすが詩人・高村光太郎の選んだ言葉だと思った。「レモン哀歌」。大好きな詩である。

 秋田はこれから花の季節に入る。一歩外へ出ると様々な花が目に飛び込み、華やぐ。事典を手に野山を歩いてみたい。どんな色と出会えるか。この春は「色の名前事典」が幸せ色を見つけ、楽しみを運んできそうだ。