こちら編集室「五能線の旅」(4月19日)

 リゾートしらかみ号サクラが咲き、スイセンも堤防や家々の庭に咲いているのが見られ、自転車での移動も快適な季節となった。晴れた日に自転車を踏みながら、街を走ると春の息吹が心地よい。「ああ。春なんだなー」とつくづく思う。空が青い。流れる雲が白い。サクラが鮮やかに風景を彩り、華やぐ。いい季節になったなと心から喜びがわいて来る。

 妻を含めた女性3人グループの一員に加わって、能代市から青森県五所川原市へと日本海沿岸を走る五能線「リゾートしらかみ号」の旅を楽しんだのは先週の土曜日13日だった。「日本海に沈む夕日を見たい」と言うのが旅の目的だった。今度の旅を企画し、誘いの声を掛けた二人の女性はいずれも公務員を定年退職したばかりで、これからは自分の時間を大切に生きたいとはしゃぐ。

 お二人とも現役時代は優れた事務能力を発揮された方なのだろう。話し方にも朗らかさと落ち着いた品位があった。特に企画の中心者となった方は綿密な調査能力をも兼ね備えた方のようだ。今度の五能線の旅をどう楽しむか。事前に旅のパンフレットに眼を通し、いろいろとルートを調べたのだろう。当日の午前8時34分、大曲駅発の列車に乗ると同時に「これが今日の旅のコースよ」とパソコンで編集し、印刷した日程表が配布された。それには「リゾートしらかみ号に乗って春をさがしに・・・」との題名があり、裏面には停車する駅名から発車時間、帰りの時間までキッチリと書かれていた。

 気がかりなのは天気だった。今年は晴れ間が少なく、ぐずついた日の多い春だからだ。この日も目覚めと同時にカーテンを開けて空を眺めたらどんよりとした暗い空で「ああ。また曇りだよ」とぼやいた。天気予報も「曇りから雨」と最悪だった。「雨の中の五能線か」と空を見上げ、天気をうらんだ。準備を急ぐ妻も傘を持っていくかどうかでしばらく迷ったが、車での旅でないため、出来るだけ荷物は軽くしたいと最終的に傘は断念した。 駅に集まった一行4人は相互に空を眺めながら「残念ねー。この天気では夕日は見られないようね」と悔やんだ。「コウモリは持った?」と妻が尋ねたが、二人とも「持たなかった。何とか夕方まで雨が降らないよう祈るだけよ」と他力本願、天気頼みの旅立ちだった。「秋田行き」の鈍行は予定通りに大曲駅を発ったが、車窓から見る空は幸いにも次第に雲が薄れ、かすかに青空も見え出した。秋田駅には9時25分に着き、ホームで待っていると間もなく「リゾートしらかみ号」が滑るように入ってきた。白と青のツートンカラーに運転席上の屋根は黒色に化粧されたとてもおしゃれな電車だった。

 乗車して一行を喜ばせたのは列車の座席が寝台車を改造したようなテーブル付きで、豪華な4人掛けのボックス席だったからだ。「どうせ乗るなら豪華に」と旅の日程を組み、列車を予約して下さったのだろう。その配慮と機転の良さに感心した。ボックス席の窓も通路側の窓も広く大きく、抜群の眺めだった。

 車内での津軽三味線の演奏列車が走り出し、車内では女性たちの会話が弾んだ。車窓からはスイセンや少し咲き出したサクラ、そして家々の庭に咲くレンギョの花の黄色、山間に入るとコブシの白が次々と眼に飛び込んできた。花たちが春の風景を鮮やかに彩っているのである。心配した天気も時折、太陽が顔を見せるまでになった。雨の心配が薄れ、車窓から眺める美しい光景に心も大きく弾んだ。テーブルには菓子が広げられ、お茶を飲みながらの女の人たちの談笑も花を咲かせた。

 能代駅に着くのを前に車掌が回ってきて「バスケットの町、能代で旅の思い出にバスケットボールのシュートに挑戦してみませんか」との誘いがあった。そういえば能代市の能代工業高校はバスケットボールで大活躍し、何度も全国制覇をしている。バスケットボールをやったのは高校時代以来であり、シュートしても果たしてボールがコートに届くだろうか。自信もなかったが、車掌は「折角ですからどうぞやってみて下さい」と笑顔で勧めた。これもリゾートしらかみ号のサービスの一つだろうと思って申し込んだ。

 能代駅には10時48分に着き、53分の出発だった。その5分間に申し込みのあった乗客がボールを手にシュートに挑戦するのだった。「リゾートしらかみ号」の思い出を心に刻んでもらいたいとする駅員のサービス精神が嬉しかった。10数人の乗客がホームに並んで挑戦した。自分の番が来た。ジックリとバスケットを狙ったが、案の定、ボールはとんでもない方向に飛んで、見事な失敗だった。それでも「体験記念です」と駅員から能代市の観光パンフレットと木材の街らしく木製のコースターのプレゼントがあった。

 能代からは「あきた白神駅」、そして「十二湖駅」、「ウエスパ椿山駅」と続く。十二湖は20年ほど前、妻とドライブで立ち寄って、鬱蒼とした森の中でたたずむ湖沼群の美しさにとても感動した思い出がある。今回の旅でも「できたら寄ってみたい」と密かに思ったものだったが、時間がなく通り過ぎるだけとなった。

 車窓からは海が見え出し、誰もが「ああ、海。ねー、海だよ」と窓側に身を寄せ、感動の声を挙げた。内陸部で生まれ育っただけに海は見るだけでも心が躍る。「やっぱり大きいなー」。ため息のような声があった。当たり前の事だが、自分にも「海は広いな大きいな」の形容しか浮かばなかった。押し寄せる白い波、青い海の色はいつまで眺めていてもあきなかった。空を舞うカモメ、護岸に羽根を休めるカモメ。その一つひとつが新鮮だった。網を繕う漁師たちの姿も海を感じさせて嬉しかった。波に洗われる奇岩怪石の群れもあった。日本海の荒波が岩を削り、岩を堀り、造形した眺めは猛々しかった。通路側の窓からは雪を被った白神山地が霞みながらも姿を見せた。海と白神山地。この組み合わせの妙。「リゾートしらかみ号」は車窓からの眺めを絵のように楽しませた。

 列車は「十二湖」を過ぎて間もなく、深浦町のリゾート施設「ウエスパ椿山」で停車した。日程表ではここが昼食の場となっていた。ヨーロッパの城に似たレストランあり、コテージあり、物産館、ガラス工房、それに海を眺めながら温泉を楽しめる「展望風呂」などもあった。レストランは団体客の予約があったようで、10分ほど待たされた。ここでは1時間半ほどの休憩だった。時間があったら風呂も楽しもうとなっていたが、昼食がとれるまでの10分間、周辺を散歩し、お昼ご飯を食べたら時間はあっと言う間に過ぎ、風呂は断念した。物産館に入ってガラス製品を見ながら、買い物となった。

 目ぼしいものはないかと店内をウロウロしたら「タバコ消し」というガラス製品があった。サイコロを少し大きくしたような形をした美しいガラスの中にタバコをさし込む窪みがあって、そこに火の点いたタバコをさし込むと自然に消える仕組みだった。面白いなと思い1個だけ買い求めた。1000円だった。妻が寄ってきていろいろと模様を点検しながら、「あなたの手にした模様が一番、いいようね」と勧めた。家に帰って使ってみたが火の点いたタバコを灰皿の中でもみ消す必要もなく、中々、調法なものである。

 午後1時37分、ウエスパ椿山を発って「深浦」「千畳敷」「鯵ヶ沢」「陸奥森田」、そして最終の「五所川原」へと列車は走った。いくつのトンネルを抜けたが、トンネルを出るといつも海が見えた。千畳敷は太宰治の名作「津軽」にも登場するが、畳を千枚ほど敷いたような平らな岩の広場となっており、津軽の名所として知られる。列車はそこで10分ほど停車し、乗客に観光を楽しませた。

 車窓から見えた岩木山千畳敷を出発すると間もなく右手にゴツゴツとした白い山が見え出した。津軽富士と呼ばれる「岩木山」である。岩木山と言えばフレアースカートを広げたようなスマートな山の印象しかなく、「あの山はなんと言う山なんだろう」と誰もが興味を持って眺めた。車掌から案内があってやはり岩木山かと納得したが、山は見る場所、位置によって姿も形も変わるのだと納得した。車窓から眺めた岩木山はやはり白く霞んでいた。時々、発電用の風車が見えたが、雨雲が近づいてきたせいか、山の上に立ったその孤高な姿はどこか寂しげで空しく見えた。

 この列車の旅の最後を飾った感動は車内で行われた津軽三味線の生演奏だった。車内アナウンスがあり「1号車で津軽三味線の生演奏が聞かれます」とあって、ぞろぞろと移動した。男女二人が運転席後ろに座って三味線を演奏していた。まさしく津軽三味線の力強いバチの音だった。左手には海、右手には岩木山。そして車内では「津軽三味線」。「リゾートしらかみ号」は粋な旅のはからいをする列車だった。太宰を生んだ津軽のドラマチックな温かさを感じさせた。

 最終目的地の「五所川原」には午後3時13分に着いた。ここからはバスに乗って「立佞武多(たちねぷた)製作所」を訪れ、金魚ねぷたの製作体験となった。針金を折り曲げて、組んだのを骨とし、それに和紙を張り付けたもので、自分で色付けしてお土産にするものだ。1個千円。3人はそこで子どもに返ったようにはしゃいで色付けを楽しんだ。こちらは同じものを2個も家に持ち帰ってもしょうがないとなって、そのねぷた製作所を見学させてもらった。

 針金を折り曲げ、足や手、胴、顔を作り、最終的には高さ22メートルもの立ちねぷたとし、毎年8月4日から8日までの5日間、五所川原市内を練り歩くのだと言う。3人の男の人たちがちょうどその作業に入っていたが、針金を折り曲げて作ったという足の指はハワイから相撲界に入り、横綱となったあの「曙」の太ももよりも太く見えた。それに和紙を張り、絵の具を塗って仕上げると言う。「随分、大きなものを作るんですね」と案内の方に感想を述べたら「津軽っ子は見栄っ張りですから」と笑った。

 日本海に沈む夕日立佞武多(たちねぷた)製作所での金魚ねぷた製作も終え、午後4時42分発の列車に乗って帰途に着いた。我慢していた天気はとうとう崩れ、雨となった。「ああ。本当にもう夕日は無理ね」。誰もが車内で残念がった。しかし、列車が再び海岸線沿いを走り出すと港に七色の虹の橋が架かり、雲の切れ間からは太陽が姿を出した。一行4人は虹を見ては歓声をあげた。そして薄暗くなった海を見つめた。雲の切れ間から次第に茜色に染まった太陽が現れ、みんなの喜びは絶叫となった。「ああ。夕日。日本海に沈む夕日だ」。3人の女性たちは全員、立ち上がって自分だけの窓、自分だけの席をボックス席に見つけ、夕日を眺めた。津軽の「リゾートしらかみ号」の旅は天候が最後までヤキモキさせたが、日本海に沈む静かな夕日が見事な幕引きとなった。