こちら編集室「忘れな草」(4月26日)

 街の風景を鮮やかに彩ったサクラも終わって、若葉の季節となった。山は若芽の芽吹きで、新緑が美しい。山の近くまで足を伸ばして見ると、まるで山全体がモクモクと羽毛を羽織ったように膨らみ、大きくなっているように見える。山笑う季節だ。

 日曜日の朝だった。春特有の東からの風が吹いた。その風に乗ってふわりとサクラの花びらがどこかから飛んできて、玄関前の小さな庭の苔に散った。青い苔がサクラの花びらで彩られ、着物の裾柄のような模様を描いた。風と花吹雪の粋ないたずらだった。花が地面に描いた模様を見て思った。年々歳々、人は同じようなことを繰り返し年を重ねるが、感情や感動だけは次第に違って来るようだ、と。これまではサクラを観ても「ああ。今年も咲いたな」と受け止める程度だった。それが今年は格別なような気がした。柴犬のアキを連れて歩く朝、自宅裏にある「川港親水公園」のサクラの木々の眺めが例年と違って、とてもきれいに見えたからだ。毎日、不思議なほど美しくなっていくように見えた。

 雨の日、靄(もや)でぼんやりと霞んだサクラは遠くから眺めると日本画のようなぼかしの美があり、曇り空の日は自らの生命力で輝いて見えた。晴れた日は着飾った女性のような艶やかさだった。何気なくやり過ごしたサクラの花に今年ほど深く感動したことはなかった。これも4月になって55歳と言う人生の黄昏(たそがれ)の境地に入ったせいかもしれない。堤防で見かける雑草の葉が雨に濡れ、銀色の水玉を浮かべる美しさにも、風に飛ばされて散るサクラの花びらにも哀惜の美を感じ、感動するようになった。

 草花を買い求めてはこれまで何度も花作りに失敗し「もう花なんて買わない」と悔やんでいた妻がまた花を買い始めた。パンジーや忘れな草をスーパーで買い求め、プランターに入れる大玉の土、小玉の土、そして栽培用土も買ってきた。日曜日はそれらの草花をプランターに植え変える作業を手伝った。以前は肥料をやり過ぎて失敗し、さらには水をやり過ぎて根を腐らせ、成功したと思ったら今度は虫が草花に取りついて葉っぱや根を食って、枯らしてしまった。「どうしてこうなんだろう」と枯れた草花を眺めては悔しがった妻だった。今度は成功させたい。そう思って玄関前に置いた花を夜は冷気や雨露に当たらないよう屋内に運ぶのを毎日、手伝っている。

 川辺を風が走った。二人の女子高生の影を「忘れな草を買ってほしい」と注文を付けたのは自分だった。青緑とピンク、それに白の3色を買い求めた。名前がいいし、清楚で可憐な美しさが気に入ったからだ。朝夕、プランターを玄関から朝日の当たる庭へと移動させて「枯れないでくれよ」と祈っている。「忘れな草」「忘れ草」「想い草」「都忘れ」。花にもとても文学的な名のものがある。思えば「忘れ」という形容は人間にとって寂しいことでもあり、悲しいことでもある。またうっかり「忘れられない」大事なことでもある。

 年々、言葉やモノを忘れ「おい。あれどうしたっけ」と「あれ、あれだよ」と「あれ」を連発するようになってしまった。時には親しい人の名前まで忘れ、街で出会ってもどうしても思い出せず、あわてることも多くなった。先日も本当に親しくしている人と街でバッタリと出会ったのだが、名前を思い出せずとうとう「いやー。どうもどうも」とごまかしてしまった。別れてしばらくしてから「あっ。小林さんだった」と思い出し、相手に失礼なことをしてしまったと悔やんだ。

 ガスの火を点けておきながら、それを忘れて「スワ!一大事」と急いで戻ってみたら、ガスはきちんと消してあったり、家を出る時は暖房のスイッチを切って出かけたはずなのに途中で「切っただろうか」と不安になり、何度も戻ったこともある。果ては何かを取るために立ち上がって台所に向かったのに「ハテ?何だっけ」と自分の行動目的さえ忘れてしまうこともある。

 それにしても「忘れる」という言葉ほど人間にとって便利で、また悲しいことはない。政治家は良く悪いことで糺弾されると「記憶にございません」となりふり構わず忘却を強調するが、「忘れたつもりでも思い出すのね」と悲しい恋の思い出の感傷に耽ることもある。嫌なことは早く忘れたいし、悲しいこと、辛いこと、恥ずかしいことも出来れば早く忘れたい。心に傷ついた思い出も忘却のかなたに追い出したいし、腹の立つようなことも早く忘れたい。

 しかし、忘れてならないこともいっぱいある。子どものころ「宿題」を忘れては先生に怒られたし、勉強道具を忘れて家に戻ったこともある。親を忘れてはいけないし、妻子を忘れても困る。昔の恩を忘れては義理に欠けるし、お金を借りたのを忘れてもいけない。寝食忘れて遊び呆けるのも困るし、時間の経つのを忘れてお喋りに熱中するのも、デートの時間を忘れてもいけない。いやそれよりも「災害」は忘れたころにやってくるし、それが分かっていても人間は「喉元を過ぎれば熱さを忘れる」。困った動物だ。

 広辞苑で「忘れ」を調べたら下記のような言葉が羅列してあった。

 ―‐い【忘れ井】
 ―‐お【忘れ緒】
 ―‐おうぎ【忘れ扇】
 ―‐がい【忘れ貝】
 ―‐がたみ【忘れ形見】
 ―‐ぐさ【忘れ草・萱草】
 ―‐ぐさ【忘れ種】
 ―‐ざき【忘れ咲き】
 ―‐じお【忘れ潮】
 ―‐じも【忘れ霜】
 ―‐ね【忘れ音】
 ―‐ばな【忘れ花】
 ―‐みず【忘れ水】
 ―‐もの【忘れ物】
 ―‐ゆき【忘れ雪】
 ―‐ん‐ぼう【忘れん坊】
  
 忘れ貝、忘れ草、忘れ霜、忘れ花、忘れ雪などの言葉が好きだ。

 若の浦に 袖さへ濡れて 忘れ貝 拾へど妹は 忘らえなくに

 と万葉集(3175)で「忘れ貝」が歌われている。「若の浦で袖まで濡らして忘れ貝を拾うのだが、いくら拾ってもいっこうにあの娘は忘れられない」。恋とはそうしたものだ。

 そして「忘れ草」とは「身につけるともの思いを忘れさせてくれる」という調法な草のようだが、万葉の歌人は

 忘れ草 垣(かき)もしみみに 植えたれど 醜(しこ)の醜草(しこぐさ) なほ恋ひにけり(3062)

 と歌った。「忘れ草を垣じゅうびっしりと植えたのに、阿呆(あほ)のあほくさ、役立たずの能無し草だ。やはりあの人が恋しい」と嘆く。

 忘れ草とは原野に自生するヤブカンゾウのことで、ユリ科の多年草。橙赤色の花が美しいが、庭に植えれれるような草花ではない。それにしても万葉の歌人も随分、恋には苦しみ、悩んだようだ。「忘れ草 我が紐に付く 時となく 思ひ渡れば 生けりともなし」とも歌っている。忘れ草を私の紐につけた。絶え間なく思い続けていると生きた気もしないからと言うわけだ。

 とにかく忘れることもいいことだし、忘れてならないものもある。また忘れ難い人もいる。忘れてならないのは無責任な政治家の言動だし、国民のことより私利私欲に走る人たちだ。忘れ難い人は大事にしたい。

 郵便局を退職後、発奮して猛勉強に励み、日本基督教団の牧師の資格を取得し、六郷町で伝道活動されている方から「3月31日をもって、牧師を辞任しました。11年間、福音伝道のため努めたつもりですが成果挙がらず、開拓伝道の厳しい実体を知ることができました。これからの生涯は一求道者として、新しい坂道を登っていきたいと思います」との挨拶状を頂いた。郵便局を退職後、厳しい牧師試験に挑戦し、その資格を取ったとあって取材した方だ。

 追伸の言葉が寂しかった。「新しい坂道は或る意味で死に向かって進むことだと思ってます」とあった。74歳になられた。そして「これからは読書と思索の世界に入りたいのですが、果たしてGoodは許してくれるでしょうか」とも添えてあった。常に神と共に在る牧師さんらしい追伸の言葉だとも思った。このような方に忘れられず、覚えておいてもらったのが嬉しかった。忘れな草が、寂しく風に揺れた。