千畑町の温泉に泊まって、連休の合間をせめて一日だけでもゆっくりと過ごそうと出かけた。昼前に温泉施設「サン・アール」に入り、食事後、妻と妻の母は温泉につかり、こちらは温水プールに入って久しぶりに水泳に挑戦した。25メートルのプール。泳ぐのはもう何年ぶりか。体力に自信がなかったが、とにかく久しぶりの水泳だった。クロール、平泳ぎを交えながら水を叩いたが、案の定、10メートルも泳いだら力の限界を迎えた。休み休みしながら、それでも25メートルプールをどうにか往復した。隣のコースでは高校の水泳部員が、その若さを活かして豪快に水を切っていた。こちらはそれをただ呆然と眺め、ため息をつくばかりだった。それでも少しでも泳げる体力がまだあったことに満足し、冷えきった体を温めようと温泉につかった。
夕方、妻に誘われ、温泉近くの山路を歩いた。山は松林となっていて、松かさを踏みしめながらの散策だった。足元に敷きつめられた松の葉、そして松かさがカサカサと乾いた音を立てた。木漏れ日が足元を照らし、地面に光りの陰がまだら模様を描いた。妻と山路を歩くのは本当に久しぶりだった。散り始めたがヤマザクラの花の美しさ、ツツジの芽が大きく膨らんだのを見つけては、たわいもない言葉を交わし、ぼんやりと歩いていると心がいくぶんだけ和んだ。
妻には黙っていたが、歩きながら頭に浮かんできたのは夏目漱石の小説「草枕」の一片だった。「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角(かど)が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」。
もう智に働くことも、情に棹をさすことも、意地を通す気力もないが、時々、この世は住みにくいと思うことがある。一生懸命頑張っても認められることもなく、報われることもない。精一杯、努力したつもりでも褒められることも励まされることも、慰められることもない。空しさと孤独な寂しさに身をやつすこともある。人と人との関係は難しい。よかれと思ってやったことも、もう一方からは疎まれ、うらまれることさえある。かといって「人でなしの世」に行ってはなおさら住みにくそうだ。結局、我慢するしかないのだ。
憂いることがあった。その憂いることを思いながら、山路を歩いた。木漏れ日が次第に陰を薄くして消えていくのを見つめながら思った。背伸びしてもつまずくだけだ。無理をしても疲れるだけだ。自分流を貫こう。自分なりの生き方しかないと。自分なりに時の流れに身を任すしかない。「鑿(のみ)と言えば槌(つち)」を出せるような気をきかせる自分ではない。
山路にはスミレの花が咲いていた。濃い紫色の小さな花だった。温泉の食堂の窓からも山の斜面が一面に紫色に染まっていたのが見えたので「あの花は」と尋ねたら、食堂の従業員から「あれ。スミレなんですよ」と答えが返った。「スミレ」。どこか懐かしい花の名の響きが嬉しかった。そのスミレの花が木漏れ日の当たる松林の中で、ひっそりと咲いていた。誰にも褒められず、誰にも愛でられず、それでいて小さいながらも、気高く咲いていた。花とはそうしたものかもしれない。褒められることも求めず、愛でられることも求めず、ただ咲く喜びだけを味わう。そのひたむきさが良かった。歩きながら花を踏まないよう気づかった。
「どのくらい泳げたの?」。しばらく無言だったので、妻がプールでの感想を聞いた。「ああ。やっぱり体力がない。泳いでも10メートルも進まなかった」と答えた。子どものころは夏になると背中が真っ黒になるほど泳ぐのが大好きだった。今のように学校にプールがあるわけではなく、泳ぐのはもっぱら川だった。川だから、場合によっては命懸けの水遊びでもあった。背の届かない深みがあちこちにあり、泳ぐのは危険でもあり、冒険でもあった。水泳が許されていたのは雄物川で、浅瀬の岸辺だけだったが、泳ぎに自信が付くと段々と深い水を求めたものだった。
その深みを乗り越えないと向こう岸までは行けなかった。川の流れに流され、不安を乗り越え、川を横切ると向こう岸は別世界だった。別世界と言っても風景が美しくなるわけではなく、ただ人の手がかかってない、いや砂利を掘る機械で崩されてない原始的な川原が広がっていたからだ。丸く平らな石ころを拾い、時には穴の開いた石ころを見つけ、宝物を拾ったように小躍りした。そして石ころを集めて器用に作られた鳥の巣を見つけ、一緒に川を渡った仲間と大騒ぎしたものだった。
少年のあのころは無邪気に喜べた。50歳を過ぎた今は心底喜べるのは少なくなったような気がする。喜びがあっても憂うことが伴う。楽しいことを期待しても、同時に不安と心配も伴う。二律背反するのが大人の世界かもしれない。我慢するのが大人なのだ。そう思いながら、夜の温泉での夕食は静かに過ごし、静かに飲んだ。久しぶりの水泳が疲れを呼んだのかもしれない。ビールを飲み、お酒を注文し3本ほど飲んだら眠くなった。妻とその母と早めに部屋に戻り、早々と眠りに付いた。
翌朝もゆっくりと温泉で過ごし、お昼少し前に家に帰ったが、ゆっくりしたのが失敗だった。柴犬のアキはもう眠るのを日課にしているからいいのだが、小犬のパピヨンことパピーは一晩、誰もいない真っ暗な家で過ごしたのが大変な恐怖だったようだ。自分たちが家に帰った物音を耳にしたら狂ったような鳴き声をあげ、ケージから出したら無我夢中で飛び上がってきた。目が恐怖で引きつっていた。狂ったような目と顔だった。抱き上げて「パピー。パピー」となだめ、床に下ろしても足元に絡んで妻とこちらの臭いを嗅ぎ、手と言わず、足と言わず、顔と言わず、夢中で舐めた。
「オー。パピー。ごめん。パピー。ごめん」。妻も自分もパピーの必死な姿に心底、悪いことをしてしまったと後悔した。狭いケージではかわいそうと台所にパピーの寝床を移し、ある程度広いスペースを取って、エサも水も用意して家を出た積もりだったが、パピーはエサを食べた形跡も、水を飲んだ形跡もなかった。いつも帰って来る時間帯になっても戻らず、電気の消えた真っ暗な家の中でパピーは恐怖に震えていたのだろう。
柴犬のアキは自分たちが戻ったのを知ってシッポを振って喜び、「お腹が空いたよ」といつもの声で吠えただけだったが、パピーは人が恋しくて、狂わんばかりの夜を過ごしたのだ。
そのパピーの姿を見たら、憂いも心配事も吹っ飛んだ。今度からは泊まり掛けで出かける時はやはり仲間のいる「動物ホテル」に預け、気づかってやるべきだと深く反省した。パピーがやっと安心感を取り戻し、落ち着くまでは半日近くもかかった。小犬が自分の憂いも心配事も雲散霧消させた。いよいよ今日から5月の4連休に入った。緑輝く季節だ。夕日を楽しみたい。生きている喜びを大切にしたい。