岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(155)病院その2」(02・5・14)

  5月連休も終わり、皆さんも落ち着き始めた時期でしょうか?こちらは相変わらず週末休みだけの日々が続いています。5月の下旬には夏のバケーションシーズンのスタートになる独立記念日の祝日があるのですが、どうやらその3連休を挟んで日本出張になりそうな雲行きです。

  サンノゼ市内のバラ園前回の話題、「病院」の続編として、我々の会社の日本人スタッフが思いもよらず、アメリカの病院での入院手術と云うことになりました。そのスタッフの場合、親族がアメリカに居ないことから、実質的に、私が家族の為の通訳として、また患者のヘルパーとして入院手術の始終を見届けることになりました。そんなことから、今回は自分の目で見たアメリカの医療現場を話題にしたいと思います。

 さて、そのスタッフが入院することになった発端は、週末、いつも通っているスポーツセンターで水泳をしていた後、目が眩み、ほとんど意識が無い状態で、救急車で病院に運ばれました。通常の入院と違って救急医療チームの集中治療室で治療を受けることになりました。

 日本の病院の集中治療室を何回か見たことがありますが、それとはずいぶんと違った病室です。患者の体の状態を常時モニターする機器や酸素を供給する設備や点滴量を自動制御する機器などはほとんど日本と同じようなものだと思いますが、10室ほどの病室は全て個室でした。

 普通の病室との違いは、通路側の壁に該当する部分も大きなガラス扉で、担当する看護関係者には、患者を観察しやすい構造になっていること。またこのガラス扉は緊急時に両開き出来る構造になっていて、患者のベッドを移動させ易く出来ていることでした。集中治療室だと云うのに壁に備え付けのテレビ、シャワー室、トイレも各部屋には用意されているのは不思議でしたが・・・。

 面会人の出入りについては日中であれば部屋の看護担当者に入って良いですか?と聞く程度で、比較的自由です。また、面会者が特別な衣服とかマスクをする必要もありませんでした。

 救急医療チームの集中治療室に患者が留まるのは、普通は最長でも24時間程度だそうです。ただ今回の場合は患者が意識不明になった原因は軽い脳梗塞で幸いにして体の後遺症も無く順調に回復していたのですが、精密検査の結果、心臓内に腫瘍のようなものがあり、そこから小さな血瘤が飛散して血管中を回り、脳梗塞を起こしたと云う判断から、早期に心臓内の腫瘍を取り除く必要があると云う結論が担当医から出され、それなら病室を変わらず手術前までそのまま同じ部屋に留まると云うことになりました。

 手術のスケジュールが翌朝と決まった午後、心臓手術患者担当の看護婦(RNと呼ばれ、実際の看護を担当するので無く、手術から退院までのコーデイネートを行っているようです)
が、病室にやってきて、まずは患者と日本から来た家族に対して資料と共に手術は不可避と判断された経緯や、放置した場合にどうなるのか?手術以外の可能性などを詳しく説明をした後、今回の手術の手順、予想される手術後の経過、回復中に起こりうる問題やその対応、退院後の生活や、その後の検診についても、実に詳しく冗談まじりの説明が行われました。これは私も初めての経験で、如何に患者や家族に対して状況を理解させ、納得してもらうか?と云う配慮。またそれほど怖い手術では無いので安心して良いからと云う気遣いを強く感じました。

 要点は、手術の準備に一時間、手術そのものは3時間半から4時間、手術後の痛みも、肺の手術等に比べたら遥かに少ないこと。順調に回復すれば手術後4日目で退院できる。
一番怖いのは手術後に肺炎を起こすこと。これを防ぐ為に出来るだけ肺を膨らます運動を術後、始めなくてはいけないのでその練習と云う具合で、肺活量計の逆のような機能の器具を
渡され、しばらく練習をさせられてました。通常は6週間で完治し、普通の生活に戻れると云う話でした。また、運良く、この病院は心臓手術に関しては良い医療チームを持っていて、
多くの実績があります。貴方はこの病院に運ばれてきたことは運が良い!と言うような冗談混じりの説明です。これらの説明に、ほぼ2時間を費やしていました。

 ちょうどその説明が終わる頃合に、翌朝の手術を担当する主治医、麻酔医、それに彼女を最初に診察した救急医の3名が、いつの間にか病室に集まってました。先ほどまで説明してくれた看護婦(RN)は3人の医師を家族や我々に紹介、医師たちは一人一人に笑顔で握手を交わし、患者と家族の雰囲気を和ませる努力を怠らない態度には感心させられました。そして主治医は患者の手を握って何か心配事はないか?と確認でしましたが、患者である当人にとっては一大決心の要ることですから、いろいろの質問をしたことに、丁寧に答えてくれていました。最後に「我々は貴方が良くならないような手術はしないから」等と笑顔を浮かべ、さーって、明日朝7時からの手術ですが、皆さん問題ありませんね?と確認して別れました。

 さて、手術当日ですが、出産と違って手術には家族も立ち会えません。家族は手術室に近い、手術患者家族や友人達だけが利用出来る手術室専用の待合室での待機です。これは大変広い部屋で、大きなホテルのロビーと同様、応接セットが点在し、家族らが、ゆっくりと待てる部屋です。病院くさい雰囲気を一切出さず、電気スタンドやテーブルなどの家具にも気を配った部屋で、セルフサービスで自由に飲めるコーヒー(自動販売機ではありません)も用意されていました。

 部屋の中心には受付の女性が居て、当日の手術患者のスケジュールと、どの家族がどこで待機しているか?を記録しています。三々五々、手術患者の家族や友人が待機している
場所に、手術医専用のドアから、時折、手術医が現れ、手術の結果を報告しにきます。全てが上手くいって喜ぶ組、手術自体は問題無かったけれど、完治は難しそうな説明など等、
悲喜こもごもの場面が見られます。

 昨日、諸々のことを説明してくれた看護婦からは、手術中の経過の詳細は慌しくて細かく知らせることは出来ないが人工心肺に切り替えた時、心臓手術が終わって患者の心臓が
再び鼓動を始めた時はお知らせします。後は手術終了後に主治医から説明がありますとのことでした。

  本当にその通り、看護婦は簡単な状況説明に来て、手術が順調であることを伝えてくれました。手術が始まって2時間半が経過した頃、例の看護婦から患者の心臓が再び動き始めました。後1時間弱で全ての手術作業は終わり、患者は心臓外科専用の集中治療室に移します。ただし、患者には沢山の点滴器具や呼吸補助具が付いた状態ですが、これはこの種の手術では普通のことですから、特に驚かないでくださいと笑いながら注意がありました。

  3時間半後、手術を担当した医師が我々の待機しているテーブルにやってきました。説明は手術は順調に終り、患者は15分ほど前に集中治療室に移ったこと。心臓内にあった腫瘍はゼリー状で、指でサイズを示し、残しておいたら頗る危険であった事などを話してくれ、「後4時間ほどで患者本人は目を覚ますと思うけれど、今、直ぐに患者に会いたければ集中治療室で会えますよ」と云うことでした。その場で医師にお礼を伝えて、早速、心臓外科専用の集中治療室に出向くことになりました。

  バラ園周辺の住宅場所は待合室から近い、手術後専用の集中治療室で、手術の内容によって、病室のブロックが分かれていました。個室構造は先に患者が利用したものと同じです。ただこの集中治療室では、面会は同時に2人まで。最長10分間で2時間おきと云う制限がありましたが、面会の為の特別な衣服は必要無く、病室に入ることができました。

  担当看護婦の方からは全て正常に体は機能しているから、心配しなくても良いこと。急な知らせをする時には何処に連絡すれば良いのか?だけの確認がありました。無論、完全介護ですから、集中治療室で無くても、親族などが患者のベッドの脇や病院内で泊まるようなことは許可されません。何かあれば病院側から直接電話が来るシステムです。

  手術当日は夕方まで家族に同行して何回か病室を訪問しましたが、2度目に訪問した時には、既に当人は目を覚ましていました。看護婦さんからは「まだ患者は話をすることが出来ないけれど、全て聞こえているから反応してくれます」。「さーって!明日からはリハビリが始まります」と云うことで、コピーで10枚程度の患者のリハビリスケジュールや一日一日の目標や介護のポイントをまとめた小紙を我々に「良く読んでおいてくださいね!」と手渡しました。

  一番驚いたのは実は手術が終わった翌朝です。病室に立ち寄ったのが、ちょうど朝食の時間だったのですが、当の患者はベッドを降りて、横に置いてある小さな食卓机に座って食事を済ませた後でした。食事も特に特別なもので無く、量が少ないだけで通常のアメリカ人の朝食とあまり変わらぬメニューです。しかも患者は他人の手を煩わせず、フォークとナイフを使って自分で食べているんです。

  本人に言わせれば、動くと傷口が痛い(当たり前なんですが)そうですが、ベッドを離れてテーブルに付くことや、トイレに行くことはリハビリの一つなので、自分で動きなさいと看護婦に言われるそうです。

  これは一般病棟に移ってから気がついたことですが、日本だと入院患者はベッドにテーブルを取り付けての食事なのですが、アメリカではベッド横に置いてある食卓テーブルと椅子に座っての食事をすることになっています。患者が出来るだけベッドを離れて生活すると云うことに、物凄くこだわっている印象を持ちました。心臓手術後、24時間経過した程度なのに、患者がベッドを降りて、椅子に座って食事をしている。アメリカンマジックのような感じがしました。

  手術後、2日目からは数段の階段を含めた歩行訓練など等、結構辛そうでしたが、我々は頑張って!と云うだけです。一番辛いのは肺炎を防ぐ為に肺を一杯膨らませる運動だそうで、切った後、金属で留めてある肋骨が離れそうな感じがするなんて言ってました(笑)。

  ちょうど彼女の入院時期には、心臓手術患者が少なかったようで、集中治療室の部屋の多くも空いていたことから、事実上、ベストな看護(逆に言うと人一倍辛いリハビリをさせられた)を受けることが出来た印象です。

  集中治療室とは云え、手の空いた時間に看護婦さんが新聞を読んでいると云う事などはアメリカですね。痛み止めの服用は仕方ないとして、その後も全て順調に回復。3日目には一般病棟に移動、手術後、丸4日に入院中最後の担当医の診察を受けて無事退院することができました。

  退院前に手術前と同じ看護婦が彼女のベッドの所に来て、自宅での療養の仕方と食事についての注意。また、必要な処方箋は彼女の家の近所の薬局から受け取れるように既に手配していること。今後の病院での検診日程が記載されたメモが渡されました。

  要は一週間に一度、検診を受ければ良いだけです。これも驚きなのですが、心臓手術後、4日間で退院と云うのは極通常だそうです。ただし、自宅でベッドに寝ている必要はないけれど無理をしないこと。運動などを含めて完全に元の生活に戻れるには6週間が必要。最初の4週間は車を運転しないように!等と云う注意もありました。アメリカ社会、多分、退院して直ぐに車を運転しようとする人がいるのでしょうね?

  もう一つ驚いたことは、退院する前に患者がどうしても髪を洗いたいので助けが欲しいと言ったのですが、看護婦の曰く、縫い合わせた部分を保護してあるテープとガーゼを自分で外してシャワーを浴びて良いと云うのです。これにはええっ!冗談でしょう!と思ったのですが本当でした。

  さて日本の医療と何が違うか?と云うことなのですが、まず、医師、看護関係者、病院はサービス業であると云う意識が徹底しているように感じました。つまりは患者はお客さまと
云う考えに立って病院関係者が行動していることです。更に治療や手術に対する患者への説明が徹底していて、その治療や手術に対して患者が納得していることの確認を強く求めます。もう一つは医者と看護関係者との関係がお互いが専門家と云う立場で作業を分担していることからお互いに上下の関係で仕事をしていないことです。

  また、看護関係者の職務分担が細かく分かれていて、担当患者の看護に関する限り何でもこなさなければいけない日本の看護事情と根本的に差があることです。逆に医療費に掛かる人件費の割合は相当高いでしょうから、最後は請求書として患者にまわってくる訳ですが、入院期間を最短に抑えると云うことで対応しているように思います。

  心臓のような大掛かりな手術でも入院は4日間。盲腸などの手術は手術後、3時間程度ベッドで横になっているだけで入院は無し。出産は普通であれば一晩泊まるだけ。翌朝早々には退院です。

  長くなりましたが、今回の経験を通じて、自分自身、また新しいアメリカを発見した感じです。

では

岩間@SJ
 

写真1:病院とは関係ありませんが、サンノゼ市内のバラ園は今は最初の花が満開です。

写真2:バラ園の周辺にある住宅地なのですが、この付近の住人はこぞってバラを育てるのでローズガーデンエリアと呼ばれています。大きな家は無いのですが、サンノゼでも
落ち着いた住宅地のひとつです。