日本に帰国すると、どうしても日本人の行動様式が気になる。世界には、「人の前に出る民族と人を前に出
す民族」がいるようだ。こちらが真直ぐ歩いているのに、どうしてこんなに私の目の前を横切る人が多いのだろ
う、などと昔は考えてもみなかったことに気付く。
「コノヤロウ」と思える距離でもって横切る業はたいしたもんだなどと感心している場合ではない。みなさん、
後ろを絶対に見ない。頭押さえて、ここに私がいると言ってやりたい衝動さえおぼえる。オーストラリアに15年
以上も住んでいると、普通の人には譲り合う行動が身につく。そうでない人もいることはいるが。
しかし、よくよく考えてみると「人を前に出す民族」はちょっと部が悪いように思える。何せ、この民族の後ろ
には13億人民を抱える中国が控えているからだ。どうも勝ち目がない。オーストラリアもその内、好むと好まざ
るに拘らず「人の前に出る国」になるやも知れない。
日本では、なるべく電車の中では座らないようにしている。座ると必ず今にも死にそうな年寄りが前に立つ、
というマーフィーの法則がはたらくことを熟知しているからだ。先日、その法則に従って70代の男性がいらした
ので席を譲るべく立ったところ、「いや、結構です。」と断られる。可愛くない年寄りだな、などと腹を立てた訳
ではないがスッキリしない。さて次に、お婆さんでも来たらどう行動をとるかと考え、オチオチ座ってもいられな
い気持になる。また断られたりしたら、回りの日本人達の笑いものになる。日本人は日本人らしくしなさい、と。
二つの国に、私の場合は日本とオーストラリアだが、それぞれ長く住んでいると考え方と行動様式に混乱が
起きるときがある。そんなにたいしたことではないと思われることも、長くなってくるとストレスになることもある。
日本に帰る度の土産など義理の世界への対応もその一つだ。最近はまた、ケータイを右の親指でいじりまわ
していないと電車の中がいずらくなっている。私は、親指はどうも苦手で。
年をとってくると、二国間の行動様式の切り替えにも時間がかかるようになってくる。これは、私たち移住者
の宿命だろうか。その内、いったい自分は今どっちにいるんだ、などと言えるようになる頃には、こんな悩みも
なくなっていることだろうが、それもまた厄介なことだろう。
帰国の度にあらためて二国間の海の深さに思い知らされている。