こちら編集室「アカシアの花が咲くころ」(5月31日)

  「アッ。咲いたか」。「ウン。咲いた」。朝の出掛けに妻が花きり用の鋏を手に裏の庭に回った。その後を追った時のことだった。「アッ。咲いたか」。「ウン。咲いた」。このふた言で、ミヤコワスレが咲いた喜びが、以心伝心した。夫婦の会話とは何の説明もなく、圧縮された短い言葉でも意思が充分に通じ合うものだ。まさに“あうん”の呼吸である。狭い庭に咲く花は種類も少ないだけに、妻は一つでも咲き出すと喜ぶ。特にミヤコワスレの花が好きなようだ。いそいそと裏庭に回って、花を数本切り取って「職場に飾るんだ」と無邪気に喜んだ。

 その日の朝も雨だった。ミヤコワスレの花は雨の中でひっそりと咲いていた。薄紫色の小粒の花だが、雨の多い今年はことのほか美しい色で咲いた。雨に濡れたミヤコワスレの花は悲しみを内に秘めたような慎ましさを見せる。はかなくて、どこか寂しげでもある。切り取った花を紙で包んだ妻は、愛しむように手にして車に乗り込んだ。初夏の平凡な朝はこうしていつものようにスタートした。

 ミヤコワスレが庭に咲くころになると、申し合わせたように横手川の堤防沿いのアカシアの木も花を咲かせる。堤防の川に面した斜面では鬱蒼(うっそう)と伸びた雑草に紛れてマーガレット、アザミの花も目覚めたように咲き出している。マーガレットは白いセーラー服を着た女子学生の集団のような明るさと清楚さを見せる。アザミの紫はどこか毒を秘めたようなあざとさを感じさせる。

 中々、青空が見られないせいか、このごろでは開き直って「雨もまたよし」とコウモリを手に堤防を歩く。雨に打たれて咲く花は美しい。花とは悲しい習性を持っているものだと思う。雨に咲く花。雨に濡れた花は、はかない恋にもだえる悲しさと美しさを秘めている。褒められたくて咲くのでもなく、愛されたくて雨に咲くのでもない。花もただ咲くことを宿命としているだけだ。

 アカシアの花は雨を呼ぶのだろうか。乳白色をした房状の花。近づくとほのかな甘い香りを漂わせる。雨に濡れ、雨にけむったアカシアの花は舞台の袖に控え、出番のない辛さをジッと耐える女優の悲しみに似ている。アカシアの花が咲き出すといつも思い出すのは西田佐知子の「アカシヤの雨が止む時」であり、石原裕次郎の「赤いハンカチ」である。2曲ともとてもロマンチックで、歌詞にもドラマがあり、高校生のころはこの歌に青春の血をたぎらせ、歌から想像されるストーリーに強く憧れたものだった。

 アカシアの花アカシヤの雨にうたれて このまま死んでしまいたい
 夜が明ける 日がのぼる
 朝の光りのその中で
 冷たくなったわたしを見つけて
 あの人は
 涙を流してくれるでしょうか

 西田佐知子の声には悲しみを秘めた美しさがあり、壊れそうなはかなさと切なさがあった。恋に身をこがし、恋に苦しみ、恋に泣く女の切なさに聴いているこちらも胸が締めつけられるような思いをしたものだった。あのころ、自分にとっての恋はただ夢であり、憧れに過ぎなかった。映画の中の主人公と自分をダブらせ、小説の中のストーリーに燃えたに過ぎなかった。

 高校へは自転車で通った。入学したのは開校したばかりの工業高校でまだ校舎がなかったため、一年生に割り当てられたのは仙北町の小学校だった。小学校の教室を借りての開校だったのである。その高校に通じる道はまだ未舗装の砂利道だった。多くの高校生が大曲市に向かうのに自分たち工業高生は田んぼのあぜ道のような狭い道路を通って、大曲とは逆の六郷町方向へと走った。途中からまた道を変えて、仙北町へと向かったのである。大農生、大曲高生は伝統校だけに規模も生徒数も多く、みんな朝は連れ立っての通学だった。こちらは生徒数も少なく、いつも一人か、二人の通学で心もとなかった。

 そうした中でたった一つだけ楽しみと言うか、スリルがあった。六郷町方向へと走るので、大曲高校へと自転車で通う女子生徒たちと正面から顔を合わせられたからだ。顔を合わせると言ってもまだ女子生徒をまともに見れる勇気もなく、近づいて来ると視線を落とすだけだった。そして最も大きな楽しみとスリルは、その女子高生の中にたった一人、長いお下げ髪で黒い大きな瞳をしてとても目立つ顔だちの美しい人がいたことだ。その人とすれ違えるかどうかが毎日の刺激だった。

 もちろん、真っ正面から見つめたことはなく、すれ違いの際にチラッと盗み見る程度だったが、それだけでドキリと心臓は早鐘のように脈打ち、頭はボーッとのぼせた。あのころ「長いお下げ髪」と言う題名の歌が流行っていた。すれ違うだけで歌の主人公の少女と出会ったようで、その日一日とても得をしたような気分を味わったものだった。

 学校に着くとやはり自分と同じ方向から通って来る同級生が「見たか。おい。あのお下げ髪を・・・。俺は今日も会ったよ」と鼻高々に自慢した。こちらも調子を合わせ「俺も会ったよ。すごいシャン(きれい)だった」と負けずに対抗した。それは今で言う、花を愛でると言った感情に似ていた。望んでも手に入るはずのない高嶺の花であり、夜空に浮かぶ満月を手にしたいと思うのに似ていたから。

 いつだったか。その人が六郷町方向へと自転車を押して歩いているのと出会った。こちらも下校途中だった。不思議に思って良く見たら、自転車のチェーンがはずれていた。救いの手を差し伸べるべきかどうか迷ったが、決心が付かないまま通り過ごした。通り過ぎてからも「どうしよう。どうしよう」と迷った。振り向いたら、その後ろ姿がとても悲しく見えた。思い切ってUターンし、「その自転車のチェーン、俺、直せるよ」と言った。 一瞬、不思議そうな目で自分を見つめたその顔がとても冷たく、こちらもたじろいだ。警戒心が起きたのだろう。時々、すれ違うとはいえ、他校の生徒である。しかも滅多に人も通らない田舎道。乗れなくなった自転車に困ってはいても、見知らぬ高校生から声をかけられたことに戸惑ったかもしれない。その顔を見て、こちらも逃げ出したかった。しかし、そのまま逃げたらむしろ誤解を生み兼ねない。自転車を奪うようにして受け取り、黙ってしゃがんだ。握ったチェーンはただ外れているだけで簡単に元に戻った。

 「これで乗れます」「ありがとう。手が油で真っ黒よ」。その人の目が初めて笑った。「手なんか」。そう言い残してすぐに自転車に乗ってその場を去った。油で汚れた手はそれからしばらく走って、水路で洗った。洗っても洗っても手の油汚れは落ちなかった。それでもとても幸せな気分だった。「ヤッタ!」。心で叫んだ。

 しかし、それだけだった。その時、胸のバッジを見て気づいたのだが、その人は3年生だった。ソプラノのような美しい声だけが印象に残った。近くで同級生が自転車を停めて自分たちの様子を見ていたことも、その時は気づかなかった。翌日、その同級生から「マサオ。お前、あの女に声を掛けたんだ。すごい勇気があるな・・・」と変な褒め方をされた。

 それからはまたすれ違える日を楽しみにしたが、不思議にも会える事はなかった。半年ほどしてやっとすれ違えた。放課後の晴れた秋の日だった。その人は親しげな笑顔を投げ飛ばしただけだった。こちらは西へ、その人は東へと向かった。そして冬が来て、バス通学となった。その人とはその後、一度も会うことはなかった。彼女は高校を卒業したのである。

 庭のミヤコワスレ、堤防に咲くアカシア、そしてマーガレットやアザミ。初夏の花を見ていたら、高校生のころ、一方的に心を寄せたお下げ髪の女の子を思い出した。あのころの美しいままの姿で微かに脳裏に浮かんだ。

 アカシヤの 花の下で
 あの娘がそっと 瞼(まぶた)を拭いた
 赤いハンカチよ
 怨みに濡れた 目がしらに
 それでも涙は こぼれて 落ちた

 堤防を歩きながら石原裕次郎の「赤いハンカチ」を静かに口ずさんだ。高校生のころ随分、粋がって歌ったものだった。あれからもう30年以上も人間をやっている。体も錆びついてしまった。錆びついたせいか、このごろ花に引かれる。花を愛しむ日々だ。