こちら編集室「スズメバチ」(6月14日)

 梅雨入り宣言が11日に出された。5月も晴れ間が少なく雨が多かったのに、追い打ちをかけるように本格的な雨の季節になったのかと、少し気持ちが鬱屈した。5月のぐずついた天気を「走り梅雨」と言うらしいが、今度は本格的な雨の季節「梅雨入り」だ。

 堤防はムギのような穂を付けた雑草が伸び放題となっている。見た目にはうっとうしくて嫌われものの一種だが、雨の中を歩き、雨露に濡れたその姿を見たら、雑草もまた風情があるものだと感心した。堤防下の葦(よし)の原からは「ギョギョシ、ギョギョシ」とオオヨシキリの鳴き声がかまびすしい。野鳥たちが生の喜びで活気づく季節なのだ。どんよりとした雲が空いっぱいに覆っている。やはり雨の季節なのだ。

 共稼ぎのため日中は留守にするわが家は休日となると雑用に追われる。先週の土曜日は天気も良かったので、裏庭にある木々への薬剤散布となった。毛虫が発生したのである。「キャッ。毛虫!」。ミヤコワスレの花を楽しみながら、庭の掃除をしていた妻が庭木の葉っぱに取りついた毛虫を見つけ、悲鳴を挙げた。狭い庭だが、しだれ桜や花もも、ウメモドキ、ユキヤナギ、ムラサキシキブ、ナナカマドなどの木々が植わっている。それらの木に毛虫が取りついたのだ。

 いつもの年なら町内会が実施するアメリカシロヒトリの防除で他の害虫も一斉に駆除されるのだが、今年はそのアメシロ防除が来る前に毛虫が発生してしまった。毛虫を好む人はいないだろうが、こちらは嫌いを通り越して見ただけで鳥肌が立ってしまう。怖いのである。だから、アメシロの防除が来る前に何とかしなければと先週の土曜日は殺虫剤を散布し、毛虫退治となった。4〜5年前にも松の木に不気味な毛虫が異常発生し、見つけ次第、フマキラーを撒いて仕留めたが、高い枝に取りついた虫までは薬が届かないため専用の薬剤噴霧器を買い求めた。しばらく使ってなかったが、その出番が再びやってきたと張り切った。

 バラの花は横手市のバラ園で効果があったかどうか。とにかく午前中は庭の木々にタップリと薬剤散布をした。作業を終えて家に入ると、洗濯をしていた妻も一段落し「お茶にしよう」とテーブルにコーヒーを運んできた。その時である。「あれは何!」と妻の目が引きつった。その視線の指す方向を見上げたら天井に体長4〜5センチもあるスズメバチが紛れ込んでいたのである。「スズメバチだよ。あれは・・・」。全身が凍り付いてしまうような恐怖感が走った。妻は大慌てで立ち上がってハエ叩きを探し出して手にしたが「ダメ、ダメ。そんなので叩こうとして失敗したら、反撃を受けちゃう。掃除機だ。いやフマキラーだ。いや、何だ。何がいい」。こちらもあわてた。スズメバチは悠然と天井を右や左へと移動する。「とにかく掃除機で吸い取ってみよう。掃除機を持って来るから、ハチの動きを見張ってろよ」。妻に強い口調で命令し、掃除機を取り出し、吸い口の先に細長い柄を付けた。

 「大丈夫?。大丈夫?。刺されたら殺されるよ」。妻の声は恐怖で震えた。こちらだって夢中だった。グオーン。勢いよく掃除機のモーターが回転し、吸い込み口の細長い柄を静かにソッとスズメバチのそばへと伸ばした。ハチは相変わらず右や左へと悠然と飛び回っていた。「この野郎!」と腹立たしさと同時に恐怖感が募った。失敗は許されない。失敗したら逆襲を受けるだけだ。スズメバチに刺されて何人もの人が死んでいる。それだけに冷や汗が背中を流れた。

 細い目を皿のように大きくし(多分)、狙いを定め、柄をスッと伸ばした。バシッと鈍い音がした。ハチは吸い口に吸い込まれた。しかし、吸い口よりもハチの体が大きいためか、入口でとどまったままとなった。ハチは何が何だか分からないうちにいきなり強い吸引力で掃除機に吸い込まれ、手足をバタバタともがいている。

 捕まえた。とにかく捕らえた。しかし、どうしたらいい。ハチは掃除機に入っていかない。吸い口を窓の外の濡れ縁に出し、「オーイ。フマキラーだ。いやハエ叩きを持って来い。イヤ。何でもいい。長いモノならなんでもいい」と騒いだ。とにかく掃除機の吸い口に吸い込まれながら身動き出来なくなったハチを叩き殺さなければと思った。妻が「今、持ってく」と答えたと同時にハチは再びバシッと鈍い音を立てて姿を消した。掃除機の力でついに中へと吸い込まれてしまったのである。

 「オイ。入っちゃったよ。ハチが吸い込まれてしまったよ。偉いよ。この掃除機は。ハチと戦って勝ったんだぜ。大したもんだ」「ハチは掃除機の中できっと窒息死だね」。妻もホッと一安心したのか溜飲を下げた。「ああ。掃除機の中で死んでしまうさ。念のためスイッチはしばらく切らないでおこう」としばらく掃除機の電源を入れっぱなしにした。我々の騒ぎに小犬のパピヨンことパピーもあっけに取られたのか、いつもならワンワンと大騒ぎするのに、音もあげなかった。パピーも自分たち夫婦の恐怖に包まれた騒ぎで萎縮してしまったのだろう。

 このスズメバチ、数年前に南側の軒下に巣を組んで以来、毎年のように初夏のころにはやって来るようになった。最初の巣もまだトックリ程度の小さいうちに発見したので、小窓から棒切れを伸ばしてたたき落とした。目の前を体長4?5センチの大きなスズメバチがブーン、ブーンと不気味な羽音を響かせて飛ぶ姿には心底、震えた。巣を叩き落とされたのがよほど腹立たしかったのだろう。ハチは威嚇するように何度も何度も、窓辺に飛んできては内側から様子を見るこちらに攻撃をかけようとした。そして巣があった周辺を諦めきれないように飛び回った。あまりの執拗さから再び窓を小さく開け、その隙間からフマキラーを吹きつけて退治した。

 以来、妻は暑くなると必ず「家の軒下を見ておいてよ。スズメバチが巣を組んだら危ないから」と警戒する。天気の良かった先週の土曜日は半袖でも暑いほどの夏日となった。その好天に誘われたのだろう。いわゆる巣作りのための偵察員が一匹、場所探しのためにわが家の庭を飛び回っているうちに開けっ放しになっていた窓から紛れ込んでしまったのだろう。土曜日の昼前ののんびりとしたお茶の時間はこうして恐怖に包まれてしまった。とにかくこれからはスズメバチが巣を組まないよう軒下の監視が怠れない季節となった。