敦子・リーさんの真心・ふれあい(3)「同窓」(02・6・21)

 「何で私が話したいことがわかるの?」。 私は内心驚きながら、いつもの木曜日、病院の調理場横にあるカフェで、ハワイ出身のシーラを見つめてしまった。還暦を迎えられた昭和17年会の方々が大川西根小学校訪問。角間川の尋常小学校を卒業した方々の80歳の同級会。この先週のケンニチ新聞の記事にえらく感動した私は、制服のポケットに記事コピーを入れていた。そして15分しかない食事をパックするボランティアの休憩時間に、この同級会の写真記事を見せるタイミングを待っていたのだった。ふれあいの感激、表現する感謝の心の美しさを共有したかったから。
 
 カフェのテーブルにつくやいなや、シーラが「7月上旬にね、ラスベガスで高校の一泊同級会があるのよ。ほとんどみんなハワイからロスに来て、ベガスに入る。40年以上も会ってない友達と会えるから、胸がドキドキしちゃう」と言ってくれたからたまらない。ばっちりタイミング。エレノア、バーバラたちは大喜びで「ワー。日本の写真?」と、ケンニチの記事を見てくれた。「ザッツ ソー ナイス!」、「すごくいいわね、とってもいい話」と彼女たちの顔も輝いた。シーラも益々上機嫌に、同級会にかける期待を披露してくれた。
 
 エレノアはこの記事が縁で、ご主人と一緒に太平洋戦争中日本にいた事、2人の間にできた長男は日本で生まれたこと、そしてその長男のお嫁さんは日系アメリカ人だということを話してくれた。どういうわけか、長男は大の日本びいきなのだそうだ。
 
 それを受けて私も、戦後マッカーサー最高司令官のもと翻訳長をしていた方と、去年懇談できた模様を話した。近隣に住む親しいケイティーのお父さんがその方で、現在はフランスのノーマンディに住んでいる。戦後の東京に7年滞在し、「方丈記」の英訳出版までしたという日本語のプロ。「父は日本が大好き。自宅には小さいけど日本庭園作ってるくらい日本が好き。機会がなくて何十年も日本語を話してないから、日本語で話すチャンスがあったら父が喜ぶから、是非会ってほしい」と依頼され、ロス訪問された折にお会いしたのだった。「秋田は行ったことはありませんでしたが、お酒と美人で有名でしたね」と、流暢な日本語で話された時は、気持ちがうっとりしてしまったことを思い出す。とにかく、ケンニチの同級会の記事のおかげで貴重な日米交流ができたことは嬉しい収穫だった。
 
 人生の中で数多い人との出会いがあるが、無条件に最大の親近感を感じるのは、何と言っても中学校・高校の同級生だと思う。韓国では、高校の同級会を毎月やっているところも多い、と主人は言うから驚く。4年前の夏、8年ぶりに帰省した私のために、中学の同級生たち16人が集まってくれた。昨年11月私の父の70歳の誕生日祝う為大曲に帰った時も、同級生たちが集まってくれた。飛び入りで社会科を教えて下さった高橋先生も会いに来てくれ、33年ぶりにご挨拶できた。ありがたい気持ちで胸が一杯になった。その時、皆で撮った写真を、いつも台所に立ちながら見ている。心が安心して温かく豊かになってくる。「アメリカに一人で寂しいかもしれないが、頑張れ!」と、写真の面々が励ましてくれ、元気が出てくる。
 
 アメリカの6月は卒業式シーズン。私の長男も20日に中学の卒業式。W杯決勝進出し8強に入ったアフリカのセネガル出身のお父さんを持つラミーン、W杯優勝候補ながら敗退したフランス出身のお母さんを持つビクター、国民の93%がイスラム教徒ながら本人たちはキリスト教徒であるエジプト出身の両親を持つニック、スペイン・イギリス・デンマーク・オランダの4カ国が混ざっているチェイス。メキシコ・インドの両親持つスティーブ。韓国・日本の親を持つ長男のジェフリー。この6人で、卒業式の夜はガンガンパーティーをやるそうだ。
 
 将来、世界のどこで暮らしても、ロスアンジェルスを故郷と、最大親近感の同級会を彼ら6人も続けてほしい。子どもの友達も友達と、私もその輪の中に入ったつもりで、長男を通して縁した一人一人を大事に思い続けよう。